『    』が選ぶ道

 スマホのアラームで目が覚める。


 夢を見ていた気がする。ゲームの世界で戦っていたような、そんな夢を。

 自分が女になって、昔ハマっていたゲームで暴れる話。なんでか知らないけど、バス停片手に戦ってた。

 寝巻から着替えて出社の準備をするにつれて、そんな夢の事は記憶から消えていく。家から出るころには脳内は今日もスケジュールの事で一杯になる。

 どこにでもいる会社員。安定した生活。安定した収入。少し仕事はきついし人間関係もいろいろ問題はあるが、それでも休日には趣味に明け暮れてリフレッシュできる。

 そんな日常。そんな平和。

 ゾンビなんていない。世界を救う話なんてない。太極図なんて夢物語。そんなことよりも書類と仕事量が大変だ。予定通りになんか行かず、あれやこれやと忙しくなる。

 そんな、疲れる日々。だけど、それに満足する日々。


「そういえば、<RNS>三周年イベントが始まるんだっけか。石貯めとかないとな」


 仕事終わって電車に揺られ、思うことは今は待ってるゲームの話。三周年イベントに発表されるのは何だろうとネットの話題をSNSで見ながら帰路につく。すでに終わったゲームのことなど頭になく、新しいイベントに目をつける。

 それは当然の話だ。誰だって新しい刺激が欲しい。そして探せばそれはたくさん見つかる。古いものにノスタルジーを感じることはあるが、その程度だ。


「コラボとかするのかね? やっぱり今はやりのあのアニメか」


 適当な予想を思いながら家への道を進む。

 駅を降りて少し行ったところにある喫茶店。そこに立っているバス停を見た。もう使われていないバス停。電光掲示板とかそう言った者のない、レトロな標識。


「あ」


 それを見て、昔作ったキャラを思い出す。ゾンビが徘徊する島で戦う学生の話。半年で終わったTPS。サービス終了間際にネタで作ったキャラだ。確か名前は――


「何だっけ? まあいいや」


 適当につけた名前。確かアバターの格好が犬キャラっぽいとかそんな理由でつけた名前。犬……犬……ああ、そうそう。犬塚。下の名前はそん時好きだったアニメキャラから引っ張ってきて。


「犬塚、洋子。そうそうそんな名前――」


 名前を口にした瞬間に、視界が白く染まる。

 あれ、めまい? なんか疲れてるのかな? そんな感覚に包まれた瞬間――思い出す。


「……あ、そうだ。ボクは」


 僕は/洋子ボクは。

『Academy of the Dead』にゲーム転生して。

 仲間と一緒に戦って。仲間を奪われて。

 好きな人ができて。好きな人を奪われて。 

 そして取り返して。そして――真っ二つにされたんだ。


「あ……そっか。ボクは斬られて死んだんだ。じゃあ今のは死ぬ前の走馬灯みたいなもの?」

「それとも死後の世界かな。天国に行けるようなことはしてないけど、地獄はヤだなぁ」

「っていうか、本当に何もなくて真っ白なんですけど! もしかしてそういう地獄なの? 何もない世界で気を狂わせるとかそういう類の」


 周りには何もなかった。ただ真っ白な空間。上下左右もない。足場もない。自分以外なにもない場所。


<あなたには、選ぶ権利があります>


 声――なのかどうかはわからないけど、そんなイメージが脳内に直接響く。


<犬塚洋子としての記憶を失い、貴方が元居た世界に戻って生活する道。

『    』としての記憶を失い、犬塚洋子がいる世界に戻って生活する道。

 どちらを選んでも構いません。ですが選ばれなかった世界の事は忘れてもらいます>


 誰の声で、どういう原理で脳に響いて、そんな疑問は不思議なことに浮かばなかった。ただ、それが嘘を言っていないことは理解できた。どちらかを選べば、どちらかが消える。


 楽しく安定した生活と。ゾンビと戦う生活と。

 どちらを選ぶかなんて言うまでもない。


「――こっちを、選ぶよ」


 犬塚洋子としての道を。

『    』の生活を捨てるのは惜しいけど、それでも捨てられないものがあるから。


<理解不能。その世界は滅びが見えている。世界の管理者はなく、死が萬栄する世界。唯一の可能性である太極図による人類アップデート計画も現状では不十分と言わざるをえない。

