犬塚洋子(ボク) VS 小守福子

「ヨーコ先輩! 勝負です。私と、戦ってください!」


 洋子ボクは突然の声に、頭の中が真っ白になった。

 正確に言えば、それまで昂ぶっていた闘争心がリセットされた。殺意しかなかった心が解れ、いつもの自分に戻ったようなそんな気がした。


「……えーと」


『【悲報】大好きなあの子と戦うことになったんだけど【どうしよう?】』とか脳内でスレッドを建てそうになると同時に、久しぶりに福子ちゃんに名前を呼ばれた喜びで心が温かくなり、そのまま抱き着きそうになる衝動は構えを取った福子ちゃんの姿で抑え込まれた。


(あはははは。ホント、ボクってダメダメだなぁ)


 戦う姿を撮った福子ちゃん。この距離ならこう攻める。この状況ならこう動く。そんなことが頭を支配していた。成長した福子ちゃんと戦いたい。そんな気持ちが心と体を支配していた。

 わかってる。そんな状況じゃないことなんて。福子ちゃんがここにいるということは洋子ボクの位置は捕捉されている。八千代さんと戦っていた時間もあるし、十数秒もすれば応援がやってくるだろう。【ナンバーズ】か、フローレンスさんか、あるいはほかのハンターか。いや、最も彼女の近くにいるはずなのは、


「福子。何をしているのです!」


 カミラさんだ。小鳥遊の命令で福子ちゃんの傍にいるカミラさんのクローン。『命令』で洋子ボクの事を忘れた福子ちゃんの、恋人。

 それを意識した瞬間、洋子ボクの心に苦い痛みが走る。わかってる。これが『命令』の結果、洋子ボクを忘れているから福子ちゃんはカミラさんを愛していることは。だけど、やっぱり目視すると、心がかき乱される。

 二対一。しかも心情的に冷静になれない相手。しかも時間制限付き。逃げるのが最良だと分かっているけど、逃げたくないという思いもある。ここで逃げたら、きっと一生逃げ続けなくちゃいけない。それは嫌だけど、でも、耐えられない――福子ちゃんを取られるのは、もう――洋子ボクは踵を返し、


「よっちー! こもりん! 貸し1ね!

 二人っきりで思いっきりやっちゃいなさい!」


 踵を返しそうになる足を止めるように、さっきまで洋子ボクと八千代さんの戦いを見ていたAYAMEが跳躍する。ドロップキックの要領でカミラさんを吹き飛ばし、ついでとばかりに拳を上にして跳躍し、天井を壊して二階に突き進んだ。


『非常事態発生! AYAMEだ!』

『マニュアルX発動、全部隊彷徨える死体ワンダリングに対応せよ!』

『副隊長、カミラ=オイレンシュピーゲルを回収! 肋骨の損傷が激しいため、離脱させます!』


 福子ちゃんの通信機から聞こえてくる様々な声。

 どうやらAYAMEが暴れているみたいだ。洋子ボクのもとに向かう【ナンバーズ】を始めとしたハンター達を相手にしている。


『報告。カオススライムの存在確認。敵味方の識別が困難になると思われます。早期の撤退を』

『あー、あそこにいるのはナナホシっすね。珍妙な毒フィールドが発生してるっす。一階Dブロック近くには近づかないほうがいいっす』

『ワオ! 未知の毒ネ。『混合姫ミキシング』の知識にない毒ダカラ、近づかないほうがイイですネ』


 ついでに音子ちゃんとファンたんとミッチーさんの声も混じっている。


「え? カオススライムとナナホシもいるの?」

「ここにきているのは私と綾女殿だけだ。三人の言葉はこの状況を混乱させるための流言飛語だな」


 洋子ボクの疑問に答えたのは、彷徨える死体ワンダリングの八千代さんだ。まだ動けないのか、膝をついた状態のまま言葉を返す。


「……いや、なんで?」

「決まっているだろう。二人の邂逅を邪魔させないためだ。綾女殿も、早乙女殿も、四谷殿も、ロートン殿も。犬塚殿と小守殿の久方ぶりの出会いを邪魔させまいとしているのだ」

「なんで」


 八千代さんの言葉に、つぶやきを返す福子ちゃん。AYAMEが暴れだしたのはともかく、ミッチーさん達三人が場を混乱させるなんて考慮の外だろう。しかもそれが、洋子ボクと二人きりにしたいという理由だなんて。

 ああ、もう! ここまでおぜん立てされたんじゃ、逃げるわけにはいかないじゃないか!


