SOMEBODY TO LOVE(愛すべき誰か。愛してくれる誰か)

 福子ちゃんに教えたテイマーの待機攻撃ディレイアタックのキモは、『相手に回避行動を許さない連続攻撃を強いる』ことだ。

 人間にせよゾンビにせよ、一行動で攻撃できる範囲は決まっている。一直線の突き、扇状の薙ぎ払い、流れるような連続攻撃。しかし範囲がある以上は、範囲に含まれない部分がある。

 同時攻撃、なんていうけど実際にはわずかな差がある。このわずかが厄介で、迫るコウモリを振り払うなり避けるなりすれば、その隙をつくように次のコウモリが襲ってくる。真正面からか、横からか、最悪背後から。相手が最もやりにくい位置から連続で攻めて、一気に倒す。これがキモだ。


「全く。自分で教えておいてなんだけどホント、隙ないね」


 福子ちゃんはそれを十分に理解し、そしてついてきてくれた。言葉にすれば簡単だけど、本当に大変なことだと思う。コンマ一秒のずれが攻撃の隙間となる。相手の攻撃特性を理解し、次の動きを把握し、地形を理解し、その上で適切な位置にコウモリを設置する。


『ひゃわわ……今度は――!』

『あわわわわ……! そ、それではこれでは!』

『今のは結構いい出来だったのですけど!? 今以上ですかぁ!?」

『お、覚えることが多すぎて頭がパンクしそうですわ! ええと――』

『先輩は……先輩はドSですわああああああああああ!』


 最初は泣き叫びながら、それでもあきらめずに付いてきてくれた。そして洋子ボクの教えを完全に受け継いだ。そこからは経験を積み、ありとあらゆる状況においても外すことはないと自負できるようになった。


「だったら、ボクもそれに応えないとね!」


 バス停を握って走る。八千代さんに斬られた胸はまだ痛いけど、それを無視できるぐらいに胸は熱い。

 目の前に福子ちゃんがいて、洋子ボクのほうを見ている。それは倒すべき相手という認識なんだけど、むしろそれは心地よい。

 洋子ボクと福子ちゃんをつなぐのは、ゾンビハンターとしての実力。師弟? 先輩後輩? なんだっていい。教えて成長して、それをむき出しにしてくれるのなら、向けられるのが戦意だとしても嬉しい。

 ……一応言うけど、Mっ気があるとかそういう事じゃないからね! 純粋に福子ちゃんの成長が嬉しいだけなんだからね!


「これなら――どう!?」

「予測済みです!」


 福子ちゃんに接敵する数歩前で横に飛び、突撃のタイミングをずらす。その動きを予測していたのか福子ちゃんも微妙に位置を移動し、ずれた位置を取り直す。せまるコウモリが、洋子ボクを襲う。


「いいねいいね! だったらこういうのはどうかな!」

「っ、まだまだ!」


 緩急付けた突撃。蛇のように蛇行し、燕のように素早くまっすぐ。タイミングをずらしても、福子ちゃんはすぐに立て直す。フェイントに引っかからないのは、それだけの経験を積んでいるからか。


「この距離まで迫れば!」

「くっ! ……いいえ、まだまだ!」


 バス停が届く位置まで迫る。その時には福子ちゃんはホルスターから銃を取り出し、こちらに構えていた。切り替えの早さ。威嚇でもいいから撃つ躊躇のなさ。コウモリの攻撃にこだわらない動き。


「なんで」


 福子ちゃんの唇が動く。


「なんで」


 攻撃の切れも、動きも変わらない。洋子ボクを攻める動きに戸惑いはない。


「なんで、そんな動きができるんですか」

「なんで、私の動きについてこれるんですか」


 それは戸惑いの問いかけ。決して無敵とは思ってはいないだろうが、それでも研鑚を積んだテイマーの動き。努力を重ね、経験を重ねた動き。それに対応できる洋子ボクに対する疑問――ではなかった。


「なんで、こんなに……あなたと戦うと、なんでこんなに胸が熱いんですか!?」


 福子ちゃんは泣いていた。


「知らない! 貴方なんて知らない! 貴方はハンターの敵で、貴方は私が倒す相手で、彷徨える死体ワンダリングと知り合いで、よくわからない人なのに!

 どうして貴方は私の心をかき乱すんですか!? 貴方と一緒にいると、わけがわからなくなる! 敵なのに、ずっと一緒に戦っている気がして、ずっとその背を追っている気がして、なのに思い出せない! 貴方は――」

