小守福子が戦う理由
小守福子は、六学園でも屈指の強さを持つハンターだ。
コウモリを操るテイマーで、中距離遠距離共に対応できる。コウモリを『待機』させてほかのコウモリと同時攻撃させるディレイアタック。コンマ1秒のずれもない同時攻撃を、どのような状況でも繰り出せるテイマーは彼女しかない。
そして彼女がはく浮遊ブーツは高低差を無視しての移動が可能だ。これによりいかなる足場でも福子は相手と安定した距離を保つことができる。むしろ起伏にとんだ戦場であれば、福子はまさしくコウモリのごとく場を飛び回り相手を攻めることができるのだ。
コウモリによる熱い弾幕。縦横無尽の移動。それらをクリアして近距離まで迫られても、予備の武器に切り替えての反撃を行う。卓越した技術こそないが、その真価は切り替えの早さ。躊躇なく得意分野の戦闘を切り捨て、行動できる判断力。
これは簡単にできるものではない。戦闘は自分の有利の押し付け合いだ。得意な距離、得意な戦法、得意な相手。不利な状況になれば、できるだけその状況を撤回したくなるのは当然だ。そして普通はそれが可能かどうかを迷い、そして泥沼にはまっていく。撤回できるかもしれない。できないからそのまま戦うしかない。その二択に迷えば迷うほど、状況は悪化していくと知りながら。
「「私は『
中二病かかった(っていうか中二病そのもの)の福子のセリフは、しかししっかりとした実力により裏付けられていた。彼女をセリフだけ見て馬鹿にしていた人間は、その実力を前に閉口する。
そして同時にこうも思う。
『あの強さを得るのに、どれだけの経験を積んできたんだろう』
そしてそれは福子自身も疑問だった。この技術、この戦い方、この考え方。これは誰から学び、どうやって得てきたのだろうか?
最初はカミラ
あの日、カミラに助けられて心酔し、そしてそのままずっと付き従っていた。そのままずっと一緒にここまで歩いてきた。カミラ以外に教えを乞う相手はおらず、カミラ以外に何かを教えてもらった覚えはない。
「だけど……」
いつも一緒にいるカミラ
自分にこのことを教えたのは、カミラではない。カミラは自分に対して包み込むように愛してはくれるが、物事を深く教えるようなタイプではない。自ら前に出て他人を守るような、そんなハンターだ。
それはいい意味では勇猛果敢で頼りがいがあり、悪い意味では教鞭をとるタイプではない。
じゃあ誰に?
「誰に……あんな訓練を?」
断片的に思い出すのは、この訓練が厳しかったということ。
攻撃のズレを一切許さず、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――それこそ気が狂うんじゃないかと思うぐらいに繰り返し行われたこと。
そして次は距離を変えて。相手を変えて。体制を変えて。ありとあらゆる状況でも対応できるように繰り返された訓練。夢に見るなんて第一段階。日常生活でも道行く人を『敵』と想定してこの状況ならこのタイミングで攻撃すれば、とか考えるほどになった。
だけどただ『やれ』という短慮な訓練ではなく、ダメな箇所を指摘してはそれを修正する。こちらの限界を見極め(その限界は精神が復帰不可能に壊れる寸前までというギリギリの見極めだけど)てのスケジュール。
その……拷問と訓練のグレーゾーンギリギリ。むしろ拷問。いっそもう一押しして殺してくれ。そんな訓練(?)だったけど、その成果は確実に福子に力を与えた。
繰り返すけど、カミラ
「私は」
訓練を受けて、その後もゾンビを狩り、その後も訓練を続けた。
その訓練はとてもつらく、だけど自分が確実に強くなっているのは理解できた。そして同時に遠く届かない背中を感じていた。
自分が強くなればなるほど、その人との距離が理解できる。その人が進む先を必死に追いかけていた。そうすることで強くなるということもあるけど、もっと別の理由があったはずだ。
心に宿るキラキラした思い。
あの人に追いつき、その隣に立つことを願ったこの思い。
福子はその感情の名前を知っている。
恋。
その旧漢字の『戀』。糸が絡まり言いたいことが言えない心。まさしくその言葉そのものだ。届けたい言葉がある。伝えたい気持ちがある。
違う。私はカミラ
「誰を」
それでも思いは消えない。
このゾンビだらけの島の中、そんなことなどお構いなしに突き進んでいくあの姿を。
笑いながら道を切り開き、強いゾンビをものともしないあの姿を。
どこか調子に乗って無理をして、それを仕方ないとフォローして、無計画だけどそれを実行できる行動力があって、バカみたいに笑って情けなく泣いて、でも頼れる人。
その人を思うたびに心が温かくなった。その人の為なら何でもできる気がした。その人が望むなら、どこにでもついていこうと思った。
そう、確かにいたのだ。
小守福子にハンターの技術を教えてくれた人が。前に立って導いてくれた人が。いつか追いつき、そして追い抜いてやろうと思っていた人が。
「忘れているの?」
思い出せない。
こんなに想っているのに。こんなに愛しているのに。こんなに会いたいと願っているのに。なのにその人の事を思い出せない。
戦いに没頭すればするほど、ハンターとして戦えば戦うほど、誰かに称賛されるほどに、その思いは強くなる。私が戦う理由。私が進むべき道。私が褒めてほしい人。それを、忘れているのだと。
「――――――――あ」
そして時間は今に巻き戻る。
バス停を持つ反逆者を追いかけた福子は、二階に続く階段の前で戦う者たちを見た。
一人は円城寺八千代。元ハンターで今は反逆者だ。『ツカハラ』と呼ばれる
そしてもう一人は、今回討伐対象のバス停魔人。
理由はわからないが、両者は交戦しているようだ。実力は肉薄しており、戦いが終わってから両方を押さえるほうがいいと判断し、福子は部隊に待機を命じてその戦いを隠れてみていた。
見ていた、のだが――
(この、戦い方は)
『ツカハラ』と交戦するバス停魔人。本気で戦う犬塚洋子の姿。その動き、その挙動、その呼吸。それが福子の心を揺さぶる。
ずっと追いかけていた動き。ずっと追いかけていた気持ち。ずっと追いかけていた相手。
『命令』は変わらず福子の肉体と魂から犬塚洋子の記憶を消し去っている。犬塚洋子なんて言う人間はこの世界にはいない。福子はずっとカミラに従い、その背中を追いかけてきたというふうに記憶を改ざんされている。
だけど、だけど――
「ヨーコ先輩!」
気が付けば、福子は叫んでいた。彼女自身、その言葉の意味を理解なんてしていない。目を逸らせば『命令』の効果で数秒後に忘れてしまうだろう。
いやだ、忘れたくない。この気持ちを裏切りたくない。その衝動のままに、福子は構えを取る。
「勝負です。私と、戦ってください!」
心に絡まった糸をほぐすには、これしかない。福子は直感で、この選択の正しさを理解していた。
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