「福子ちゃん。勝負だよ」


 説得して『命令』解除のアプリを見せるのが最善なんだと冷静な部分ではわかっている。きっと勢いで押せば納得してくれるという根拠のない自信はある。

 だけどこれが洋子ボクと福子ちゃんにおける最善を超えた答えなんだと思う。


「――はい!」


 福子ちゃんの言葉と同時に、走り出す洋子ボク。その間に福子ちゃんはコウモリを『待機』させ、数歩洋子ボクから距離を取る。あと三歩近づけば、『待機』させたコウモリと福子ちゃんが『攻撃』命令で飛び立つコウモリの、合計七匹のコウモリ同時攻撃が洋子ボクに向けて飛んでくる。

 テイマーの動物攻撃は攻撃して払うことが可能だ。だけど七体同時に払うことはできない。故にこのディレイアタックは決まれば確実に相手に大ダメージを与える攻撃となる。


 一歩。バス停を構える洋子ボク

 二歩。洋子ボクがどう動いてもそれに合わせて動いて調整する福子ちゃん。

 三歩。福子ちゃんの命令と共に、七匹のコウモリが飛んでくる。


「吹き荒れよ、不吉の刃! 黒の暴風シュバルツ・シュトゥルムヴィント!」


 中二病ボイスともに飛来するコウモリ。この前に受けた八千代さんのダメージもあり、まともに受ければ倒れるのは必至。そして避けることも攻撃して払うことも無理なタイミング。

 うん、見事だよ福子ちゃん。技の切れも攻撃のタイミングもばっちりだ。


「ぐ……っ!」


 なので洋子ボクのできることは、防御態勢をとって受けるしかない。バス停の時刻表示板を盾にして、数匹のコウモリを受け止める。受け止められなかったコウモリが体を傷つけ、福子ちゃんの元に戻っていく。


「この程度、ですか?」

「うん。この程度だ。その距離を維持したまま戦えば、福子ちゃんの勝ちは譲らない。ボクのバス停は近づかないといけないから、近づけない距離を維持してその攻撃を続ければ、手も足も出ずにボクは負けるね」


 それは事実だ。

 洋子ボクが走ると同時にコウモリを『待機』させて距離を放す。あとは『待機』させたコウモリと同時になるように位置を調整し、タイミングを合わせて福子ちゃん自身と待機させたコウモリに同時攻撃させる。

 近づけない洋子ボクは何もできずに体力を削られ、いずれは倒れるだろう。


「逆に言えば、それを崩れればボクの勝ちルートだね」

「私が攻撃のタイミングを間違えるというのですか? 私はこのタイミングを誤ることはありません。何度も何度も、血のにじむような教育を――誰に? 誰が、私を、私に、教えてくれた人は……!」


 何かを思い出そうとして、頭を抱える福子ちゃん。

『命令』で禁止された事項に気づきそうになり、それが福子ちゃんを苛んでいるのだ。支えてあげたい衝動を必死に抑える。苦しめている原因の洋子ボクが行っても逆効果だ。


「私は、カミラお姉様シュヴェスターに……! お姉様シュヴェスター以外に慕う人は、いません!」


 洋子ボクがいない間、福子ちゃんはカミラさんを心の頼りにしていた。

 彼女を追い詰めたのは、洋子ボクだ。洋子ボクの勝手な行動で半年間も放置されて、その孤独を埋めたのはカミラさんなのだ。


「うん。そうだね。いろいろ謝んないといけないね」


 ずっと会いたかった。ずっとその傍に行きたかった。

 太極図とか小鳥遊にばれたくないとか、いろいろ言い訳していたけど、洋子ボクがグダグダしていたのは、福子ちゃんに合わせる顔がないのが一番の理由だった。『命令』が解けた福子ちゃんに、なんて謝ろうかいまだにわかんない。


「悩むのは後! ここが正念場だ!」


 そんなうだうだもだもだを棚上げして、頬を叩く。その辺は未来の洋子ボクがきっと何とかしてくれるさ!

 逃げるな洋子ボク! 逃げるな僕! お膳立てしてくれたみんなのために、福子ちゃんのために、ここで負けるわけにはいかないんだよ!


「ボクの名前は犬塚洋子! キュートできゃわわでプリティなバス停使いのハンターだ!

 コウモリ使いのキミ! ボクの可愛さに見とれて倒れても知らないよ!」


 気合を入れる。洋子ボクのエンジンをフル回転させる。ぐちゃぐちゃの心を無理やりリセットするように、強引に笑みを浮かべた。

 強く、バス停を握り締めて――

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