第21話 ブルーノの本性

 店を出て歩き始めると、唐突にブルーノが言った。


「今日は会えて、本当によかった」


 再び、素直な気持ちをぶつけられて、ニコラはちらりとブルーノの横顔を覗き見た。こんな陽気な人なら、一緒にいると楽しいかもしれない。足取りも軽く、王都の道を二人並んで歩いていた。


「まあ、本当にうれしそうに仰ってくださるんですね」


 隣にいるブルーノを見ると、一歩進むたびに足取りがおぼつかなくなってくる。初対面でこんなに飲みすぎるなんて、どういう神経をしているのだろうか。それより倒れたら一大事だ。


「あのう、座って話しましょうか?」


 ニコラが、ベンチの一つを見つけて指さした。


「情けない。飲みすぎてしまったようです。ニコラ様に会えたので、はしゃぎすぎました」


 二人は、ベンチに並んで腰かけた。ベンチの向こうには運河があり、一層の小舟がゆったりと進んでいた。それを見て二コラは質問を思いついた。


「私がもし、一人舟に乗って流されていたら、ブルーノ様だったらどうなさいますか。お助け下さいますか?」


 自分がクラウスに助けられた場面を想定して質問をしてみた。それを聞いたブルーノは、威勢よく答えた。


「もちろんお助けしますよ。船頭を雇い、もっと大きな船を出し救助に行きます」


「もし船頭がいなかったらどうなさいますか?」


「なんか、なぞかけみたいですね。船頭がいなかったら、兵士を雇いますよ。とにかくお金を出せば、誰かしら雇えるはずですから」


 質問の意図がわからないのか、得意げに答えている。


「そうですね。私ったらつまらないことを訊いてしまいました。オホホホホ……」


「当然でしょう」


 二人は、舟を見つめながら笑った。ニコラにとってはちっともおかしくなかったが……


「どんどん質問してください」


 ブルーノは、なぞかけだと思って楽しく答えている。ニコラも、そのつもりで質問をした。


「では、二人だけで異国に何も持たずに迷い込んでしまったら、どうしますか?」


「面白い質問ですねえ……たとえ話ですね」


「そうです、なぞなぞみたいでしょ?」


 ブルーノは、笑顔で二コラの方を向いて答えた。


「国へ手紙を出して、救助を待ちます」


「救助が来るまではどうしますか。食べ物や着るものが、何もなかったら?」


「そうしたら、その国の王宮へ行って身分を言ってかくまってもらいます」


「あら、信用してもらえなくて追い出されちゃったらどうしましょう」


「その時は、こんなベンチで休んでいるしかないですね」


「食べ物は?」


「少々食べなくても大丈夫! 生きていけますよ」


 もう少し、具体的で合理的な答えが訊けると期待していたのだが、全くの期待外れだった。結局自分では何もできないということではないか。何か行動しようと思わないようだ。


 楽しそうなのは外面だけで、中身はこんなものかとがっかりした。


「そうですわね。ベンチで休んでいればそのうち何とかなりますわね」


「そうですよ。気が合いましたね。嬉しいなあ」


 それを聞いてもちっともうれしくなかった。ところが何を勘違いしたのか、ブルーノが酔った勢いで二コラの肩に腕を掛けてきた。


「僕たち気も合うみたいだし、仲良くなれそうです。こんなに美しい方が、すぐ隣にいるなんて夢のようだ」


 更に腕に力を込めて引き寄せようとしている。


「あら、私って寒がりなんです。もうここにいると寒くて寒くて。そろそろ中へ入りましょうよ」


 それを聞いたブルーノは、酒臭い息をニコラに吐いてさらに近寄ってくる。


「僕が暖めてあげますよ。怖がることはない。どうせ結婚するんですから」


 自分の体のバランスもとれないのに、肩や背中をさすっている。ニコラは酒の匂いとブルーノの酔った体の動きで反対側へ倒れそうになってきた。


 ああ、誰か助けて、この人を引き離して! 心の中で叫んでも、道行く人々は、カップルが仲良く座って談笑していると思い、目もくれないで通り過ぎてゆく。


「ねえ、必ずいいお返事がもらえますよね?」


 さらに、ニコラに接近し、体はぴったりとくっついている。


「そんな初対面で仰られても」


「そんなに、僕の事を疑っておられるんですか?」


「いえいえ、そんなわけでは」


 ブルーノは、顔をさらにニコラの方へ近づけて耳元で言った。


「とっておきのお話をして差し上げます。これは、あなたにだけ打ち明けるのですが、隣国フォルスト公国の現在の王はゲレオンと言いますが、僕の家の遠縁にあたるんです」


―――えっ、ゲレオン! 忘れもしない自分以外の一族を皆殺しにした憎き敵の名!


 ニコラは、その名前を聞き恐ろしさで震えそうな体を、自分自身に残された理性で必死に押さえた。恐怖でひきつった顔が見えないように、両手で隠しながら話の続きを促した。


「へえ、ゲレオン様というのはものすごい強大な力をお持ちの方だ、という噂を聞いたことがあります。その方と親戚なんて、凄いですね」


 するとさらに得意になって話をつづけた。


「ゲレオン様に気に入られれば、フォルスト公国ではどんなことでもできます。そんな人と親戚なんですよ、僕は。もう決まったようなものでしょう?」


 ブルーノは、取引をするようにニコラに畳みかけた。ニコラはその話を聞き、一緒にいるだけで、恐ろしくなってきたのだが、顔には出さずに言った。


「そろそろ、戻りませんか?」


 すると、ブルーノは立ち上がっていった。


「そうですね。みんな待っていますね」


 今度は、ニコラの腕を掴もうとしていた。逆らうと大変、と黙って掴まれて歩いていると、物売りの子供達がやってきた。子供たちは、小さな花束や手作りの人形を籠一杯に入れて歩いてきた。


「お花はいかがですか? お人形はいかがですか?」


 少年は小さな女の子を連れて売り歩いていた。ニコラは、ブルーノに言った。


「綺麗なお花、買ってあげましょう」


 すると、ブルーノは二人を一瞥してこう答えた。


「汚い連中だな。お花なら、街の花屋でもっときれいなのを買って差し上げますよ」


 ニコラは兄弟を気の毒に思って自分の財布からお金を出した。


「一つ頂くわ」


 お金を渡すと兄妹は満面の微笑みをニコラに見せた。


「ありがとうございます」


 子供たちの元気な声が、街角に響いた。ブルーノは、面白くなさそうに店の方へ歩いて行った。


「あなたも物好きですね」


 この一言で、ニコラは自分が否定されたような気がした。あの二人は昔の自分たち兄妹のようだった。なかなか自分の生い立ちに理解をしてくれる人はいないものだ。ましてや、元々裕福な家庭に育ったブルーノのような人には、別の世界の話なのだ。


 ニコラは、この縁談を断るべきか、進めるべきか考えながらレストランへ戻った。今よりもさらに裕福な生活が待っているのか、それともゲレオンの親戚となりいずれ身元が暴かれて破滅が待っているのか。ゲレオンの親戚となっていずれチャンスが来たら復讐しようか。下手をすれば自分の命が危ない。クラウスならどんな方法を考えてくれるだろうか。早速戻ったら相談することにした。


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