消えた犬塚洋子 そして破山剣と仙人
今あったことをありのまま話そう。
突然現れた金髪女性が剣を振るったと思うと、犬塚洋子がバス停ごと両断された。
何を言っているのかさっぱりだが、見ているほうもわけがわからなかった。
「――――あ」
小守福子が口を開くよりも早く、円城寺八千代は抜刀してその女――カミラ=オイレンシュピーゲルに斬りかかる。犬塚洋子に振るった剣を構えなおすには間に合わないタイミング。八千代の実力なら確実に斬れただろう踏み込み。だというのに、
「っ!? 馬、鹿な」
「驚いた。気づかれるなんて。相当の場数を踏んでるのね」
虫の知らせか、あるいは『ツカハラ』の経験則か。八千代は大きく後ろに下がっていた。あと一歩踏み込んでいたら、あの剣で斬られていた。そんなイメージが脳をよぎったのだ。事実、カミラは剣を構えなおしている。
「よっちー」
呼吸すら止まった。そんな状態の中必死に声を絞り出すAYAME。なにこれわけわかんない。やだまってよ。なんなのこれ。おかしいよ。さっきまでよっちはいたのに。こもりんとイチャイチャして、だらだらしながらそれでもどうにかしようとしてたんだよ。なんでいきなり?
「ヨーコ先輩!」
叫ぶ福子。相手がカミラであるということなど今の彼女からすればどうでもいい事だ。カミラは死んだ。あれは小鳥遊が操る偽物だ。その怒りよりも先に、斬られた洋子のことで頭がいっぱいだった。斬られた洋子は力を失い地面に落ち――
「……消えた?」
落ちるより先に、消え去った。文字通り、体がなくなったのだ。燃えたとか原子分解したとかそういう物理現象ではない。文字通り、消失したのだ。遺体も遺髪も遺物もない。持っていた物ごと、消え去ったのだ。
「ふふふ。如何に『太極図』干渉できる存在とはいえ、太極図とは無関係の攻撃ではどうしようもないみたいね」
「よっちーをどうしたのよ、この操り人形!」
言って飛び出すAYAME。その脚力をフルに使って弾丸のように飛び出す。音速を超えたかと思わせる激しい音が響き、カミラに殴りかかる。カミラは持っていた剣を鞘に納め、徒手空拳でAYAMEに相対する。
「う、そ……!」
拳を止められた。
その事実にAYAMEは驚愕する。過去に犬塚洋子と戦ったときに攻撃を受け流されたことはある。でもそれは殺さないように手加減していたこともあるし、『命令』時に本気だった場合でも、力を逸らすという技術面での防御だ。
なのに今のカミラは、まるでボールを受け止めるように真正面からAYAMEの攻撃を掌で受け止めていた。殺すつもりで放った一撃を、だ。手加減なし。怒りに任せたフルパワー。建物さえも壊すほどのパワーなのに。
「たいした力ですが、あくまで人間の領域」
円を描くようなカミラの動き。そして手のひらをAYAMEの胸に当て、一歩踏み込んだ。
「はっ……っがあああああ……!」
それだけでAYAMEは吹き飛び、地面に転がった。腹部を押さえ、苦しそうに地面を転がるAYAME。
「内臓の気を乱しました。高い再生能力がアダとなりましたね」
なんだこれは。
ここにいる人間は皆、目の前の現象に驚きを隠せなかった。誰もあまりの展開にこれが夢だと思いたかった。
「ああああああああああ!」
特に小守福子の錯乱は顕著だ。さっきまで自分を抱きしめてくれた人はいない。不可思議な現象で目の前から遺体すらなく消えてしまったのだ。嘘と思わないと自分が保てない。いつもの冗談で、きっとひょっこり顔を出してくれるに違いないと――
「犬塚洋子は消えました。この世界から。魂ごと消し去りました。
この
カミラは鞘に収まった剣の柄を手にして、そう言い放つ。
「はざんけん……?」
「生涯に一度しか振るえないが、一度振るえば山すら壊すことができる伝説の剣だ。この場合の『山』は地形的な山岳と言うこともあるが、信仰的には世界の境界を意味する。それを一個人に向けて放つとはな」
刀を構えながら八千代が答える。
