太極に至る者/太極を壊す者

ボクは大きな山を見上げる

「というわけで何とかなりました!」


 あの後、亀谷マンション跡の戦いは有耶無耶になった。

 まずAYAMEが本気でマンションを荒らしまわった。AYAMEのパワーからすれば、アスファルトなんて発泡スチロールのようなものだ。マンションの壁やら床やら穴だらけ。一部は倒壊し、非常階段は折れ曲がってみるも無残な形となった。

 加えて、ファンたんや音子ちゃんが流した偽情報も一役買った。彷徨える死体ワンダリングが複数同時に出てきたケースはほとんどない。しかし『ツカハラ』こと八千代さんとAYAMEがいた事実を知って、三体目四体目がいてもおかしくないと判断したのか、混乱は増加した。

 とどめに指揮官と副指揮官の福子ちゃんとカミラさんの離脱も効いた。カミラさんはAYAMEにフライングあやめちゃんドロップキック(本人命名)を食らって、KO。福子ちゃんは愛の口づけで『命令』を解かれて、洋子ボクの元に。


「…………あー。そう」


 元気よく手をあげる洋子ボクに反比例して、反応はものすごく冷たい。


「どしたの? なんかえらい疲れたって顔してるけど」

「まあ、蝙蝠の君の『命令』が解除されたのは嬉しい事デスよ。そのためにわざわざ混乱させて、日本のことわざで言うところのコミック一冊分のバトルしてましたシ」


 AYAMEを始めとして、うんうんと頷く。いや、たとえ方はともかく激戦なのは理解できた。【ナンバーズ】を始めとした強ハンターぞろいで、まともにやりあえば結構な疲労になるのはわかる。


「あ、ごめんね。ありがとう。でもなんかそれとは別の理由で反応冷たくない?」


 洋子ボクの言葉に皆は視線を交わし、AYAMEが代表するように口を開いた。


「よっちー。嬉しいのはわかるけど、いつまでこもりんと抱き合ってるのよ」


 …………まあ、そういうこともあるかもしれない。

 洋子ボクの胸には福子ちゃんがいる。きゅっと抱きしめれば、嬉しそうに体を寄せてくる。やだこれなにかわいい。こんなの離すとか考えられない。


「福子ちゃん成分が満足するまで」

「嬉しいのはわかりますが、自重するのは大事だと音子は思います。安心できる状況になるまでは」

「日本のことわざで言うところの、リアジュー爆破しろデスね」

「ここまでだだ甘カップルされると、逆にネタにできないっす」

「仲睦まじきことは善きことだが、時と場所を選ぶのは大事だぞ」

「そりゃあやめちゃん達が戦ったのは二人のためなんだけど、そういうところだぞ、よっちー」


 いつまで抱き着いているのかと真剣に答えたら総スカンだった。

 順番に音子ちゃん、ミッチーさん、ファンたん、八千代さん、AYAME。みんなが半眼で指さしながら平坦な声で突っ込んでくる。

 その圧力に負けたわけのか、福子ちゃんは咳払いして洋子ボクから離れる。もっと抱きしめてたいのにぃ。


「皆様、ご迷惑をおかけしました。小守福子、ただいま戻りました」

「おかえりデスヨ! 言ってもワタシもつい数日前の復帰だから迷惑はお互い様ヨ!」

「音子はつい先日です。福子おねーさん。おかえりなさい」

「はい。……そう考えると、半年近く私たちを放置していたヨーコ先輩が一番罪が重いですね」

「うえええ! ボクに矛先来るの!?」

「勝手にハンター委員会に突撃して、その結果がこれですから。クランリーダーとしてけじめをつけるべきじゃないですか?」


 うぐぐ。さすが福子ちゃん。痛いところをついてくる。

 これまでいろいろ戦ってばかりだったんだしさー。少しぐらい体休めたりしてもいいじゃないのさー。そう言いたいけど、そう言えない状況なのは洋子ボクも理解している。理解しているけど、イチャイチャしたい! 分かれ!


