エピローグ

ボク達は歩いていく

 あの戦いから二週間後。洋子ボクは懐かしのクランハウスに戻ってきた。洋子ボクの体感時間だと大体三か月ぶり。でもリアルタイムだと一年に届くか届かないかぶりになる。


 小鳥遊は太極図を失い、元のハンター委員会会長の立場に戻る。その権限を使って生徒全員に『命令』解除のアプリを見せて、洋子ボクの記憶を取り戻してくれた。頼んでもいないのにありがたいなー、って思ってたら、


「ハンター委員会会長を辞任します」


 なんて爆弾発言をした。

 なんで、と思ったけど小鳥遊は『不死研究者』の一員で、その命令で学園中のハンターをコントロールしていたのだ。その『不死研究者』は洋子ボク達がボッコボコにしたわけである。いわば、親元がなくなったのだ。

 そう言った本来の役割的な面もあるけど、太極図計画がご破算になったことでいろいろ気力が抜けたのが大きいだろう。いやまあ仕方ないよねって思ってたら、とんでもないことを言いやがったのだ。


「後任のハンター委員会会長には、現在トップクラスの実力を持つ犬塚洋子さんにお任せします」


 飲んでたコーヒー噴き出したよ!


「何言ってんのこの人!?」


 事前告知なしの一言に思わず叫ぶ洋子ボク。あの野郎、とんでもない爆弾仕掛けていきやがった!


「デモマア、人選として悪手ではないデスヨ。バス停の君、戦術眼もあるしゾンビやその生息地の情報も豊富デスカラ」

「音子も信頼できると思います。訓練方法をマイルドにすれば、ハンターの実力向上につながりますし。……マイルドにすれば」

「ヨーコ先輩。お手伝いしますよ」


 そして困ったことに反対意見はそれほど多くなかった。

 ファンたんの動画などもあって学園全体に洋子ボクの実力が知れ渡っていることと、洋子ボクを知る人たちの評価がおおむね好意的であること。そして何よりも――


「前線に立つ兵が将となり、出世して国を治めることなど珍しくもあるまい。加藤清正然り、福島正成然り。良いとは思うがな」

「そーそー。よっちーが認められるのはあやめちゃんも嬉しいな」

「けっ、甘々腐れ脳みそが上に立ってくれるならオレ達も楽できるってもんだぜ」

「ハンターを巻き込まずに済むなら……いいかも……」

「コンプライアンスのプライオリティを高めにワークフレームを構築してくれれば、ベストプラクティスだぜ。なんならナレッジマネジメントしてやろうか?」


 答えたのは最近クランハウスをたまり場にしている制服姿の八千代さんとAYAME、ぬいぐるみのカオススライム、2センチのナナホシテントウムシなナナホシ、そしてスマホからパンツァーゴーストの声。彷徨える死体ワンダリングの五名。

 彷徨える死体ワンダリングのうち五名が洋子ボクに好意的なのも学園中に知れ渡っている(っていうか小鳥遊が喧伝しやがった)。洋子ボクをハンターの代表にすれば、彷徨える死体ワンダリングとの便宜が取りやすいという意見も多いのだ。


 まあ、それは重々に理解しているんだけど……!


「やだー! ボクはもっとゾンビを狩るんだい! 上に立って事務とか真っ平御免なんだよ!」


 偽ることなくやりたいことを主張する洋子ボク。だって上に立つとか責任とかいろいろあって厄介じゃないか! そんなのやーだー!


 ところが小鳥遊はそんな洋子ボクの意見を先刻承知とばかりに場を整えており、書類や事務作業はこれまで通り小鳥遊とその部下たちが行い、洋子ボクはハンターの育成や狩場やゾンビの生態などの情報提供が主な仕事と条件を出してきた。


「多少狩りに行く時間は制限されますが、どうでしょうか?」


 なにが鬱陶しいかって、これならまあいいや、と思わせる条件なのがうっとうしい。小鳥遊の交渉手腕を見せつけられた感じだ。


「当然ですよ。半年近く太極図としてほぼ同化していた仲ですから。

 時間に換算すれば一万年近くの歴史を心の壁なく高密度にお付き合いしていたわけですし。白寿の夫婦よりも互いの事を知っていますから」


 ただおまけとばかりにこんなことを言いやがったので、それから一週間近くは福子ちゃんとAYAMEの怒りゲージが一気に振り切れてとんでもないことになった。


「へー。ヨーコ先輩、へー」

「どー言うことなのか詳しく教えてほしいな、よっちー♡」

「待って!? 確かに嘘じゃないし、小鳥遊の野郎のこともヤになるぐらいに理解できるけどそういう感情は――」


 誤解じゃないところが本当に面倒で、鎮火するのにものっそ精神を削られた。こうなるって分かってて言いやがったな小鳥遊ぃ!


