ボクはサムライと戦う

 あらゆる戦いは読みあいだ。

 こちらが動けば相手も動く。相手が動けばこちらも動く。速度の差でこちらが一つ動く間に二つ動かれることもあるけど、それも含めての読みあいだ。

 斬りかかったときに、避けられるか受けられるか。避けられた場合、相手の次の動きをこちらが受けるか避けるか。もう少し詳細にすれば、狙う部位によってどうするかの対応も変わる。頭なら避ける。心臓なら受ける。足なら踏みつける。

 攻撃手段。防御手段。その数と質は培ってきた経験に比例する。唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突。斬りかかる方向だけでもこれだけある。虚実混ぜたフェイントや、複数方向を狙う流れるような連続攻撃。一点突破の力技や、連続で一点を穿つ攻撃。その数は計り知れない。


(さすがに、対応する手段は多いね)


『ツカハラ』は技術継承という名の『不死』だ。

 培った技術を自分を殺した相手に継承し、受け継いでいく。技には魂が宿る。それを放つ人間の人生そのもの。一つの結果になるまで武器を振るい、次代に受け継がせる。自分自身は消滅するが、自分が生きた証は残る。そんな不死だ。

 八千代さんはそれを受け継いでいる。百を超える継承は千を超える戦場を経験し万を超える武器を振るう。そうして培った戦闘技術と戦闘経験。それが八千代さんにある。

 それはただの技術で、肉体がそれについてこれなければ再現はできない。しかし八千代さんは先代『ツカハラ』を倒すほどの実力者だ。死ねばゾンビとなって蘇る過酷な状況の中、剣術で孤独に生き延びたサムライだ。彷徨える死体ワンダリングの一人に勝利するほどの、剣術家。肉体が未熟などあろうはずがない。

 つまり何が言いたいかと言うと、


「デタラメだ! なんであのタイミングで反応できるのさ!」

「全く驚きだよ。七十八代目の経験がなければやられていた」


『ツカハラ』八千代さんは洋子ボクの戦闘経験なんか余裕で凌駕している。戦闘の手数も、防御手段も、段違いだ。避ける方向が少しでも浅ければ斬られているだろうし、受ける角度が少しでも甘ければ次の動作で喉を突かれている。何度背筋が凍ったことか。

 AYAMEが肉体能力におけるチート娘なら、八千代さんは技術におけるチートだ。まあその能力与えたのは女神じゃなくて我欲塗れの不死研究者なんだけどね。


「んなことはわかってはいたけど、ここまでとはね」


 額に浮かぶ汗をぬぐう。そんな動作さえも細心の注意を払う。わずかでも意識を逸らせば心臓を貫かれかねない。大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。ゆっくりと、すべての空気を吐き出すように。


「それはこちらのセリフだ。いかに本気の犬塚殿でもここまでもつとは思ってなかった。思考戦闘では10合で終わっていたのだが」

「そりゃどうも。できれば満足して帰ってほしいんだけど」

「満足するとも。犬塚殿を斬ってな」


 切っ先を向けられる。鬼の仮面に隠れて見えないが、その表情はいつも洋子ボクを見る目と変わらないだろう。平時も戦時も変わらない。常在戦場というよりは、友人をスナック感覚で斬れるのが八千代さんのメンタルだ。いや、斬るに値するだけの戦闘技術を持つからこそ、友人と認めれるのだろう。

 最大限の皮肉と敬意をこめて、言葉を返す。


「この辻斬りサムライが」


 ああ、ちくしょう。

 認めないといけない。八千代さんにはさんざん否定していたけど、この感覚はごまかせない。昂ぶる感情を、熱く滾る血を、倫理が欠落している自分を。


「斬る」

「ぶっ叩く」


 刀とバス停。獲物こそ違えど、共に闘争を求める存在なのだということを。命のやり取りを楽しんでいるということを。戦い以外は何もいらない。そんな状態になっていることを。


 キィン!


