ボクのキャパいっぱいいっぱいなんですけど!?

「ちっくしょー! 見せつけてくれやがって!」


 福子ちゃんから距離を取るように走る洋子ボク。逃げてるんじゃないもん! 指揮官を狙おうとすると手厚い反撃が来るから一旦下がってるだけだもん! そう自分に言い訳して距離を放す。

 いつかはカミラ&福子と相対しないといけないとはいえ、それは今ではない。今回の混合チームはかなり精度が高く、ついでに言えば福子ちゃんはそれをうまく指揮している。洋子ボクならこう攻める、という勝ち筋を初手から潰してきている。

 相手に何もさせないで完封。そのために情報をつかみ、場を支配する。洋子ボクが教えてきた事を忠実に実践してきているのだ。ファンたんで足止し、適度なタイミングで引かせて【ナンバーズ】を宛がう。それを突破するように動いたら、【ハンドオブミダース】の遊撃部隊か、後藤のスナイパーライフルでとどめを刺しに来る感じだろう。


「うん! さすが福子ちゃんだね。ボクのこと忘れててもたいしたもんだよ!」


 ちょっと嬉しくなったけど、今はその感動に浸っている余裕はない。福子ちゃんの動きが読める以上、それを覆すように動けばいい。そして福子ちゃんが洋子ボクの事を覚えていない以上、決定的な穴がある。


「このゲーム世界の事を知っているなんて、普通は思わないもんね」


 福子ちゃんが洋子ボクの事を完全に覚えているのなら、ゲーム転生をしたことを知っているはずだ。その前提で作戦を組んでいる。あらゆるアイテムや武器の事を知り、それをベースに動いてくるだろう。弾幕を張るなんてことをせず、一気に包囲網を狭めてきたはずだ。

 なんとなく洋子ボクにハンターの武器に知識があるという理解はあるようだけど――まさか世界そのものをデータ的に認識しているとは思いもしないだろう。


「時間はかかるけど、ミスしなければいけるかな。危ない橋は五回ほどだけど、なんとかなるなる!」


 相手の装備と実力。それを頭の中で試算して答えが出る。後藤に気づかれないように【ハンドオブミダース】を倒し、音子ちゃんに追いかけられながらミッチーさんと【聖フローレンス騎士団】を処理、しかる後に後藤を処理してファンたんと弟君を封じる。んでもって【ナンバーズ】を叩いた後で福子ちゃんカミラさんとのラスボス戦。うん、どうにかなる。


「先ずは十条とその取り巻きだね。福子ちゃんの性格的にボクの背後を取るように動かしてたはずだから、四階に移動したか三階に控えているか――」


 言いながら上に移動するために階段に移d――バス停を振るった。ガキィン! という音共にバス停と日本刀が交差する。


「この程度の不意打ちでは効かんか。さすがは犬塚殿だな」


 危なかった。呼吸が少し苦しくなった程度の虫の知らせ。それがなければ日本刀は洋子ボクの首を刎ねていただろう。


「何すんのさ、八千代さん!?」


 洋子ボクは剣を振るった相手に怒鳴りつける。戦国時代の甲冑に鬼のお面。手にした刀の銘はこがらし彷徨える死体ワンダリング『ツカハラ』こと、円城寺八千代。


「ふむ? 予告はしたと思うぞ。犬塚殿に本気を出してもらうには『敵対するしかない状況を生み出すしかない』と」

「……は?」

「小守殿を救う機会はこれを逃せばそうそう起きまい。この状況なら、犬塚殿も本気で私と戦うしかないだろう」


 ……うっそ。

 この人斬りサムライ。『本気の洋子ボクと戦いたい』というだけの理由で、介入してきたのだ。

 そしてその予測は正しい。この状況だと洋子ボクは本気で戦うしかない。時間をかければ福子ちゃんが戦場を包囲する。さすがに総力戦になれば、勝ち目はない。


「いや、そんなことないもんね。逃げればいいんだし! 大体八千代さんだってハンターに敵対してるんだから、見つかったら攻撃されるじゃないか」

「無論。故に互いに時間はないな」

「逃げてもいいよー。そしたらあやめちゃん暴れるし」

「はあああああ!?」


 明るい声と共に階段から顔を出した褐色JK系不死者ことAYAMEが手を振った。こんなかわいい格好だけど、繰り出すパンチは戦車の主砲並みに強いというデタラメな子だ。


 ナンデ、ココニイルノ、アナタ?