「具体的には――アレをどうにかするということですけど」


 福子ちゃんの視線の先には、そびえたつ山があった。

 六学園――氷華ひょうか苺華いちか光華こうか柊華とうか櫻華おうか橘華きっか。環状線で円状に並ぶ学園の内側。ハンター達生徒が住んでいたり、クランハウスがあった場所。そこに突如


 何を言っているのか自分でもさっぱりだけど、そうとしか言いようのないことだ。福子ちゃんを奪還したしばらく後、大轟音と共に大地が盛り上がりあの山が形成されたのである。

 形状としては、山というよりは崖だ。地面がいきなり隆起し、まっすぐ伸びた。そんな感じだ。環状線の内側にいた人とか、学校とかがどうなったかは分からない。そもそも何が起きたのかさえ意味不明だ。


「アレ……ねえ。いやまあ、原因は推測できるんだけど」


 ここまで唐突でキテレツな現象が、科学とか常識で理解できるはずがない。そして洋子ボクが知る最大の非常識なら、こんなことは可能なのだ。

 太極図。

 世界そのものを操作できる存在。三次元と言う世界を上の次元から盤面のように俯瞰し、操作することができるモノ。紙という二次元に自由に落書きして世界を作るように、三次元を作り替えることができる。


「福子ちゃんを元に戻したことで、完全に警戒されたかなぁ?」

「そもそもあんだけの力あるなら、バス停の君なんてすぐに潰せたんじゃネ? 津波起こして島飲み込んダリ、生まれる前のバス停の君をプチっとやっちゃえば万事解決ヨ」

「それができない理由があってね」


 時間操作――というよりは時代操作は影響が大きい。人一人を生まれなかったことにすれば、その反動がどうなるか想像もできない。

 そして小鳥遊からすれば洋子ボクを消すことはできないのだ。洋子ボクの魂が太極図の半身である以上、うかつな干渉で死んでしまえば太極図が完成しないことになる。

 そしてなによりも、小鳥遊は洋子ボクがいまだに太極図に干渉できるのではないかと疑っているんだろう。太極図を動かせば、それに干渉して支配権を奪えるのではと。洋子ボクと小鳥遊。この二人の魂が太極図を形成する以上、それを疑うのはおかしくはない。ないんだけど……。


「あいつ馬鹿だよねー。ありもしないことにおびえて、ボクに太極図使わないなんて」


 今、太極図を使って干渉されれば洋子ボクは何もできずに消滅するだろう。例えば過去に干渉してクローンを作られなかったようにされたらAYAMEのところで復活はできなかった。地形を変えれるなら、それこそ土砂災害なり津波なりでこの島に大損害を与えれば巻き込まれて死んでいただろう。

 あえてハンターによる抹殺にこだわったのは、太極図を使用せずに片付けたいだけに過ぎない。あとは死体を回収したいからかな。魂を捕らえて閉じ込めるなりして、クローン復活の可能性をなくしたいという思いもあるのかもしれない。


「逆に言えば、犬塚殿に直接干渉しないのならああいうこともできるという事だろう。あれだけの大きさの山を一瞬で作り、そして消すことも」

「意図が読めねーっすね。こっち来るなって意味なのか、それともこんだけの事できるから降参しろっていう降伏勧告なのか。ホールドアップならわかりやすい武器でしてほしいっす」

「目測で、1200mぐらいです。山というよりは、崖を切り取った感じのほぼ垂直ですね。上に行くなら専用の山登り装備が必要ですけど……洋子おねーさん、そういう経験はあります?」


 ナイナイ。と手を振った。ハーケンとか名前は聞いたことあるけど、使い方なんてわかんないよ。仮に経験があったとしても、あんだけの高さを登るとかどんだけか。


「ゲームとかなら山の入り口に洞窟があって、内のダンジョンを登って上までいけるんだろうけど」

「現実逃避しないでください。……まあ、その発想に至る気持ちはわかりますが」


 ここがゲーム世界だからありかなという意味でそんなことを言う洋子ボク。ため息をついてツッコミを入れる福子ちゃん。後半の発言は、その辺の意味もあるんだろう。

 ちなみに、ゲーム転生の事は福子ちゃん以外は知らない。太極図の説明の時も適当にぼかしてある。なんで洋子ボクの魂が二つあるのとか、男の魂が女の体にあるのかとか、その辺の事情を知るのは福子ちゃんだけだ。


「とにかく近づかないと調査もできないし、移動するか」

「いいえ。その必要はありません」


 特に案もなく行動しようとする洋子ボクに、声がかけられる。

 流れるような金髪。夜を思わせるドレス。そして光り輝く剣。


「貴方はここで死んでもらいます」


 カミラ=オイレンシュピーゲルが、洋子ボク達の前に現れていた。それまで、そこに誰もいなかったはずなのに。


(――やばい)


 言葉と同時に洋子ボクはバス停を手にする。気が付けば振るわれていた剣を受け止め――


「世界から消えなさい」


 剣は、受け止めたバス停ごと、洋子ボクを両断した。

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