第4話 小屋を追い出されて

 それ以来ニコラは、クラウスについて仕事に行くようになった。


 仕事と言っても一緒についてきて俺の真似をしているだけなのだが、それでもいるだけで役に立っている気はする。



 ある日、小屋の外で男たちの声がした。声はクラウスたちの小屋で止まった。


 何事だろう。ここへ人が来ることなんて今までになかった。


「おい、誰かいるのか?」


 クラウスは、ガタガタと扉を開け男の顔を見上げた。


「やっぱりいたようだ」


 男たちは、数人で扉の前に立っていた。鎌や、スコップなどを手にしている。


「自分の家でもないのに、図々しい奴らだ! 即刻出て行ってもらおう!」


「そんな、誰もいなかったから住んでいたんだ。何が悪いんだ!」


「ここの所有者のご命令だ。何でもこの辺りまで牧場になるそうだ。つべこべ言わずに出て行け!」


「そんな……待ってください!」


「荷物をまとめたら出て行け! そのくらいの時間はやろう」


 それだけ言うと、外へ出て行くとガタガタと扉を閉めた。二コラが憤慨している。


「どうして出て行かなきゃいけないの? ここはクラウスのお家じゃなかったの?」


「御免……違うんだ」


「今まで誰も来なかったのに……住んでいちゃいけないの。あたしたち住むところが無くなっちゃう……」


 今にも泣きだしそうな顔をしている。


「ダメだ、荷物をまとめて出て行くぞ」


「嫌よ! もう一度あの人たちにお願いしよう、クラウス」


 そんな言葉を無視して、クラウスは必要最小限のものだけを自分の鞄に詰めた。


「ニコラも大事なものや服を俺の鞄に入れろ。それから後生大事に持っていた巾着袋もな」


 巾着袋の中には金貨が数枚と母親である王妃コルネリアの指輪が入っていた。指輪はどんなことがあっても絶対に人に見せてはいけないと言われていた。『コルネリアへ、クリストワから愛をこめて』という言葉が指輪の内側に彫り込まれていたのだ。


 ニコラは巾着袋を背中に背負い、着替えをクラウスの鞄に詰めた。


「さあこれで全部だ。行こう」


「何処へ行くの? どこへも行きたくないよお」


「とにかく外へ出てから考えよう」


「やだ……」


 二人が小屋を後にすると、ほどなく男たちは手にした道具であっという間に解体し、二人が二年間住んでいた家は、ほんのわずかな木材だけになった。


「何処へ行くのよ、クラウス?」


「俺も考えているところだ」


「行くとこなんかないじゃない……」


 何処かへ行くと言っても行く当てなどない。とぼとぼとそこから遠ざかりいつの間にかレオン爺さんとグレーテ婆さんの家へたどり着いていた。


 ここしか来るところがないし、他に知り合いもいない。手伝いに行った農家は子供がたくさんいて、寝床すらないような家だった。


「あのう……また来ちゃった……」


 それ以上言葉が続かなかった。


「どうしたんだ。今日はもう売り物はないよ。明日の朝おいで」


 お婆さんはそういったが、黙って下を向き動くことが出来ない。


「その荷物は何だ。家出したのかい?」


「元々、自分の家じゃなかったから」


「追い出されたのか?」


「……はい」


 その後も言葉は出なかった。泊めてほしいなんて言い出せない。クラウスは唇をかんだ。


「家も子供二人を養う余裕はないけど、次に行くところが決まるまで泊めてやるよ」


 クラウスは、物心ついて初めて暖炉の火にあたりながら、暖かい部屋で夕食を食べた。ニコラは、遠い記憶の中でこんな光景が繰り返されていたことを思い出して懐かしい気持ちになった。夜は、戦で亡くなったという二人の子供たちが使っていた部屋へ案内された。


 こういう部屋で眠れる生活がしたい。どうしたらいいのだろうか。


「ずっとここにいられないの、クラウス?」


「それは……無理だ」


「子供がいないのに?」


「爺さんと婆さんだって大変なんだ」


「……そうなの?」


「ああ」


「大変だけど……泊めてくれたの?」


「そうだ」


 お爺さんとお婆さんの息子たちの部屋には、本なども並んでいた。二コラは絵本を取り出し声に出して読んでみた。王宮にいた頃にへいつも寝る前に乳母に絵本を読んでもらっていた。紙や鉛筆などもありニコラはそれに絵や文字を書いて見せた。


