小守福子の最高の先輩は
「これは日本のことわざで言うところの――」
美鶴は全身の疲れを吐き出すように大きく息を吐く。
「やったか!? デスネ」
「倒してますから。ヤなフラグ立てないでください」
完全に動かなくなった
「いえーい! こもりんいえーいー!」
「……いえーい」
陽キャのAYAMEがハイタッチを要求し、どちらかと言えば陰キャよりの福子は低いテンションでそれを受け入れた。正直、AYAME自体はなんだかんだで嫌いにはなれない。洋子の件がなければそれなりに仲良くなれそうな感じはあった。
「クロネコの君にナナホシの毒縫ったダガーで斬ってもらうとか、ドウヨ? あるいは忍び足で気づかれずに近づいて、ゾンビの脳に直接ナナホシの子供植え付けるトカ」
「カオススライムさんの空間歪曲は逃亡に役立ちそうっすね。ランダムだけど、だからこそ使えるっす。分身とかたくさん作って、ありえないニュースでっち上げるとか楽しそうっす」
「ロートンさんとパンツァーゴーストさんが手を組んだら、機械を使ってかなりの毒が撒けそうですよ。ドローンで毒を撒くとか、あるいは単純にガスタンクの改造とか」
「恐ろしきは人間の叡智、だな。協力し合わない
ほかの
「全くだ。欲を捨てて協力し合えば、より良い世界が作れる。どうしてそれが分からないのか」
声は、いきなり聞こえた。
六学園のどの制服にもない白色の学生服。静かだけど力強い男性の声。優しいセリフなのに、分からないものを断罪するような見下したイントネーション。
「久しぶりだね、キミたち。
小鳥遊京谷。ハンター委員会の会長。学園を山に飲み込み、カミラを仙女とした存在。そして――
「犬塚君は……残念だけどこの世界との楔を切らせてもらった。破山剣を一個人に使うなんて大仰だったが、太極図を守るためだ。仕方ない犠牲だと諦めるよ」
犬塚洋子をこの世界から消した存在。
太極図。この世界そのものともいえる何か。完成すれば世界の始まりから終わりまで。その全てを遊戯版のように支配できるそのという。それを守るために犬塚洋子を消したのだ。
「よっちーの仇――!」
「ああ、ごめんね。君たちには用はないんだ。寝ていてくれないか?」
激昂して飛び出そうとするAYAME。無言で斬りかかろうとする八千代。二人は小鳥遊の言葉に従うように、地面に倒れた。
二人だけではない。美鶴も音子もファンたんも、その言葉と同時に地面に崩れ落ちた。福子は倒れる仲間達を見て、何が起きたかわからないという顔をした。
「……え?」
「死んではいないよ。殺生は禁じられている。それに彼女たちも新たな仙人となる可能性があるからね」
小鳥遊の言うように、規則正しい呼吸はしている。福子はそれを確認して呼吸を整える。彼の言葉通りになった。それはつまり――
「貴方が命令するように、世界を動かせる。それが太極図の能力なんですね」
「そこまで万能でもないが、一個人の状態なら容易いことだ。正確には、一個人の状態を操作するぐらいなら歴史に大きな影響を与えない。
彼らを生まれる前から抹殺することもできるけど、そうなれば太極図は今この手になかった可能性がある。無理な世界改革はどこかでゆがみが出るんだよ。そこの女みたいに」
小鳥遊は言って倒れているカミラを見る。一瞥。言葉通り一度だけ見て、それで興味をなくしたとばかりに福子に視線を戻す。
「無理に肉体能力などの引き上げをして仙女の力を与えても、精神がそれについていかない。貴方の指摘通り、ただ暴れる獣となった。仙人とは程遠い存在だ。それではこちらの目的は達成できない。
全人類を仙人にして、世界の精度を引きあげる。それにはやはり地道な修行が必要なようだ。どう思うかな、小守君」
「ええ、彼女は我欲に溺れた
仙人として隠居したかったら好きにしてください。ですが、ヨーコ先輩の仇は撃たせてもらいます」
そのためにここに来たのだ、とばかりに福子は戦いの構えを取る。
そんな福子に、ため息をつく小鳥遊。
「その執着がなければ君も仙人になれたかもしれないのにな。五行の岩に300年ほど封じ込めれば、毒も抜けるかな」
