第6話 お屋敷の仕事

 二人は、別々の部屋で寝るようになり、決められた仕事を与えられるようになると、顔を合わせる時間がめっきり減ってしまった。食事も仕事が終わったものから食堂で順番に食べているので、いつもすれ違いだ。あのお姫様、メイドたちの間でちゃんと暮らせているんだろうか。


 昼食が終わり、メイドたちの後片付けが大方終わった時間には、力仕事を終えた男たちが午睡をしていた。いつもの日課のようだったので、その間に部屋を抜け出しニコラの様子を見に行った。


「おい、ニコラうまくやっているか。メイドの手伝いなんてしたことがないだろう」


「これは意外と大丈夫なの。私の方が詳しいぐらいだから」


「そうか。お前はお姫様だったからな。でも知ってるって言わないほうがいい」


「どうして?」


「どうしてって……決まってるだろ?」


「なぜ?」


 ニコラはわからないのだろうか。メイドがどんな仕事をしたらよいかわかっていたら、自分が良家のお嬢様だってばれてしまうじゃないか。


「自分の家にはメイドがいたなんて言ってはいけないよ」


「いけないの?」


「必要以上に関心を持たれたらまずい」


 ようやく二コラは事情が分かったようで、こくりとうなづいた。


 二年前に、どこから来たか言ってはならないといい聞かされてきたことを再び思い出した。


 家の表側は、美しく手入れされた庭があり、窓からは良く見渡せたが、裏手は木が植えられていて木陰が人目につかずに休むのにはちょうどいい場所があった。二コラは古い切り株に座り深呼吸した。

 

 クラウスは、木の枝にジャンプして腕でしがみついた。逞しい腕で、しっかりと枝につかまり、ぐっと顔を上にあげ木の上から二コラを見下ろした。


「わあ、すっごーい。顔が真っ赤になってる! 猿みたい」


「猿ってなんだ?」


「動物よ」


「どんな動物なんだ」


「えーとねえ。絵本で見ただけなんだけど、クラウスみたいにかっこいい動物」


「そうか、かっこいい動物か……見ていたいなあ」


「うーん……見なくてもいいと思うよ」


 クラウスは、その動作を数回繰り返した。あまり力を入れなくても、すんなり持ち上がるのが自分でも不思議なくらいだった。あれ、力が強くなったのかな。


「すごい、すごーい。どんどん力持ちになる」


 さらに、数回繰り返した。もう限界だ、と思いパッと手を離し地面に軽やかに降りた。先ほどは体中に力がみなぎって、軽々と自分の体を持ち上げることができた。あの不思議な感覚は何だったのだろう。まさか、自分に限って。そんな力を持っているはずがないだろう。この国では一万に一人ぐらいの割合で、魔術を持った人間がいる。それは遺伝でもなく、鍛えて見に着くものでもない。それは天のいたずらのように偶然現れるもので、十歳を過ぎ大人に近づいてくると体の中に魔術が目覚めるのだった。だが、実際にそんな魔術を持った人間に会ったことはないし、今まで見たこともなかった。

 魔術なんて、単なる言い伝えだと思っていた……まあ、ほんのちょっといつもより力が湧いて来ただけで、俺が魔術を使えるはずがない。今まで全くついていなかった自分が。


「俺は、いつも力仕事ばかりやっていたから、体が鍛えられたのさ」


「ふ~ん、いつも荷物運びばっかりやってたからね。私は、ほら裁縫が上手になっ

たでしょ、この通り」


 ニコラは、手に持っていた雑巾を広げ縫い目をクラウスによく見えるように差し出した。


「うわあ、蛇みたいにくねくね曲がってる」


「失礼ね」


 プイと向こうを向いてしまった。こんな拗ねたような顔をするときは、慰めてあげるのが自分の仕事だ。なんせお姫様なんだから。


「でも、初めて縫った雑巾にしては、上手に出来ている。二コラは、腕がいい」


「そうお、やっぱり」


「ふふふ……」


「何よ」


「何でもない」


「変なの」


 やっぱり、自分の事をお姫様だと思っているんだろう。親が迎えに来たら皆びっくりするだろうな。いつか来てくれる日が来るとしたら、だが。

 昼食後のちょっとした休憩時間に裏庭に来ておしゃべりをするのが、二人の息抜きの時間になった。二コラもクラウスにはあまり隠し立てする必要がないので、気がねなく話ができる。


「クラウス、手が冷たい……」


 ニコラは、真っ赤になった手をクラウスに差し出して悲しそうな顔をしている。


「どうしたんだ?」


「洗い物をしていると、手が冷たくなっちゃう」


 小さな手が赤くなっていて、手の甲はカサカサにひび割れている。こんなことは小屋にいた時にはなかった。水仕事なんかやらせていなかったからな。じっと、クラウスの眼を見つめている。この目に弱いんだよな。


「ほら、手を出してみろ。あっためてやる」


 大きなクラウスの手が、ニコラの手をそっと包み込んだ。何て冷たいんだ。こんな小さい子に、洗い物をさせるなんて可哀そうだ。しかし、このくらいは我慢しないと、二人でここには置いてもらえない。せめてこの時間だけでも、手を握っていてあげよう。


「ニコラ、俺よりもっとお金持ちに見つけてもらえたらよかったな。川岸にたどり着いた時に……」


 ニコラは、きょとんとした顔でクラウスを見ている。


「そうだね。お金持ちが見つけてつれて行ってくれたら、今頃こんなことしてなかったね」


 こんな俺のところに転がり込んで、失敗したなと思ってるだろうなあ。


「御免よ」


 俺はなぜか謝っていた。謝る必要なんてないのに。


「いいわよ、許してあげる」


 何でそんな言い方するんだ。この場合もうちょっと他の言い方があるだろうに、俺だって面倒見るの大変だったんだからなあ。

 でも、手が温かくなったのに満足したようで、休憩時間が終わるとメイドたちの元へ去っていった。自分たちの後輩だと思って、あまりこき使わないで欲しいよなあ。


「あのね、メイドのエマとリリーは、クラウスはかっこいいって言ってた。力もあるし、将来ハンサムになりそうだって……」


「あいつら、そんなこと言ってるのか……」


 クラウスは二人が仕事しているところをちらちら覗き見ることにした。二人は、自分たちが見られているのが嬉しくて仕方ないようだ。照れくさそうに窓を開けて、外のクラウスに訊いてみた。


「私たちに何か御用かしら?」


「いや、別に用はない。二人とも仕事してるところが可愛くて見てただけだ」


「まあ、年下のくせにおませねえ」


 そう言って、まんざらでもないという顔をして鼻歌を歌いながら窓ふきをしていた。わざとよく見えるように窓を拭いている。全く単純だなあ。これで、少しは二コラが楽になるといいんだけど。

 

 クラウスは、あ~あとため息をついた。

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