「御明察。この場合は犬塚洋子とこの世界の因果を絶ったという意味。時間軸も含めて『今ここに犬塚洋子がいる可能性』のすべてを切ったわ。
仮に太極図を回したとしても、この場この時間軸に存在した瞬間に破山剣に切り裂かれる。斬ったという事実は時間を操作しても消えないわ」
「因果――事の原因から結果までを切ったというデスカ。だとしたら、太極図の方にも影響でるデスヨネ? 何せバス停の君がいない原因全てがなくなる以上は、この島にバス停の君が来なかった可能性もあるデスから」
因果とは、すべての事象は何らかの原因があって、結果があるということだ。太極図という結果は、小鳥遊があの時点で犬塚洋子を捕らえたという原因から発生した。その原因が焼失したのなら、当然太極図という結果は生まれないはずだ。
「そのためのあの山。あの上は仙界。この世界と隔絶された因果が生じている。下界の乱れはあの山の上には影響しないようになっているわ」
カミラは、言ってそびえたつ崖を見る。
「仙界――仙人が住むと言われる世界ですね。この世との関わりを断った仙人がそこにいると言われていますけど」
音子は授業で習ったことを思い出す。神学に趣を置く櫻華学園。そこで少しかじった程度の知識だ。だけどそうだとするならば、そこにいる太極図の関係者である小鳥遊の命令でやってきたカミラは、
「つまり、貴方やハンター委員会会長は仙人の力を手にいれたということですか?」
「そういうことになるわね」
音子の問いにうなずくカミラ。
「なるほどな。綾女殿の力を真っ向から受け、且つウィスルの再生能力を凌駕する一打を放つとなれば納得だ。先ほどもうかつに斬りかかれば、手痛い反撃を受けたやもしれんな」
「うっへぇ。仙人ってヒゲはやしたおじいちゃんのイメージ強いんすけど。っていうかやばくないっすか? 逃げたほうがいいっすよ」
油断なく刀を構える八千代に、冷や汗を流しながら逃げ道を探るファンたん。相手の強さもろくに理解できず、
「いいですよ逃げても。もっとも貴方達が帰る学園は消えて、山の一部となりました。そこにいた人の魂魄も山の力となっています。
お得意のクローン技術は魂が必要なんですよね。その魂がない以上は、クローン作製もできないでしょう。この島で今生きている人間は、貴方達だけなんです。逃げても、すぐに死にますよ」
言ってからカミラは手を差し出す。友好的に、救うように。
「ですが、慈悲をあげましょう。私は犬塚洋子を消せれば、後はどうでもいいのです。そしてそれは為せた。慈悲を与える余裕ぐらいあります。
今ここで殺しあい、最後の一人になったものを仙人として導きましょう。そして死んだ者は
さあ――だれが」
カミラの言葉が終わるより前に、戦いは始まった。
「だれが」
「アンタに」
「ついていく」
「「「「「もんですか!」」」」」
八千代が、美鶴が、音子が、お腹を押さえながらAYAMEが、泣きながら福子が、カミラに攻撃を仕掛ける。
「――残念。では野垂れ死になさい。死者の餌になるか、孤独に震えて生き延びるか。どのみちみじめな最期を」
そして次の瞬間、カミラの姿はそこから消えていた。現れたのと同時、初めからここにいなかったかのように。
小馬鹿にされたように翻弄された。この場に残る者に移る絶望の顔――は、なかった。
「四谷殿!」
「あいあい。ばっちりっす。しっかとファンタンカメラに収めたっすよ!」
唯一飛び掛からなかったファンタン四谷は親指立てて笑みを浮かべる。短いながらも、これまでの一部始終をスマホのカメラに収めていたのだ。
「検証検証。仙人だか何だか知んないっすけど、ゾンビ世界生きてきた人間の生き意地の悪さを見せてやるっす!」
強かに。どんな絶望時でもなすべきことをやる。
その強さが、反撃の一矢となる――
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