「神様気取りのあなたなんかに、従うつもりはありません」
「困ったな。仙人になれそうな人間は少ないんだ。せっかく太極図が奪われることはなくなったのに、今度は人材が不足するとは。うまくいかないものだね」
「お得意の太極図で洗脳でもすればいいじゃないですか。あるいはそれが可能な人間でも作って。私はお断りですけど」
太極図が万能なら、自分の思うように世界を作り替えればいい。人間も人材も思うままだ。
「そうもいかない。太極図は世界そのもの。変化も世界の流れに手を加えるモノだ。この世界に存在する流れに手を加え、思うままにするに過ぎない。何かを作るには、過去に干渉して『そこにそれがあってもおかしくない』流れを作る必要がある。
洗脳に関しても『キミが私に従順になる』可能性を作る必要がある。それを行えば犬塚洋子の行動にも影響し、太極図が完成しない可能性がある」
「……つまり『ありえない可能性』は作れない?」
「正確には、それをすることで生じるズレが、太極図に影響する可能性があるだけだけどね」
つまり小鳥遊は太極図を失わない範囲でしか世界の書き換えを行えない。行いたくないのだ。太極図を失うわけにはいかないから。
だからと言って福子に打開策があるわけでもない。言葉一つで拘束されることには変わりはない。今動けるのは『説得』されているからに過ぎない。ノーと言い続ければ、小鳥遊の思うままに――それこそ300年も生きたまま岩に閉じ込められるのだ。洋子の事を忘れるまで。
「諦めたほうがいいよ。太極図に逆らうのはこの世界に生きる存在には不可能だ。大人しく言うことを聞いたほうが身のためだと思うけどね」
小鳥遊は福子に諦めるように言葉を重ねる。それは事実だ。王手がかかっていることを、かみ砕いて説明しているに過ぎない。
「……この世界に生きる、存在……?
例えばそれは、この世界じゃない場所で生きていた存在が、ひょっこり迷い込んだとしたらどうなるんです?」
「なんだい、それは? そんな存在がいたとしたら、太極図では操作できないだろうね。太極図が支配できるのは、あくまで世界の流れだ。そんな珍妙な存在は触れることすらできないだろうよ」
「例えば、そんな珍妙な存在が何らかの手段でこの世界の因果を切られたとして。
それでもそんな因果は元から存在しないから」
福子は笑いそうだった。
「存在しない因果を切られてしまった人は、仮に消えてしまったとしても、やっぱりこの世界に現れるんでしょうね」
「さっきから何をおかしなことを。確かに存在しない因果を切られても、何の影響もないだろうね。ないものはないんだから」
「ふ……ふふ、あははははははは!」
福子は笑っていた。
大笑いしていた。あまりの事に脱力して、座り込んでいた。
「何を笑っているんだい? と言うか、仇はいいのかな?」
「ええ、ええ。仇はもういいです。だってこんなに間抜けな話がありますか。
小鳥遊会長。貴方は完璧です。世界を掌握する太極図を手に入れ、それを破壊する可能性があるヨーコ先輩を因果を断つことで退去させた。危険を排除するために、最大の武器で事を排した。ええ、完璧です」
犬塚洋子が太極図に干渉できる『かも知れない』と危機感を抱き、この世界にかかわれないように因果を断った。因果を絶たれれば、この世界にはいられないのだから。
だけどそれは、この世界にいる存在に当てはまるルール。
犬塚洋子は異世界からの転生者。この世界とは異なる存在。この世界への因果などなく、ただ破山剣で斬られて
「ですけど、覚えておいたほうがいいですよ」
例え真っ二つになろうが消えようが、可能性があるならあの人はやってくる。
「馬鹿でお調子者な人間は、突拍子もないことをしでかすものなんです。
ヨーコ先輩は、ピンチに駆けつけに来る私の最高の先輩なんです!」
言葉と同時に――
「だああああああああ!」
福子の近くに、犬塚洋子が落下した。
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