 そう。福子ちゃんとAYAMEは存外仲がいい。AYAMEはパワーさえなければ誰とでも仲良くなれる性格なんだけど、福子ちゃんがそれを受け入れているのはちょっと意外だった。


「まあ、AYAMEさんなら許します」


 とは福子ちゃんの言葉だ。すこしは丸くなったのかな、って思ったら、


「あやめちゃんは二人の仲を裂こうなんて考えてないよ。っていうかよっちーが一途でヘタレで浮気できないのはこもりんも理解してるだろうし。

 でもよっちーをからかって遊ぶ分にはいいでしょ。体押し付けた時のビクッてする反応がかわいいんだもん。あの必死に我慢してる顔とか超エモいし」

「それぐらいは許します。ですが手を出したらお仕置きしますから。ヨーコ先輩の方を」

「きゃー。こもりんこわーい」


 とかいう会話を聞いて戦慄した。いやまって!? 最近AYAMEのスキンシップがマシマシになったのそういう理由!? っていうかそれで洋子ボクがお仕置きされるの理不尽じゃない!? あと洋子ボクの評価酷くない!?


「バス停の君、ハーレムとか絶対無理な性格デスカラね」

「そういうスキャンダルがあると動画も映えるんスけどねー」


 しかも周りもその評価に同意してない?


「ボ、ボクだって人気が出たからいろいろモテモテになって浮気ぐらいする……かもよ?」


 そんなことを言うと、全員から可哀そうな人を見る目で見られた。無理すんなよ、的なため息。いろいろいたたまれないのでこの話題は深くツッコまないことにする。


 とまれ渋々会長の立場を承諾。毎日行っていたゾンビ狩りを週五回に減らし、二日は洋子ボクの持っているゲーム知識を書類にしたり、ハンターの訓練方法を書き出したりしていた。

 ……訓練方法は『こんなの無理』『人間ができることを書け』等ことごとく却下され、いろいろ希釈されてしまったのが少し不満だけど。


彷徨える死体ワンダリングに関しては……まあ、一足飛びにはいかないよね」


 洋子ボク彷徨える死体ワンダリングの一部が友好的で、だからいきなり学園生徒全員が彷徨える死体ワンダリングを受け入れられるかと言うとそうでもない。彷徨える死体ワンダリングに殺された生徒はいるし、その恨みを持つモノも当然いる。それをいきなりなかったことになんかできるはずがない。


「ま、バランスとっていくしかないか」


 AYAMEを始めとした洋子ボクに友好的な彷徨える死体ワンダリングは人間を襲わないことを約束してくれた。もともと『命令』されていた部分もあるので、人間に関する嫌悪は――


「よっちーを馬鹿にするのは許せんちん! ぶっころころ!」

「人を斬れないというのは些かストレスだな」

「人間なんてチョロイもんだぜ」


 ……まあ、個人的な性格もアレなんだけど。根本的に人類と相いれない彷徨える死体ワンダリングをどうにかするとなると、いろいろ苦労しそうである。

 ともあれ彷徨える死体ワンダリングの被害が減ることは学園生徒全体にとって有益なのは確かだ。長い目で見てもらうしかない。


「よーし、これで終わり! もう誤字とかないよね!?」

「残念ですけど、13個ほど誤字脱字が」

「あと、言い回しがかぶってるのがいくつかアルネ。日本語で言うところの、頭が頭痛で痛い感じデス」

「さすがに真正面から撃たれて銃弾回避は誰もができる事じゃない、って音子は思うです」


 慣れない事務作業の補佐は【バス停・オブ・ザ。デッド】のメンバーが行ってくれる。しかも添削が厳しいのなんの! 泣く泣く再提出して、また泣かされる日々だ。


「ヨーコ先輩は狩り以外は本当にアレですから……」

「アレって何さ!?」

「言っていいんですか? 『夜』の事とか」

「……言ワナクテイイデス」


 福子ちゃんにそういわれて、目を逸らす洋子ボク。『夜』は今のところ全戦全敗である。いろいろ攻勢に出ようとするんだけどすぐに逆転されてしまう。年下にいいように弄ばれて、プライドとか立場とか粉々にされて、いいとこなしだ。

 そしてそれがいいと思ってしまう洋子ボクも……いけないいけない。


「全く。ヨーコ先輩は私がいないとこういうことは何にもできないんですから」


 でもまあ、福子ちゃんが洋子ボクのことを呆れたり嫌うはずがないってことは洋子ボクも知ってる。なんでささやかな反撃ぐらいは許してほしい。


「うん。そうだね。だからこれからもずっとボクの傍にいてよね。福子ちゃん」

「………………先輩、ズルいです」


 顔を赤らめ、唇を尖らせる福子ちゃん。かわいい。


 とまあ、だいたいこんな毎日だ。

 太極図なんてなくても、世界は回るし人間は変わっていける。より良い方向かはわからないけど、分からないままに僕等は生きている。

 未来なんて全然わからないけど、道はまだまだ続いているから――

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