立ち上がる猛者共

「ここまでっすね」


 スマホでとった動画を皆に見せるファンたん。その後で共有ファイルに落として、全員で見れるようにする。


「なにここ。撮り損ねてない?」

「なぁ!? ファンたんの撮影ミスってたっすか!?」


 AYAMEはけげんな表情で動画に文句を言う。そしてそれはAYAME以外の人間も同じ感想だった。


「デスネー。ここだけ金髪仙人の動きが飛んでマス。いきなり向きが変わったり、攻撃に転じてたり」

「はい。現れたり消えたりもそうですけど、挙動する部分がないです。いきなりどころか、次の瞬間には殴ったり移動したりで」

「AHAHAHA。日本のことわざで言うところの『時間停止』されたみたいデスネ」


 美鶴の冗談めいた言葉に、沈痛な表情を浮かべる一同。特に実際に斬りかかろうとした八千代や、AYAMEは落胆が大きい。


「かもねー。異常だったもんあの動き」

「予備動作なしで構えられたからな。破山剣に力はなかったとはいえ、あのまま斬りかかれば私もやられていたかもしれぬ」

「わーい。撮影ミスじゃなかったっす。いや、問題はもっと深刻なんすけど」


 時間停止。使用者以外の時間の流れを止め、その中で自在に動ける能力だ。物理的には時間を止めれれば光も原子の動きも止まるため、真っ暗闇で何も感じることはできないのだが、そんな状況でも動けるのが時間停止能力だ。


「止めていられる時間はそれほど長くはない感じっすね。戦闘中とかだとコンマ5秒程度。まあいきなり表れたり消えたりしてるから、緊迫してなかったらもう少し長いかもしれないっすけど」

「だろうな。犬塚殿を斬る瞬間は私たちも感知できた。推測だが、他人に攻撃などの影響を与える際は時間を動かさなくてはいけないという制約があるのだろう」

「マア、時間止まってるってことは物質の現象も止まってるわけデスからね。止めてる間は他人に干渉できないっていうのはアリアリ?

 どっちかっていうと、問題は素の強さデスネ」


 時間停止の検証をするファンたんと八千代と美鶴。推測交じりだが、脅威はそちらではないというのは全員の共通見解だ。そのまま視線はAYAMEに向く。


「綾女殿、傷の具合はどうだ?」

「おながぐるぐるきゅーだけど、動けるよ。一時間ぐらいしたら元通りになるかも」

「確認ですけど、あの時AYAMEおねーさんは本気で殴ったんですよね? 洋子おねーさんを切られた怒りに任せて」

「モチのロン! なのにパシッて受け止められて、超ショック!」


 音子の問いかけに、地団駄を踏むAYAME。その強さもダメージの具合があってかか細いものだ。

 本気で殴り掛かったAYAMEの攻撃を種も仕掛けもトリックも特殊能力もなしで受け止め、そしてオウカウィルスで首を切られても生きている彼女に今なお持続するほどのダメージを与えたのだ。

 AYAMEと相対したことがある美鶴や音子からすれば、ありえない現象である。純粋な身体能力と戦闘能力でAYAMEを凌駕する存在――仙人。


「真正面から戦ったらマジ勝てねー。日本のことわざで言うところの、負けイベントデスネ」

「不意を突いても時間を止めて対応され、真正面から攻めても実力で止められるとかどうしようもないっすね」

「仙人――女性だから仙女ですね。修行の末に至る道教の体現者。ほかの宗教で言うところの神的な存在です。言葉通り、雲の上の存在」


 音子は言ってそびえたつ山を見上げる。雲の上、とは比喩的表現だがこの場合は物理的な意味もあった。はるか格上の存在。それを見せつけられたのだ。

 それを見て感じ取り、ハンターと彷徨える死体ワンダリングは委縮――


「仙人――だから何だって言うんですか」


 小守福子は、涙を拭きながらはっきりと言葉を放つ。


「勝てそうにないとか、相手が強すぎるとか。そんなのいつもの事じゃないですか。ヨーコ先輩の無茶ぶりとか破天荒スケジュールとか、そういうので慣れっこです。

 ヨーコ先輩がいないから勝てないとか言っていたら、草葉の陰で笑われます。ええ、きっとこういうでしょうね。『ボクのきゃわわでカッコイイバス停がないとダメダメとか、みんな本当にどうしようもないなー』って」