 それをあなたは理解しているはずなのに>


 管理者……うん、確かにサ終したゲーム世界だ。管理者なんていないだろう。そういう問題じゃないかもしれないけど、あの世界がどうしようもないぐらいにつらくきびしい事なんて、それこそ嫌になるぐらいに知っている。PC越しになんどブチ切れそうになったことか。


 それに小鳥遊の太極図だって、洋子ボク以上に行き当たりばったりだ。大海に船出するのに精度の高い六分儀とコンパスを持ってるだけに過ぎない。船員とも言うべき仙人は船を出してから育てるとか、酷い話だよ。


「まあね。難易度最悪の世紀末ゲーム。噛めば噛むほど毒が強くて吐き出しそうな、良い所なんて何もないマゾクソ世界で運営もそれが味だとばかりに調子に乗ってさらに鬼畜ゲーになって、挙句に逃亡したっていう最低最悪な世界だけどさ。

 それでも、そこに抱きしめたい人がいるんだ」


 瞳を閉じれば、思い浮かぶ幾多の人たち。

 ファンたん。

 八千代さん。

 AYAME。

 音子ちゃん。

 ミッチーさん。

 ……そして、福子ちゃん。


「だから、ボクはそっちを選ぶ。現実世界とか元の世界に不満があるわけじゃないけど、選ぶならこっちだ」


 だからさようなら『    』。


<了解した。今、ここに道は選ばれました>

「どうでもいいけどさ。キミは神様とかそういう者なの? 死後の世界を管理する女神様とか、そういうラノベ的存在? ボクをあの世界に送り込んだのももしかしてキミのせい?」

<その情報はあなたの『魂』には開示されていません>


 うわ、なんか深くツッコむと消滅させられそうな流れだ。これ以上は黙っていよっと。


<では、善き人生を>


 言って声は一礼するように洋子ボクを励まし……そのまま白の空間に取り残された。


「え? 自動的に世界に送ってくれるとかそういうのはないの!? ちょっとどうすればいいのさこれ!」

<貴方とその世界への経路パスはその世界にある破山剣で斬られました。自力で移動してください。拒絶はされていないので到達は可能です>

「移動ってどうやってするのさ! っていうかどっちに向かえばいいんだよこらー!」

<知りません。ご武運を>


 それ以降、声は聞こえてこなくなった。うわなにこの投げっぱなし!? ここは光で導くとかそういうかっこいい演出と化してくれてもいいんじゃない!


 えー、待って。マジ待って。本当に放置された? このまま真っ白な空間にずっといるわけ?


「……もしかして?」


 ひとしきり騒いだ後に、洋子ボクはあることに気づく。

『AoD』はゲーム世界。だから、ログインしないといけないんじゃない、とかそんなバカげたことを。


「いやいやいや。いくら何でも」


『AoD』のログイン画面を思い出す。うろ覚えの記憶だけど、なんとなく思い出せた。そしてそこからログインするようなイメージを浮かべ――


「あ、これは――」


 吸い込まれるような感覚。そのまま意識が薄れ、そして――


「ここドコうわあああああああああああ!?」


 いきなり重力を感じ、引っ張られる。眼下に広がるのは草原。そして見知った二人と、地面に倒れてる知り合い。状況全くわかんないんですけどブギャ!


 そして地面に叩きつけられる洋子ボク。小鳥遊と福子ちゃんは落ちてきた洋子ボクを見て、沈黙していた。

 小鳥遊は信じられないという目で。福子ちゃんは、


「……その、ヨーコ先輩? ここはかっこよく現れるシーンだと思うんですよ。高い所からの登場とか確かに定番ですけど、なんていうか……はい、ヨーコ先輩ですし、いいです」

「なんでそんな残念な目で見られなくちゃいけないの!?」


『せっかくやってきた王子様なのに、どうして情けないんですか……リテイクを希望します』的な微妙な表情で迎えられた。

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