 互いに真正面からぶつかり合い、それぞれの得物をぶつける。足を踏ん張り、そのまま押し合った。押し切れば相手のバランスを崩してとどめを刺す。無言で相手を睨み、そのことを伝える。そして相手からもその気迫が伝わってくる。

 純粋なパワーなら互角だけど、武器の重量でこちらが有利。もとより日本刀は構造上『受ける』よりは避けて攻撃するタイプだ。今ここで受けざるを得なかった八千代さんはむしろ追い込まれている。このまま押し込むことは可能だろう。

 だがそれは八千代さんも理解している。どこかのタイミングで身を引き、攻撃に転ずる。そのタイミングを計っているし、洋子ボクもそのタイミングを探っている。このままでいるはずがない。さあ、さあ、さあ!


(――引いた)


 推していた力が抜ける。洋子ボクの呼吸のタイミングを好機と取って、バス停を流すようにして推す力を逸らす八千代さん。半歩移動し、通り抜けざまに刀を振るう。手首、腰、足。三つの部位が小さな円を描き、その螺旋が日本刀に乗る。

 避ける。この攻撃は想定内。いつか引くことが分かっていたのだから、攻撃手段自体は予測できた。逸らされたバス停を握り締め、反撃に移る。高重量武器の利点と欠点はその重さ。一撃を振るうための力と時間がかかること。

 時間にすればわずかな差。しかし瞬き一つが致命的になる戦闘においてわずかな差は立派なアドバンテージ。


 キィン!


 洋子ボクが反撃に移ろうとしたバス停の一撃を、弾くように振るわれる日本刀。八千代さんの翻った刀が洋子ボクの立て直しよりも早く振るわれたのだ。

 その動き、まさに燕。先ほどまで横に振るわれた刀がすぐに下段に構えられ、風に舞い上がるように下から上に振るわれたのだ。それも洋子ボクの体を見て力の名流れを把握し、武器の力点を正確に崩すように。

 撥ね上げられたバス停。その間隙に向けて八千代さんの刀は突き出された。バス停を戻すには間に合わない。崩れた体制を戻すには間に合わない。刀はまっすぐに洋子ボクの心臓を狙っている。一秒後、心臓を貫かんとばかりの雷撃。


「ああ、ちくしょう」


 洋子ボクは崩れる体制を直すことなく、その流れを加速するように体を振るった。そのまま足を振り上げ、八千代さんに蹴りを放つ。ブーツダガーのかかとを蹴って刃を出す余裕なんてない。本当にただの蹴り。体制を崩した破れかぶれの一撃。

 灼熱。刀が洋子ボクの胸を裂く。心臓直撃こそ避けたが、刀を完全にかわすには至らない。制服を裂いて刃は洋子ボクの体を傷つけ、肋骨を滑るようにそれる。それでも皮膚は裂かれ、流れる血が制服を染めた。


「い……っ!」


 痛みでぐちゃぐちゃになる精神を何とか抑え込む。耐えろ耐えろ耐えろと気が狂ったように心の中で叫び、何とか意識を保つ。必殺の突きだったのか、八千代さんの刀の戻りは遅い。それは一秒にも満たない遅れ。痛みで叫んでいたら、取りこぼしていた時間。蹴りが功を奏したのか、八千代さんも顔をゆがめている。


「だらしゃあ!」


 可愛い乙女(あ、洋子ボクの事だよ。念のため)があげちゃいけない声を出しながら、バス停を振るう。残ったリソース全部もってけ、とばかりの全力全開。これ避けられたら隙だらけ。そんな後先考えない横なぎの一撃。

 バス停の駅名表示板が八千代さんの体をぶっ叩く。遠心力とバス停の固さが加わって、衝撃が八千代さんの体を揺るがす。鎧がある程度の衝撃を受け流したとはいえ、完全に防いだわけではない。衝撃によろめき、膝をついた。剣を杖にして立ち上がろうとする八千代さん。


「これで!」


 隙だらけ。避ける余裕すらない八千代さんに向けてバス停を振るう洋子ボク。これで勝ち。振るったバス停は確実に意識を刈り取れる。その後でとどめを刺せばいい。あるいはこの一撃でそのまま命を奪えるだろう。


「見事だ。悔いはない」


 聞こえてきた八千代さんの声。互いに全力を出し切り、そして満足した修羅の声。自らの最後を覚悟し、それでも相手を称賛する武人の言葉。そこに至った八千代さんの歩み。武の境地ともいえる精神性。

 そんな八千代さんに向けて息絶え絶えに振り上げたバス停は、


「ヨーコ先輩!」


 そんな洋子ボクを呼ぶ声で止められた。

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