ボクがアイツに勝つ理由

「ぶっ潰す? 太極図の力を得て、疑似的だけど仙人の力を持つ私を相手に?」


 明確な戦意を込めた言葉。無手の小鳥遊は言って一歩踏み出し――気が付くと目の前にいた。会話ができる程度の距離ではあったが、敵対的な相手にとるほど近くもない距離。それをわずか一歩で踏み込んだのだ。

 技術――ではない。もっと別の何か。そんなアイテムか何か。そうでなければ時間を止めたとしか思えない。いくらなんでもそんな能力あるはずが――


「気を付けてください、ヨーコ先輩! あの人は時間を止めることができます!」

「できるの!? っていうか冷静に考えたら小鳥遊強くない!? なにこの動き!」


 福子ちゃんの言葉に反応しながら、小鳥遊の攻撃を捌く。武器を持たない攻撃だけど、拳を握っているわけではない。殴るというよりは洋子ボクの体に触れるような動き。やだなー、洋子ボクにセクハラしたいなんて。洋子ボクの体がきゃわわでたゆんたゆんだからって、そんなに興奮しなくても――


「あと触れた相手の『気』を乱す攻撃をしてきます! AYAMEが一撃で戦闘不能になりました!」

「予想はしていたけど一撃必殺デスタッチかよ!」


 触れるだけでゲームオーバーとかどんな仕様なのさ! まあくそげー世界なんだけどさ!


「大丈夫です。ヨーコ先輩なら勝てます」


 焦る洋子ボクの耳に、福子ちゃんの声が届く。


「私の先輩が、負けるはずがありませんから」

「トーゼンだよ! 何せボクは最高にプリティーでかっこいい福子ちゃんのりばーれなんだからね!」


 その一言で洋子ボクのやる気はマックスになる。能力上昇バフ全部乗せになった気分だ。


「殺しはしない。だが、一生地に這い苦しんでもらう。風邪頭痛腹痛腰痛関節痛神経痛吐気倦怠感生理痛下痢花粉症となって」

「いっそ殺してよ、そこまでするなら!」


 小鳥遊の攻撃をバス停でしのぎながら、ぞわっとした恐怖を感じる。そんな病気バステコンボ食らいたくないやい。

 言葉を言いきるより前に小鳥遊の姿が消える。洋子ボクには知覚できない、止まった時間の中で移動したのだ。

 洋子の視界から消えた小鳥遊は手を振りかざし、


「何!?」

「ドンピシャ! 予想通りだね!」


 洋子ボクの振るったバス停に大きく距離を開ける。消える直前の足の向き。その瞬間の洋子ボクの構え。そこから生まれる最善の攻撃位置。そこにバス停を振るったのだ。あてずっぽうだが、それなりに自信はあった。


「何故分かった? まさか太極図の知覚能力を引っ張り出して――」

「どうなんだろうね。確かめてみる?」


 挑発する洋子ボク。今のはうまく言ったけど、次はわからない。警戒されて予想の逆を突かれたらおしまいだ。ハッタリでけん制できるならそれに越したことはない。


「っていうか、時間停止した状態で触れれば終わりなのにそれをしないんだね。優しいってことじゃないなら、止まってる間は攻撃できないってことかな」

「……止まった時間の中では気も止まっている。この状態では流れを乱すことはできない」

「解説ありがとう。嘘がつけないっていうのは厄介だね。それも仙人の制約かな?」

「清く正しいこと。嘘偽りなく誠実であること。それを嘲るか?」

「まさか。自分らしく生きようとするのならそれは尊重するよ。ボクにはできないってだけで!」


 言いながらバス停を振るう。時間を止めながらそれを回避する小鳥遊だが、運動能力自体は少し経験を積んだハンター程度。戦闘経験もそれほど高くはなく、少しずつバス停で傷を負っていく。

 仙人。太極図。そのつもりがあれば洋子ボクを一瞬で葬り去れる小鳥遊。この場に隕石を落せばどうしようもない。物語に出てくる仙人の武器や不思議道具で洋子ボクを無力化することも難しくない。

 だけどこいつはそれができない。

 優しいとか遠慮しているわけではない。太極図と言う目的の根幹を壊そうとする洋子ボクは最大の敵だ。だけどそれを止めるために『殺す』という選択肢は小鳥遊は絶対にとれない。取ることができないのだ。


『道教は第一義に人を殺すな、とあるからな。人を斬れぬなど剣術の否定だ』


 なぜなら、殺人を犯せば仙人になれないからだ。小鳥遊の目的が仙人になることなら、人殺しはできない。洋子ボクを無力化し、閉じ込めて監視するしかない。

 仙人の不思議道具や武器を使うのも、おそらくはできない。先に洋子ボクを切った剣がそうだったんだろうけど、それでも洋子ボクは復活できた。おそらくあれが最大攻撃力を持つ仙人武器だったのだろう。それでどうにもできない洋子ボクを、それ以下の武器でどうにかできるとも思えないのだ。

 洋子ボクが逃げないように、閉じ込めて目の届くところで監視する。そうしなければ小鳥遊は安心できないのだ。


「うん。キミはすごいよ。目的のために一生懸命で。世界を自由にできるほどの力をもって」


 太極図の力も、洋子ボクが太極図を使えるかもしれないと勘違いしている間はうかつに使えない。小鳥遊からすれば、最優先で守りたいのは太極図。そのコントロールを奪われる可能性は、できるだけ排除したい。

 これが洋子ボク以外なら制圧は簡単だろう。名前を呼べば吸い込むひょうたんで閉じ込めたり、太極図で世界を操り周囲を石で固めたり。それで終わる。実際、洋子ボクもそれをされれば手も足も出ないだろう。

 だけどそれはできない。洋子ボクを恐れて、得体のしれない相手を恐れて。


(まあ、時間停止能力と触れるだけで超絶病気タッチも大概だけどさ!)


 常人なら、時間を止めて死角に回り、相手に触れるだけで終わる。

 だけどその行動ルーチンが分かっているのなら、先読みはできる。相手の思考がわかるなら、イメージができる。

 ゾンビを相手に、ハンターを相手に、何度も何度も何度もやってきたことだ。それで後れを取ることなんて、ない!


「キミの負けだよ、小鳥遊」

「……なんで……だ!」


 幾度目かのバス停の打撃で、小鳥遊が膝をつく。


「何で私が負ける……! 正しいのは私なのに……結局暴力で相手を抑え込むのが正しいのか……!」


 洋子ボクへの敗北を悟り、罵りの声をあげる小鳥遊。人類そのものを善くしようと仙人を目指し、そのために太極図を作る。その気になれば世界そのものを我が物にできた小鳥遊が望んだのは支配ではなく、世界全ての改革だった。

 だが、それは負けた。


「キミは暴力に負けるんじゃないよ」


 バス停を構え、口を開く。


「かわいいあの子とラブラブイチャイチャしたいっていう、ボクの愛に負けるのさ」


 その言葉が、小鳥遊にどう届いたか。それはわからない。


「――は」


 ただ小鳥遊は最後の力を振り絞って立ち上がり、まっすぐに洋子ボクに迫ってくる。時間停止も何もない。ただの突撃。

 皮肉なことに、その動きが一番厄介だった。時間停止なんて小細工なしで、ただまっすぐに洋子ボクを倒そうというその動きが。

 それでも――洋子ボクには届かない。


 バス停が振るわれる。


 仙人。太極図。全人類の救い。

 洋子ボクのバス停は、小鳥遊が描くその願いと未来そのものを打ち砕いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る