第15話 デートの反省会

 クラウスデートの後、帰り道の途中までローザを馬で送った。送って行くクラウスの方が必死について行く格好になってしまったが、ローザの屋敷へ向かう分岐点までお供した。


「この辺でいいわ、クラウス。今日は大変だったでしょうから」


 俺が必死でついて行っていることぐらい想像に難くない。乗馬のうまい人なら俺の素人さ加減がすぐわかるはずだ。


「今日は来てくれてありがとう。いつでも来て!」


 出来るだけ自然に言ったつもりが、わざとらしい感じになってしまった。先ほどの二コラに対する敵対心は、今は感じられなかったのでほっとした。


 そうして俺の長い一日が終わり、馬に乗って家路についた。



                    ⋆

 家についてニコラの顔を見るとホッとする。こいつと話していると、気を遣うことはない。


 俺は早速ニコラの部屋へ行った。今日の感想も聞いてみたかったのだ。


「なあニコラ、シャルロッテおばさんが言っていた、フォルスト公国訪問はなかなかチャンスが来ないなあ」


 まずは、別の話から始める。これも俺の最大の関心事だった。デートよりも俺の心の中を占めている事柄かもしれない。


「そうねえ。いつか来てっておっしゃっていたけど、あれから何の音さたもないわね」


「行ってみたいだろう?」


「う~ん、どうかしら。クラウスに訊かれるまで忘れてたぐらい。でも、怖いけど、行って実際に起こったことをこの目で見てみたい。生まれ育った場所にもう一度立って、これからどうしたらいいのか考えたい」


 今の状況に大きな変化が起きるのは、確かに怖いことだ。今までの俺たち、というか俺の人生の中ではここでの生活が一番安定しているからな。


「早くチャンスが来るといいんだが……」


「そうねえ……このまま来なければ来ないで、いいような……」


 そんなに弱気なことを言うなんて……俺が戦わなければダメなんだな。


「そんなこと言うなよ! 俺がついてるから大丈夫だ!」


 フォルスト公国で起きた話を聞いて以来、心の中でいつそのチャンスが巡ってくるのが待ち望んでいた。いつか訪れる機会が来るのだろうか……


 さて、今日会ったローザの印象について聞いてみようと、ベッドに座っているニコラの隣へ座った。すると、ニコラの方から質問してきた。


「今日のデートは楽しかった?」


 月並みな質問だが、一番知りたいことのようだ。俺は何と答えていいのか迷っていた。楽しかったというほどの実感がなかったからだ。うきうきと心がときめくような高揚感がない。でもつまらなかったのかというと、そうでもない。


「まあまあだった」


 そんな言葉が今の心境には一番合っていた。


「楽しくもあり、つまらなくもあり、っていうことかな?」


「そんなところだ」


 ニコラは肩を俺の方へ持たせかけ、体重を掛けてくる。今日は髪の毛をリボンで止めているが、良い香りが俺の鼻先をくすぐる。ベッドの振動と共に体が動くたびに、俺の方へその香りが流れてくる。全く罪な奴だ。


「ふ~ん、何がつまらなかったの?」


 原因はわかっていた。彼女の生活の中に、俺の貧乏生活が存在しなかったのだ。だからその生活が理解不可能過ぎて、現実味がなかった。それだけの事だった。それをニコラに打ち明けた。


「俺の貧乏時代の生活を見てもらったら、奇異な目で見られた。俺は自分の事を分かってもらいたかっただけだったんだけど」


 ニコラは、自分の右手を俺の肩の上に置いた。肩を抱いて慰めてくれるんだろうか。


「それは、彼女には無理よ。私たちの貧乏生活の事は、話さないほうが良かったわね。わたしだって、あの生活を知らなかったら、想像もつかないわ」


 ニコラは肩へ置いた手を、俺の頭の上に置いて撫でた。まるで幼い子をなだめるような仕草だ。


「そうなのか」


 俺はがっかりした……ふりを少しばかりした。そうすれば、ニコラはさらに俺を慰めようとするだろう。


「そんなもんよ。なかなか自分で経験しなかったことはわからない」


 ニコラは人生の先輩のような口調で俺を諭す。今までの立場とかなり逆転している。立ち上がり、俺の目の前に来た。俺はこの時とばかりニコラの両手をぎゅっと握った。


「俺に合う人って……どんな人かな?」


 ニコラは俺の眼をじっと見つめ、姿を眺めまわし、手をぎゅっと握り返したりしている。


「そうねえ。クラウスに合う人って……難しい質問ねえ」


 俺に合う人を見つけるのって……難しいんじゃないのか? そうならそうと言ってほしい。

 いつも一緒にいて、一番よく俺の事を知っているこいつの答えが知りたい。また頭を触ったりしてなかなか答えてくれない。しびれを切らして俺はため息をついた。


「俺に合う人なんて……いないよなあ」


 ニコラは俺の体をじろじろ眺めまわす。俺の体を見ていると答えが見つかるんだろうか。


「クラウスに合う人はねえ、優しくない人! それから、わがままな人! そして、最後に、クラウスが命懸けで守りたくなる人!」


 ニコラは、自分の言った答えに完全に満足している。自信満々だ。しかし、さんざん考えた挙句の答えがそれなのか。


「それが……答えなのか?」


 それでは、具体的なことは何もわからない。容姿とか、趣味とか、性格とか、もろもろの事はどうなのだろうか。俺は、筋肉ばかり付けてきたせいで、頭の回転が鈍くなってしまったのだろうか。いやいや、体を鍛えれば頭の回転もよくなるのではないだろうかと、勝手な解釈をした。


「クラウスにかかっては、性格や顔や家柄はあまり関係ないのよ。筋肉ばかり鍛えてきたクラウスに必要なのは、ハートだけ!」


 何とも単純な答えだ。ニコラはこんな娘(こ)だったっけか。


「お前の言いたいことはわかった。自分のハートに訊いてみろ、ってことなんだろ?」


 再びニコラは俺の髪の毛に手を置き、くしゃくしゃにした。そのせいで前髪が目の上にかかり、前がよく見えなくなった。ニコラにぐしゃぐしゃにいじられた俺は、下唇を突き出して、息を思いきり吐き、前髪に風邪を吹き付けた。


「クラウスの様な人には、きっといつか最高の恋人ができる。私が保証する!」


 俺は仕返しに、ニコラのリボンを引っ張って上に持ち上げ、ひらひらさせた。すると、止めて―っ、返して―っ、と叫びながら俺の周りを飛び跳ね、ぐるぐる回った。ジャンプに疲れた頃、俺はリボンをポーンと投げた。急いで床に転がり拾った。彼女をからかうのは本当に楽しい。



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