「お前読み書きができるのか」


「うん」


「凄いなあ」


「そうかなあ」


「……」


「……」


「俺にも教えてくれ」


「いいよ」


 途中まで読むと、本棚に絵本を戻した。


 二人はベッドにもぐりこんだ。

 クラウスは、どうしたらいいのか考えた。考えながら、そのうち深い眠りについてしまった。




 そうだ、街で小耳にはさんだブリーゲル男爵の家へ行ってみよう。最近使用人が辞めてしまったということだ。あそこなら雇ってくれるかもしれない。二人一緒に置いてもらえればいいが。


「仕事を探しに行ってきます。見つからなかったらもう一晩おいてください。それから、部屋に会った絵本……」


「ああ、読んでみたのかいい。あれは、息子たちが幼いころに読んだ絵本だ」


「あの絵本、何冊か貸してはくれませんか?」


「もう家では用が無くなってしまった。気に入ったのを持っておいき。お前たちに

あげるよ」


 二人はきれいな挿絵の入った絵本を何冊か選び、鞄の中にしまった。一緒に紙と鉛筆ももらった。お爺さんとお婆さんの山の家を出て坂道を下った。


「クラウス、どこへ行くの?」


「あるお屋敷へ行く。行儀良くしてるんだぞ。まあニコラは育ちがいいから大丈夫そうだけど」


「ふ~ん、お屋敷へ行くのね。楽しみ」


 一旦街へ出てから、再び別の方向へ歩いて行く。畑や牧場を通り、村の一本道をどんどん歩いて行く。


「まだつかないの、クラウスう……」


 何だかいやな予感がする。後ろから聞こえてくる甘え声は、何を意味しているんだ。


 俺はすたすたと後ろを振り返らず歩いていた。


「お屋敷は見えてきたの、クラウス?」


「まだ見えない」


「本当にこっちでいいのかなあ」


「たぶん」


「……」


「そのうち見えてくると思うけど」


 クラウスも自信がなくなってきた。聞いた通りに歩いているつもりだったのだが、まだ家敷が見えない。


「クラウスう、足が、痛くなっちゃったあ」


 仕方なく後ろを振り返ると、立ち止まってじーっとクラウスの顔を見ている。その顔をされると弱いんだよなあ。


「わかったよ」


「おんぶしてくれる?」


 鞄を斜めにかけて、二コラを背負う。片に食い込む様に鞄の重みと二コラの体重がズシリとのしかかる。

 前かがみになってようやく、足を一歩一歩踏み出す。


「クラウス、すごーい! 力持ち!」


「うわあ、重たいっ。少しだけだぞ――!」


 ぎゅっと後ろから、首に手を回してくる。


「は―、楽ち――ん」


「おい、今なんて言った?」


「何でもない。助かりましたあ」


 目の前に大木が見えた。


「あの木の所までだ!」


「はーい」


 ようやく大木を通り過ぎておろそうとした。すると、腕に力を入れて、ぎゅっと首にしがみついてくる。


「もうちょっとだけ、お願いっ!」


「まだかよー」


「えへへ……」


 甘えすぎだろ。ちょっと脅かしてみようか。


「もう降りろ」


「……へ、どうしたの? 怖い声出して」


「あのなあ」


「怒ってるの?」


 「俺がつれて行かないって、ニコラをここで放り出すこともできる。そうしたら、ニコラは誰かにさらわれるだろうな」


 急に彼女は、不安そうになった。


「さらわれたらどうなるの?」


「多分……どこかに奴隷として売り飛ばされてしまうだろう」


「その後は……」


「ご主人様の言うとおりに働くんだ。言われたことはすべてやらなきゃいけない。どうする?」


「ご主人がクラウスより優しい人だったら? クラウスは後悔するわね……えへへ」


 いつからそんな生意気なことを言うようになったんだ。さらわれたら俺より優しくしてくれる人なんかいるわけないだろ。そのくらい分かれよな。


「あとちょっとだけだぞ」


「えへへ……」


 お姫様だった時の記憶は消えないんだな。どうか、これから面接に行く男爵家ではその強気の態度は出さないでもらいたいものだ。これから俺たちの宿付きの仕事の採用試験なんだからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る