「契約だ。この勝負を拒否されたら、次は綾女殿の番。好きに暴れていいと言ってある。逆に言えば、犬塚殿が戦いから逃げない限りは大人しくしてくれる」

「ツカハラちん『研究所では私がいない間に犬塚殿と決闘したようだから、次は私の番だ。絶対譲らない。邪魔もさせない』ってうるさいんだもーん。なんで今回はあやめちゃん見てるだけー。

 あ、でもよっちーが逃げるなら約束は関係ないもんね。久々によっちーで遊ぶんだから」

「最悪だー!」


 八千代さん、洋子ボクが逃げないようにしっかり対策を立ててやがった。ここで逃げたらテンションアゲアゲフルパワーガールなAYAMEが暴れだす。その被害は洋子ボクだけじゃなく、ここにいるハンターにまで及ぶだろう。建物崩壊とか天井崩落とか鉄拳制裁とか、そんな物理的な被害が。当然福子ちゃんを始めとした面々にも。


「状況は把握したようだな。では行くぞ!」

「聞くだけ無意味だと思うけど、決着がついた後でAYAMEが気が変わって襲い掛かってくるとかそういうことはないよね!?」

「さてな。綾女殿は気紛れ故に」

「あ、それいいかも」

「ちっくしょう! 勝つことが最低条件か!」


 やっぱり無意味だった。だけど戦っている間はAYAMEは動いてくれない。バス停を振るい、八千代さんと交戦を開始する。武器の速度は八千代さん。一撃の威力は洋子ボクが勝る。だけどこの勝負のキモはそこじゃない。間合だ。


(刀の攻撃範囲。バス停の攻撃範囲。互いに互いの間合いを熟知しあっている)


 洋子ボクはゲームの知識で八千代さんの攻撃範囲を理解している。

 八千代さんは何千何万と刀を振り、型を体に覚えさせている。その経験が自らの攻撃範囲と、そして洋子ボクの戦いを見てバス停の攻撃範囲を理解している。

 あらゆる武器を使った戦いにおいて『相手の間合い外から攻める』ことは基本中の基本だ。剣よりも弓矢。弓矢よりもライフル。ライフルよりもミサイル。相手の攻撃が届かない場所からの攻撃。その優位性は変わらない。

 それは近接攻撃においても同じだ。わずか数センチ。わずか数ミリの優位性。それを理解しているか否かは、致命的な差となる。


(武器の間合いはバス停のほうがわずかに長い)


 八千代さんの刀と切り結びながら、そのわずかな差を意識する。相手の攻撃範囲外に出て、こちらの攻撃範囲で攻める。それが洋子ボクの勝ち筋だ。わずかでも有利になれば、その隙を逃す気はない。


 八千代さんもそれを理解しているはずで、洋子ボクが一歩引いた隙に踏み込むつもりだろう。その気迫がビシビシと伝わってくる。ともに技量は肉薄している。となれば、勝負は一瞬だ。


「いいぞ。いいぞ。犬塚殿! この肌が張り付くような緊張感。隙を見せれば終わるこの焦燥感。これこそが、戦だ!」

「何度も何度も確認してることなんだけど、その性格は円城寺八千代のパーソナリティなんだよね? 『ツカハラ』の影響とかがない素の彼女の性格ってことでいいよね?」

「然り。なんだ、今更臆したか?」

「逆。喧嘩売ってきたんだから、怪我とかは自己責任だよね!」


 人斬り。戦闘マシーン。辻斬りサムライ。

 さんざん八千代さんの事をそう言って罵ってはいるけど、共感できる部分があるのは認めざるをえまい。


「負けても、切腹するとかしたら許さないからね!」

「つまらぬな。生きている限り何度でも戦に挑む。それが私だ」

「安心したよ。そんじゃ、ギア上げていくよ!」


 ちくしょう、悔しいけど何時か八千代さんが言っていた通りだ。

 楽しい。戦いが、この一瞬が、とても楽しい。それは八千代さんも同じなんだろう。

 この時、福子ちゃんとの戦いとか今後の状況とか、そんなものは一切頭から消えていた。ただ目の前のサムライをどう倒すか。それだけしか頭になかった。

 

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