「ボクは――キミのりばーれだよ」


 泣いている福子ちゃんに、そう言葉を返す洋子ボク

 何を言っているのかわからなかったみたいで少しぽかんとしていた福子ちゃんは、涙をぬぐいながら言葉を返してくる。


「……好敵手リヴァーレです。なんなんですか、その発音は」

「うん、それそれ。ボクは自分勝手でわがままでいい加減なキミの先輩だ。半年間ずっと放置して、いろいろあってようやくここまでこれたんだ」

「先輩……。せんぱい……」

「ごめんね。その涙はボクの責任せいだ。イケメンぽく涙をぬぐってやることも、ラノベのヒーローみたいにチート能力も使えないけど。

 それでも、キミに笑ってほしい。思い出してほしい。奪われた、あの日々を。【バス停・オブ・ザ・デッド】を」


 だから洋子ボクはバス停を構える。洋子ボクにはこれしかないから。

 ここから洋子ボクらは始まった。だから、ここから仕切りなおそう。


「そういえばずっと聞きたかったんです。なんでバス停なんですか?」

「いいじゃんバス停。こだわりなんだよ」

「全く持ってわけがわかりません。それも……思い出せるんでしょうか?」

「あ。これはもともと理解してくれなかった」

「……えー」


 そんなくだらない会話。それで少し微笑んで、空気が弛緩する。

 うん。洋子ボクと福子ちゃんはこれぐらいがちょうどいい。中二病めいて、洋子ボクの事を支えてくれて、洋子ボクがバカやったらツッコんでくれて。でも愛してくれて。愛して。

 取り戻したいのは、そんな関係。そんな、二人の関係。


 どこかと得で破壊音が聞こえる。AYAMEの拳か、あるいは爆発物を使ったか。その振動が開始の合図。

 意識を鋭く尖らせる。福子ちゃん以外のすべての情報をカットし、すべての意識をそこに集中する。福子ちゃんの動き、息遣い、足運び、指の動き、視線、その全てを見逃すまいと。

 わずかな動き。そこから予想される次の動き。その結果起きること。それを脳内でイメージし、それを基礎として行動を決定する。イメージしろ。イメージしろ。キミが洋子ボクの背中を追ってきたように、洋子ボクも君の事をずっと見てきたんだからさ。


 キミを思う事なら誰にだって負けるつもりはない!


「これで!」


 動いたのは洋子ボク待機攻撃ディレイアタックはタイミングを合わせる特性上、待ちの戦術になる。後の先をとる福子ちゃんに対し、気迫をもって叫ぶ。

 踏み出す一歩。下段に構えるバス停。あと二歩踏み出し、バス停を叩きつける!


「――っ!」


 福子ちゃんはそれに反応し、蝙蝠を設置しようとして――驚きの表情を浮かべた。当然だ。まさか洋子ボクなんて思わなかったのだから。

 ボイスフェイク。本気の気迫。踏み出す一歩。その全てを使ったフェイント。こちらが動くと思わせて相手を動かす。いわゆる、先の先。手放したバス停は地面に落ち、カランと音を立てる。それを福子ちゃんに向けて蹴っ飛ばした。

 福子ちゃんの脳裏に二択を強制させた。洋子ボクか、バス停か。飛ばされたバス停を放置していいか否か。狙うべきは、どちらか? 迷いは一瞬。福子ちゃんは洋子ボクに狙いを定める。

 うん、正解。バス停は福子ちゃんに届かず、無意味に地面を転がった。だけど――迷った分だけタイミングがずれた。その分洋子ボクは福子ちゃんに近づける。そして――


「好きー!」

「なあああああああ!?」


 一気に近づいて福子ちゃんを抱きしめた。無防備に飛び込んでくる洋子ボクに困惑する福子ちゃんの顔。そりゃ敵対してる相手が求愛して飛び込んできたら驚くよね。

 いや、求愛する必要はなかったんだけど、悪ノリっていうか思いがあふれたっていうか。だってだってだってずっとカミラさんとイチャコラしてNTRされて心がぐちゃぐちゃになってたっていうか! とにかく、我慢できなかったんだよ!


「もう……何なんですか!?」


 困惑しているのもあるけど、今の福子ちゃんは『命令』で洋子ボクの事を忘れている。よく知らない人にいきなり抱きしめられて抵抗しようとしている。だけど、この距離まで近づければ――『命令』解除のアプリが使える!

 ようやく抱きしめれた福子ちゃんの感触と抵抗されて悲しい思いとかの中、無我夢中でスマホを探る。ポケットの中にあるスマホを取ろうとすると抱きしめられなくなるし、その間に抵抗されて逃げられちゃうだろう。ちょっと悲しいけど背に腹は代えられ――


「何なんですか何なんですか何なんですか! 相変わらず、ロマンも状況もわきまえない告白とか!」


 抵抗はなくなり、ぎゅ、と福子ちゃんに抱きしめられる。


「え?」

「いつもいつも、ヨーコ先輩はノリとか勢いでしかそういうことが口にできないんですから! そういう人だってわかってますけど、私だってロマンチックなシチュエーションにあこがれる乙女だってことを忘れないでください!」

「いつも、いつもって……あの、福子ちゃん」


 叱られるような窘められるような、そんな福子ちゃんの言葉。

 在りし日、せっつかれて初めて愛を告げた時に不満そうにロマンも状況もわきまえない人だと言われて。

 あの後は――そうだ。行動で示して、って言われたんだっけ。

 洋子ボクは『命令』解除用に使うためのスマホから手を放し、両手で福子ちゃんの肩をつかむ。


 そして顔を近づけて、唇を重ねた。


「……よーこせんぱぁい」

「ボクの事、覚えてるんだ。思い出してくれたんだ……」

「はい、はい!」


 愛しい人を抱きしめる。抱き返される。それだけで、満たされる。

 愛している人が、愛してくれる人が、ここにいる――

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