 足は震え、気を抜けば泣きそうなメンタル状態で、それを隠すこともできない福子だけど。

 それでもみんなを奮い立たせようと虚勢を張った。ここで折れてしまったらもう二度と走れない自分を自覚し、ここで俯いたら二度と犬塚洋子に顔見せできないと自分を鼓舞して。


 その心意気を受けたか、あるいは初めから答えは決まっていたのか。


「あー、よっちーならそういうわね。ちょいムカつく」

「確かにな。むしろ犬塚殿なら嬉々として仙人に挑みかねん」

「デスネー。あのバトルマニア、なんだかんだでジコチューですシ。ところで。仙人て毒とか効くデスカネ?」

「洋子おねーさんなら、確かに。音子達のため息に気づいているのに、突き進むでしょうね。あ、仙人は伝承だと火中に飛び込んでも平気と聞きます。水中でも平気とか」

「仙人境に行ってみた! ……タイトルとしては微妙っすねー。ま、バス停が絡むならどうにかなるっす」


 その言葉に発破をかけられたように、ポジティブに声を出す。


「はい。あの人みたいに出たとこ勝負で行きましょう。ええ、どうにかなりますとも! 打倒仙人です!」


 カラ元気だけど目的を見つけた福子は言って山を指さす。洋子の仇。恨みとか復讐もあるけど、今は立つ理由が欲しかった。あの人ならきっとこうしていたという、その思いに従って。


「……とはいえ、具体的にあの山を登る手段がないのですけど」

「いきなりつまずいたネ」

「そんなところまで洋子おねーさんを真似なくてもいいと音子は思います」


 東京スカイツリー大体二本分の切り取ったような高さの山。世界最高の建築物であるドバイのバージ・カリファでも約800m。人類の領域を超えた高さの崖を前に。普通の人間ができることなどただ見上げるぐらいだ。

 福子の浮遊ブーツでも、さすがに無理な高さである。


「移動に関しては策がある。――ナナホシの手を借りれそうだ。あとカオススライムも来るらしい」


 スマホをいじりながら八千代が口を開く。テントウムシの姿をした彷徨える死体ワンダリング。飛行能力を持ち、多くの『子』を支配できる。ゾンビの脳に寄生して猛毒をまき散らす爆弾にする戦法を取るが――


「……ヤっすからね。いきなり脳みそ喰われるとか」

「安心しろ。そういうことはしないように伝えてある」

「あー。ナナホシに掴んで飛んでもらうって事デスヨネ。その方法だと一つ問題がアリマス。虫嫌いなコウモリの君が、すげー嫌がってるデス」

「だ、だ、だ、大丈夫………! ヨーコ先輩の仇を討つため、なら……!」


 美鶴は生まれたての小鹿のようにぷるぷる震える福子を指さし、肩をすくめる。本人は大丈夫だと豪語するが、実際にナナホシに触れられたらどうなるかは火を見るより明らかだ。


「もー、しょうがないわね。こもりんはあやめちゃんが抱えてあげるわ」


 そんな様子を見かねたAYAMEが、ため息とともにそう言った。


「超ダッシュで跳ぶから、すんごいGかかるけど我慢してね」

「普通に死にそうなんですけど!?」

「虫に抱えられるのとどっちがいい?」

「…………よろしくお願いします」


 不承不承、承諾する福子。


「こもりんじゃなきゃこんなことしないんだからね。感謝してよ」

「ええ。私も貴方じゃなきゃ断って諦めてました」


 同じ人を好きになった縁。奇妙な縁だが、それが福子とAYAMEを繋いでいた。


 そしてハンター達と彷徨える死体ワンダリングは山の頂上に向かう。

 打倒仙人。犬塚洋子のかたき討ちのために。


 勝ち筋は――見えない。

  

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