ボクが戦う理由はとてもくだらないけれど

「そもそもですね。ヨーコ先輩は様式美とかかっこいいとかそういうのを学ぶ必要があります」

「はい」

「さっそうと現れて、かっこいいセリフを言うだけで決まるんなんです。なのに悲鳴と共に現れてしかも着地失敗とか、どういう現れ方なんですか」

「いやあの」

「言い訳は聞きません」

「はい」


 福子ちゃんに説教されながら起き上がる洋子ボク。まあ、その、確かにその通りなんですけど、洋子ボクにも洋子ボクの事情が……事情……斬られたと思ったら……何があったんだっけ? なんか目の前が真っ白になっていきなり空中に頬りだされたような?


「なんか重要な選択をしたような気がするけど……覚えてないってことは大したことないってことだよね」


 うんうんと頷いて装備を確認する。なんか斬られたはずのバス停とか、肉体とか、まるでなかったかのように復活している。よくわからないけど、斬られた影響はないようだ。


「あり得ない」


 そんな洋子ボクを見て、小鳥遊はつぶやいた。信じられないものを見る表情で。


「君は破山剣で斬られたはずだ。存在も、因果も、意味さえも斬った。別時間軸からの平行移動もできない。太極図を使ったとしてもこの時間軸への存在は不可能なのに。

 破山剣で斬れないものなど、この世界にはない。なのになぜ戻ってこれた犬塚洋子!」


 ――後に福子ちゃんに聞いたんだけど『この世界の存在じゃない洋子ボクは切っても意味がない』そうだ。なんだよそのオチ。

 となると、再召喚された理由は『回線が切れたから再ログインできた』って所かな。洋子ボクがこの世界をゲーム世界だと認識している以上、そういうこともできるんだろう。

 もっとも、洋子ボクを強制ログアウトさせる存在なんてそうそうないだろうけどね。洋子ボク自身のステータスにも、ログアウトコマンドがないんだから。

 まあ、そんなことに気づくのはもう少し後の話で。


「そりゃボクが知りたいね。でもまあ、そんなことはどうでもいいんじゃない?」


 そうだ。そんなことはどうでもいい。言って洋子ボクはバス停を構える。


「何がどうなってこういう状況なのかは理解できないけど、太極図をぶっ壊させてもらうよ。とりあえずはキミを殴って無力化してからだね」

「……ぶっ壊す……? 何故だ!? 何故太極図を壊そうとする!? あれは世界そのもので、世界そのものを意のままにできる存在だ。

 自分の為に利用したいとかではなく、壊したいだと!? どういうことだ!」


 動揺する小鳥遊。どうやら洋子ボクが何を目的にしているか。それをまるっきり理解していなかったようだ。


「そもそも全人類を仙人にすることの何が気に入らないんだ!

 人間は成長して進化するものだ。それを促すために太極図を使うという私のやり方は正しいはず。進化の方向性が気に入らないのか? 仙人以外に進むべき進化の道があるとでもいうのか!」

「だって仙人とかよくわかんないし」

「理解できないとしても、人類の階梯をあげることに間違いはないはずだ!」


 階梯。この場合の意味は、人間そのもののレベルとかそういう意味かな。どちらにせよ、理解できない範囲だ。


「いやま。言いたいことはわかるよ。キミは人間をより良いほうに進化させようとしているっていうのは。人間て酷いもんね。不老不死を得るためにえげつない実験したり、島中をゾンビだらけにしてガスとかいろんな兵器作ったり。

 学園にしたって銃の訓練、動物の遺伝子埋め込み、超能力開発、宗教による神秘開発。ホント、酷いよね。こんな人間滅ぼしたい、じゃなくてこうすればもっと良くなるって導こうとするのは聖人君子だと思うよ」


 小鳥遊は純粋に人間を良い方向に導こうとしている。人間に絶望しながら、しかし見捨てることなく。仙人と言うのは理解できない概念だけど、大洪水を起こして人類皆リセットなやり直しとかしないだけ優しい。


