『蓬莱山』
「おーい、こもりんおきろー」
「う……」
頬を叩かれた福子は頭を振りながら目を覚ます。周囲を見回せば、美鶴や音子、ファンたんに八千代、そして頬を叩くAYAME。AYAMEの胸にはブローチを装うナナホシと、ぬいぐるみのカオススライム。
周りは見渡す限りの草原だ。人工的な建築物など何もない。ところどころに木が生えているが、基本的には草原である。
「運んでる途中で気を失うんだから、情けないなー。時速180キロぐらい耐えようよ」
「無茶言わないでください!」
山近くまで来てAYAMEに抱えられた福子は、その時悪魔的な笑みを浮かべたAYAMEを見た――かと思うと強烈なGがかかって気を失ったのだ。わざとだ。福子はその表情を思い出して心の中で悪態をついた。
とはいえAYAMEに抱えられなかったら巨大ナナホシテントウムシに抱えられていたわけで、それは生理的に我慢できない。そう思って怒りの矛先を納めることにした。
「周囲に生物らしい反応はありません」
「ファンたんも探ってみたけど、人の気配どころか動物もいねーっす。そのせいなのかもしれないっすけど、植物の香りがすげーっすね」
福子が気を失っている間に周囲を捜索していた音子とファンたんがそんな報告をする。地上からはるか高い場所にあることもあり、少し肌寒い。隔絶された世界、と言われても納得できる。
「面倒デスネ。目印らしいものがないノデ、どこを目指せばいいのやら。広さも途方もないデスヨ」
肩をすくめる美鶴。肉眼で見る範囲で目立った存在はない。適当に歩き回るにしても、当てもない。ここのどこかに小鳥遊とカミラ、そして太極図があるのだろうけど……。
だが、福子は迷うことなく目的の方向を告げる。
「おそらくは、この山の中央です」
「その心は?」
「ここまで太極図とかにこだわっている以上、バランスを重視するはずです。となれば、自分のメインの居場所は真ん中に位置するはず」
「筋は通っているな。どのみち他にあてもない。向かってみるか」
言って移動を開始する一同。ここで止まっていても仕方がないという思いもあるが、何か行動しないと潰れてしまいそうだという思いが大きかった。
無言の行進。歩けども歩けども何も見えてこないという焦燥。それ自体が一同の精神を削っていく。歩いた先に何もないかもしれない。その不安と、仮に仙人が出てきたとしてどうすればいいのかわからない。そんな圧力が少しずつ増していく。
「……この際だからハッキリさせておこう。この戦い、仮に勝ったとしてもその後どうするかだ」
無言の行進に飽いたのか、八千代が口を開く。
「あのカミラという女の言葉を信じるなら、六学園の人間は皆死亡したということになる。魂魄もこの山の一部になったというのなら、この山をどうにかする手段がない限りはクローン復活もできないことになる」
「そうデスネ。正直、んなもんデキルカーって言いたいけど、その辺は太極図の不思議パワーでどうにかなるんジャネ? 日本のことわざで言うところの、知らんけどデスガ」
「希望があるとすればそれだな。どちらにせよ、小鳥遊に出会い説得なり服従なりして太極図を使ってもらわなくてはならんわけだ。太極図は私たちではどうしようもない領域だからな」
「なによー。よっちーを殺せって命令した奴を殴っちゃダメなの? あやめちゃんふふくー!」
八千代の言葉にほほを膨らませるAYAME。思いっきり殴るつもりでいたようだ。
「そうだな。私も斬りたい。しかしそのあたりはむしろ小守殿に決めてもらいたい」
「私が? 何故?」
「犬塚殿に一番近くにいたのは貴方だからな。犬塚殿をああした相手に復讐したいのなら私は止めない。巻き込まれた人間は不幸だが、理不尽と思ってあきらめるしかない。
未来を決める権利は、生きているものがすべきだ」
八千代の言葉にほかのメンバーは眉を顰めるが、それでも反対はしなかった。
