第14話 クラウスのデートは続く
ブリーゲル邸の門を入ると、外で働いていたザシャとドミニクが二人の方を見ていた。荷物を荷台に乗せて屋敷までの道を押している。クラウスは照れ臭い気持ちを押し隠して二人のそばを通った。二人も何食わぬ顔をして、話しかけることはなかったが実際はちらちらとローザの様子を盗み見ていた。美しく颯爽と馬を乗りこなすローザ。一緒にいる自分が彼女に釣り合うのかどうかわからない。ザシャ達に見られているのもたまらなく恥ずかしかった。
知らん顔をしているのも不自然だと思い、クラウスは彼らに手を振った。わざとらしいしぐさに、彼らも不自然に手を振った。養子になってからも、彼らと気軽に話せるし、今回のローザとのデートについても話してあった。
ローザはそんなクラウスを奇異な目で見ていた。使用人に対してクラウスの態度は彼女には不自然に見えた。彼女は生まれついてのお嬢様で、使用人に対する心構えも違うのだろう。俺とは生まれが違うんだから。
「さあ、こちらが我が家です!」
クラウスは馬を下り、胸を張って言った。ザシャとドミニクが気を聞かたつもりでそばへやってきて、二人の馬を預かり、連れて行った。別れ際に、二人はクラウスにウィンクした。うまくやれよってことか……。
クラウスは自分で鍵を開けて、ローザを家の中へ案内した。そんなことにもローザは驚いていた。ローザの家では必ず執事が迎えに出ているからだ。
ローザは束ねていた長い髪をほどいた。ライトブラウンの長い髪がはらりと肩にかかり、切れ長のくっきりとした目が更に引き立った。ボーイッシュなパンツ姿に、長い髪を肩までおろした姿は新鮮だった。クラウスは、長い髪を見つめながら言った。
「お疲れになったでしょう。今日はだいぶ遠乗りしましたから。部屋で少し休みませんか?」
「いいですね。でも、私はそれほどつかれていませんよ。まだまだ乗れます」
「それはすごい」
ああ、馬に乗るのは歩くのよりもたやすいようだ。応接間に通し、ハンナにお茶を運ばせた。こんな時の礼儀で、メイドは来客にあまり目を合わせないようにしている。目上の人に対する礼儀と、好奇心を剥き出しにすると失礼だからだ。挨拶をして下がった。しかし、引っ込んでから裏でうわさ話をしているのもお決まりの事だ。噂話は、お屋敷で働いているメイドたちの楽しみの一つだからだ。
「どうぞ応接間へいらしてください」
「はい、御招きいただきありがとうございます」
ローザは椅子に座って、あたりを眺めている。テーブルも椅子も特別に注文して作った豪華なものだったが、やはり落ち着かない様子だ。よそのお宅へ行ったことがないのだろうかと別の心配をしてしまったぐらいだ。それほど箱入り娘ということなのか。
「あなたのお宅よりは見劣りするかもしれませんが、僕はこの屋敷へ来た時、何と素晴らしい家があるのかと感動しました。こんな素晴らしい家で働ければいいなと思いました。その願いはかないました」
「そうでしたか。確かにお庭は綺麗に手入れされていますし、家の中の調度品も素晴らしいわ」
「でしょう。喜んで下さると僕も嬉しいです。これから……いつでもいらしてください。大歓迎ですから」
「ありがとうございます」
ノックの音がして、シャルロッテ夫人が入って来た。気を利かせたドミニクの計らいで、連絡が行ったのだ。
「あら、よくいらっしゃいました」
「突然お邪魔してご迷惑じゃありませんでしたか?」
「いえいえ、クラウスが女性を連れて来るなんて初めての事で嬉しいですわ。これからはいつでもいらしてくださいね」
シャルロッテ夫人は愛想よく笑っている。どうにか俺がローザに気に入られて結婚できるように期待しているようだ。ローザの家には財産があり、クラウスの家には男爵という爵位がある。
「じゃあ、邪魔者は退散するわね。ごゆっくり」
ニコニコして夫人は部屋を出ていった。
「乗馬以外にはどんな趣味がおありなのですか?」
「私は……そうですねえ……散歩でしょうか」
「おお、外がお好きなんですね。では今度は歩いて庭園などを巡りましょう」
