第19話 ニコラに舞い込んだ縁談
ニコラがクラウスの事で気をもんでいると、シャルロッテ夫人から話があると呼び出された。クラウスの事で大事な時期に何の話だろうと、ノックをして彼女の部屋へ入る。
「ねえそこへ座って。あなたに会いたいという人がいるの。ある男性よ。グーゼンバーグ伯爵様の三男でブルーノ様というお名前なの。凄いでしょう! あなたに偶然街で会って、一目ぼれしてしまったらしいのよ。ほら、仕立て屋に行った時のこと覚えていない。若い男性がいらしてたでしょう。私たちが帰ってから、店の人にどこのお嬢様かと聞いて、家のニコラだということを知ったそうなの。それ以来、またどこかで偶然会わないかと頻繁に街へ行っていたらしいんだけど、そんなに街に用があるわけがないじゃない。それで、仕立て屋から家の場所を聞き出して、直接家へ手紙が届いたのよ」
ニコラは、クラウスの事が心配で自分の結婚を考える余裕などなかったので、断る理由を考えた。
「私にはまだ早いわ、お母さま。十六歳でお嫁に行くなんて、私には早すぎます」
若いというのは理由にならないことぐらい承知の上だった。この国では女性は十六歳ぐらいで結婚するのは珍しいことではなかった。ほとんどの女性が十代で結婚していた。
「あらあら、早すぎる事なんて全くないわ。あなたを一目見てもう夢中になってしまっているらしいのよ。一度会ってみましょうよ。女の子がいると楽しみがあっていいわあ。クラウスはちっとも煮え切らないもの」
シャルロッテ夫人は、自分が見初められたかのように浮き浮きしている。これは会わずに断るのは難しそうだ。一方的に自分の事を気に入っているというのだが、どんな男性なのだろうか。ちょっと顔を見てみようかしらと考えていると、
「実はねえ、もうお会いする日取りを決めてしまったのよ。だって、またこちらへ来るのは大変なんですって、遠いから」
と、シャルロッテ夫人が言った。もう選択の余地はなかった。
「分かりました。お会いします」
ニコラは、こう返事をして部屋を出た。会ってみてもいいが、クラウスといるより居心地のいい人が見つかるだろうか。自分を気に入っているらしいし、試しに会ってみれば気持ちが変わるかもしれないと期待した。
こういうことは真っ先にクラウスに報告しなければ。彼はローザの見舞いに行く前で、まだ部屋にいた。机に座って、地図を見ている。フォルスト公国行きに備えて、頻繁に地図を見ては、考え事をしている。背中越しに声を掛ける。
「ねえ、クラウス入るわよ」
部屋へ入ったが、まだ熱心に机の前で地図を見ていた。
「驚かないでね。私に縁談が舞い込んだのよ」
クラウスの視線が地図から離れ、顔が二コラの方を向いた。動きが一瞬止まった。
「えっ、縁談があ? それ本当か?」
クラウスは椅子をニコラの方へ向けた。ニコラは大まじめな顔で答えた。
「嘘でこんな話しできないわ」
「相手は?」
「伯爵家のお坊ちゃん。グーゼンバーグ様の三男だそうよ」
「ふ~ん。聞いたことがない名前だな。どこの奴だ?」
クラウスは、考え込むような仕草をした。貴族に詳しいわけではないが、この近辺ならば両親から聞いたことがあるし、町に住んでいる人たちの名前なら、名前だけは聞いたことがある人が多い。
「この辺りの人ではないらしいの。フォルスト公国に近いようよ。たまたま街で私の事を見かけて、会ってみたくなったらしいわ。どうせお坊ちゃんの気まぐれだわ。断られるに決まってる」
一目ぼれした相手に会ってみたくなり、直接連絡が来るなんて、よほど気に入った証拠だ。ニコラは相手の熱意に負けてしまうかもしれない。これは手ごわい相手だ。って、何が手ごわいんだよ。
「まあ、身分の高い人だから、断りずらいだろうな」
ニコラはうなずいた。
「だから、必ず会うように言われたの。シャルロッテお母様に」
「フォルスト公国に近いって、ここからどのくらい離れているんだ?」
「馬車で三時間ほどかかるそうだから、だいぶ遠いわね。それで、もうお会いする日取りまで決めてしまったらしいの。断ることはできなかったわ」
この辺りでは、親が決めた縁談に従って結婚する人が多い。相手に気に入られなかったり、何か問題があったりしなければ、縁談があればそのまま結婚することになる。
余程ニコラの方で問題を指摘しない限り、このまま結婚が決まるだろう。
あちらが決めた日まであと三日しかなかった。随分急な話だ。
「よ~く相手の事を観察しろ」
「観察というと?」
「本性を見極めろってことだ。変えようとしても変える事の出来ない、生まれ持ったものだ」
クラウスは真剣に、ニコラの方を向いて言っている。こういう時のクラウスは少し怖い。
「分かった! 任せといて! ブルーノとやらの本性を見てくるわ」
「おう、逞しいな」
「えへへ、クラウスに鍛えられたからね」
ニコラは、笑ってクラウスに言った。
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