「なら――」

「でもヤダ。そんな力欲しくないし、ボクはいまのボクが最高にかわいくてセクシーで超強い無敵のバス停使いなんだ。仙人とかになんなくても、ボクはボクだからいいんだよ。

 そんでそんなボクを好いてくれる人や慕ってくれる人を勝手に改造されるとか、真っ平御免なんだよ。全人類仙人計画? 人類の階梯を引き上げる? そんな大それたことでボクの生活を壊されるのは御免なんだよ!」


 びしっ、と言ってやる。

 仙人になったら全ステータスがカンストするとか、よくわかんないスキルが増えるとか、UR級を超えるアイテムがもらえたりとかするかもしれない。っていうか、おそらくそういうことなんだろう。

 でもそんなチートで楽するよりも、洋子ボクはバス停もってウンウンうなりながら攻略を考えるほうが楽しいし、そのほうが達成感が高いんだ。

 洋子ボク洋子ボクだからいいのだ。余計な真似はしないでほしい。


「だから太極図をぶっ壊す。

 犬塚洋子とその周りの人たちが、この死に塗れたゾンビ世界でバカみたいに騒げるように」


 この世界に転生して、最初に思ったことはこの世界を遊びつくそうということだ。

 そこからハンターランクやら福子ちゃんやら彷徨える死体ワンダリングやら不死研究者やら太極図やらといろいろあったけど、やっぱり根底の望みはこの世界を楽しみたいんだ。

 ここで出会ったすべての人と共に。


「我儘だな。世界を担おうとする私と比べれば、軽い理由だ」

「まあね。軽いのは認めるよ。世界なんて背負うつもりはない。むしろ世界の方こそボクを褒めたたえて持ち上げてほしいぐらいさ」

「そんな軽い理由で、世界を変える私の願いに勝てると思うのか?」

「勝てるさ」


 小鳥遊の問いに、迷うことなく洋子ボクは答える。


「確かにそっちの願いのほうが救える人間は多いんだろうし、きっとそのほうがよりよい未来になるんだろうね。あるいは力を得た仙人? それが戦い始めてもっと世界は酷くなるかもしれないけど、まあそれはどうでもいいや。

 救える人数とか、願いが重い軽いとか、そんなことで勝敗は変わらないよ」

「つまらない。所詮は力か。私の正しさを理解できず、自分の欲を満たすために蛮行を働くなんて――」

「つまらなくないよ。

 同じ一人の人間の同じ一つの想いさ。それに上下なんてない。貴賤なんてない。善悪はあるかもしれないけど、つまらなくなんかないんだ」


 どんなに情けない人間でも、どんなにつまらない人間でも、どんなにいい加減な人間でも、同じ一人の人間だ。その人間の想いに、差なんてない。

 万人にはつまらない願いでも、後世につまらないと評されても、いい加減でアバウトで大雑把でも。


「つまらなくなんてない。ボクの願いも、福子ちゃんの願いも、ミッチーさんの願いも、音子ちゃんの願いも、ファンたんの願いも、AYAMEや八千代さんやカオススライムやナナホシやパンツァーゴーストの願いも。

 みんな等しく、一人の人間の想いなんだ。差なんてない」


 高尚な願いだから、それに従わないといけないなんてことはない。相手の方が正しいから、自分の思いを引っ込めないといけないなんてことはない。

 あるのは想いの方向性。それが相対するならぶつかればいい。正しかったり、悪かったり、重かったり、軽かったり。そういう違いはあるだろうけど。

 その想いを尊重して、わがままに主張しよう。妥協したり受け入れたり引っ込めたり。でも主張せずにひっこめたりはしない。相手の想いに遠慮なんてしない。


「それを押し通すために、ボクはバス停を振るうんだ」


 大好きな皆と、この世界を生きたい。

 そんな個人的な願いを押し通すために、世界を良くしようとする願いをぶっ潰すんだ。

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