「まだ幼い子に命の選択を任せるのは責任重大すぎマスが、コウモリの君がそれでいいなら止めないデス」
「音子は……フローレンスさんやエヴァンス君やコリンズ君たちが殺されたのは悲しいです。ですけど、死ぬ覚悟はゾンビと戦うときに、してます。悔いはありません」
「……カズ坊はどっかで生きてるってファンたん信じてるっすからお任せするっす」
「ぶーぶー。あやめちゃんも空気ぐらいは読むもん」
大事な人が奪われたのは、自分だけではない。
音子やファンたんを見て、福子は胸を押さえた。この悲しみを負っているのは、自分だけではない。目の前で消えた自分とは異なるが、カミラの言葉が正しいなら学園にいた人間は全て死んでいるのだ。その実感がわかないだけで。
荒唐無稽だが、八千代の言うように太極図を用いれば復活の可能性はあるのだろう。そして犬塚洋子だけはけして復活を許してくれない。小鳥遊は太極図を守るために犬塚を排した。そのためにこの山を作り、そのためにカミラを差し向けた。
犬塚洋子は、死んだ。
その気持ちだけを考えれば、怒りに任せてすべてを破壊したかった。もし何でも願いが叶うなら、洋子をよみがえらせたい。それがかなわないなら。こんな世界は壊れてもよかった。
でも、この世界にはまだ大事な人を失い、それが取り戻せるチャンスがあるのだ。
「……まだ、決めかねています」
そこで怒りを消化し、諦めるだけの精神は福子にはなかった。それは仕方のないことだ。それだけ深く愛していたのだから。『命令』と言う魂と遺伝子にかけられた枷を振り払うほどに好きだった人を奪われて、その矛を下ろすことはできない。
「とりあえず一発殴ります。その後はその後で考えます。
あの人なら、そうしたはずですから」
『悩むなら行動する。その結果は後で考える。棚上げって大事だよね』
きっと隣に洋子がいれば、そう言っていただろう。そして福子は『またそんないい加減なことを』と呆れていたに違いない。
今にして思えば、その楽天的な部分に助かっていた部分もある。
「いいえ、殴らせません。そもそもたどり着くことさえできません」
そんな福子の耳朶に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
金髪の髪をした女性。カミラの体を借りた、仙人。
「不遜者がこの蓬莱山にやってくるなど、身の程を教えてあげましょう」
言って構えを取るカミラ。体を半身傾けただけの一見隙だらけな構え。しかし、時間を止めることができる以上、その隙をついて襲い掛かれば手痛い反撃を受けるのはわかっていた。
「不浄な者には死を。せめてもの慈悲です。貴方達の魂魄もこの山に捕らえ、皆と再会させてあげましょう。
ああ、犬塚洋子はそこにいませんがそれぐらいは些事ですね」
冷たく告げるカミラ。そこには傲慢な意思はない。ゴミを拾ってごみ箱に捨てる。その程度の感覚だ。仙人として、この場にいてはいけないものを排除する。その結果として殺すだけだ。
八千代とAYAME。二人を軽々と倒した相手が、今度は加減なく攻めてくる。そんな状況なのに、
「あの人がいないのなら、私が選ぶ道は一つです」
「バス停の君の言葉じゃないけど、ドーニカなるデスヨ」
「はい。やります」
その冷徹さを受けたハンター達はそんな会話をしていた。
「この流れは避けられなかったっすか。ファンたん死にたくねーっす」
「逃げ場はないぞ。諦めろ四谷殿」
「おけおけ。あやめちゃんリベンジしちゃうよー」
その様子にカミラは眉を顰めるが、その程度だ。拾ったごみにくだらないメモ書きが書いてあった程度の不快感。つまらない、と一蹴する。
犬塚洋子を消滅させた仙女カミラ。その脅威が今、襲い掛かる。
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