「そうですわね」
「僕も外で体を動かすのが好きなので丁度良かった。アハハ!」
なかなか気の利いた会話ができないな、とクラウスは情けなくなった。こんなとき何を話していいのか話題が思い浮かばない。これではいつも二人で野山を駆け巡ったり、体を動かしているしかないではないか。 まあ、いい。これがローザの趣味なのだから。
「クラウス様は、御趣味は?」
「僕は力仕事ばかりやっていたもので、趣味といっていいのかわかりませんが力仕事が趣味です。力仕事でお困りの時は呼んで下さい!」
俺は便利屋なのか? 困った時に役に立つなんて……趣味でも何でもない。
「まあ頼もしい、お願いします」
相手に趣味を聞いてしまったが、自分の趣味だって大してなかった。特技だってこれといってない。
クラウスはお茶請けのクッキーをつまんだ。有名料理店で修業してきたハーゲンの作る料理は、ちょっとしたお菓子に至るまで全て美味しい。
「このクッキー美味しいですよ。是非召し上がってください」
ローザはナッツの入ったクッキーを一つつまみ、パクリと口の中へ入れた。
「ほんと、美味しいです」
「そうでしょう。ここの料理人は大変腕がいいんですよ」
もう一つつまんでパクリと食べた。
「美味しいわあ」
続けていくつかつまみ、紅茶で流し込んだ。
「気に入っていただけて良かった」
クラウスはクッキーで場の雰囲気が和やかになり安心した。ローザは合計十個ぐらい食べただろうか。山のようにお皿に入っていたクッキーが残り少なくなっている。かなりな食いしん坊だ。
「ご兄弟は、妹さんが一人いらっしゃったのよね」
「はい、十六歳の妹がいます。我儘で甘えん坊なところもありますが、可愛い妹です」
あいつとは幾多の困難を乗り越えてきた。同士のようなものだ。我儘を言われても大抵の事は許してしまう。
「そう。是非紹介して頂きたいわ」
おお、話が早いではないか。是非とも紹介しておきたかった。
「部屋にいますので、呼びましょう」
クラウスは呼び鈴でメイドを呼び、ニコラを呼びに行かせた。ニコラは淡いオレンジ色のドレスを着て、長い髪を後ろで束ねて階段を下りてきた。色白の肌に頬がほんのりばら色をしていて、幼いころに自分の背中に張り付いて寝ていた時と同じ肌の色をしている。今日も可愛いなあ。合格だ!
下から見上げたローザは思わずため息を漏らした。
「お綺麗な方……」
「ああ、筋肉質の僕からは想像もつかない妹ですよね。よく似てないって言われます」
血が繋がっていないから似てないのは当たり前なのだが、わざと俺を冷やかすときに男たちが言うのだ。俺に全く似ていなくて、可愛いらしさと美しさを兼ね備えているたぐいまれな美人だと。
ローザの眼が彼女の清楚な雰囲気にくぎ付けになっていた。兄の俺でさえ黙って階段を下りてきたときの彼女はため息が出るほど美しい。どこかの国の姫がお出ましになったような雰囲気なのだから。
「おお、ニコラ。突然呼び出して悪かったな。せっかくローザ様がいらっしゃったから、紹介しようと思って」
ニコラは俺の顔とローザの顔を交互に見ている。今日の俺はさぞかし間抜けな顔をしていることだろうな。全く自信のかけらすらないんだから。
「始めまして、私ニコラと申します。兄をよろしくお願いします」
ニコラはそっとひざを折って挨拶し、ローザにほほ笑んだ。
「兄は活動的で、外の仕事もよくしております。活動的なローザ様とはきっと趣味が合うでしょう」
そんな言い方をして……まるで高貴な姫の様じゃないか。
「そうですわね。私もそんな方が現れるのを待ち望んでおりましたの。この出会いを大事にしたいわ!」
ローザは二コラの顔をきっと真正面から見据え挑む様に言った。ローザはクラウスと血の繋がっていない美しい二コラに、ライバル意識を持ったのではないだろうか。ローザの瞳に燃え滾る炎が見える。俺はすごく嫌な予感がしてきた
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