ボクが生み出す魔窟

【聖女フローレンス騎士団】の部隊はクラン代表のフローレンスさんを含めて十名。回復と高い指揮能力を持つフローレンスさんと、それに従う半透明のシールドを持つタンク。攻めにくく、こちらをじわじわ削る戦術だ。

【ダークデスウィングエンジェル零式】はこちらの死角を確保し、隙を見て襲い掛かる算段だ。【聖女フローレンス騎士団】に攻撃をする洋子ボクには攻撃の瞬間に隙が生まれる。その隙を逃さず、移動と攻撃を繰り返す。

【ハンドオブミダース】のメイン部隊は先ほど倒したアサルトライフル部隊。残っているのは遠くからこちらを観察する隠密部隊だ。遠巻きに援護射撃を加えてくる。あ、一応十条もいたか。装備の関係上、無視はできない。


「そろそろ、かな」


 洋子ボクはバス停を振るいながら、場の流れを感じていた。実際に肌に感じているわけではない。実際に目に見えているわけではない。実際に聞こえているわけではない。その雰囲気を、確実につかんでいた。


「ギア上げていくよ! まずはこっちだ!」


【聖女フローレンス騎士団】【ダークデスウィングエンジェル零式】【ハンドオブミダース】。三クランの連携は完璧だ。

 防御力だけではなく、隠密部隊やそれを指揮するクランリーダー含めてメンバーの総合力が高い【聖女フローレンス騎士団】。潤沢な装備をもって安定した強さを持つ【ハンドオブミダース】。隠密に特化し、影から援護射撃を行う【ダークデスウィングエンジェル零式】。

 それぞれがそれぞれの特色を生かし、乱れることなく連携を行う。その為に議論を重ね、訓練を重ね、考察を重ねてきたのだろう。色の異なるクランがここまで足並みを合わせることができたのは、まさに奇跡的。


(【ナンバーズ】なんかは、足並みそろえるために全員同じ学校出身にしたぐらいだしね)


 総合的に見れば【ナンバーズ】に匹敵するだろう三クラン混合部隊。突然の洋子ボクの攻勢にパニックすることなく対応できているのは、ハンター各々の練度と戦意のおかげだろう。


「先ずはキミたちから潰すよ! えーと……ダーク何とかゼロ式!」


 大声で叫び、背後を振り向いてその遠心力のままにバス停を振るった。横なぎに叩きつけられるように、【ダークデスウィングエンジェル零式】の隠密部隊の一人をはったおす。その程度の忍び足で洋子ボクの背後を取ろうなんて、無理無理!


 洋子ボクは次の狙いを【ダークデスウィングエンジェル零式】にすると宣言した。

 これを聞いたハンター達はどう思うか。

 自分のクランが狙われるなら気合を入れなければ/守勢に回らなければ。

 仲間のクランが狙われるなら援護しなくては/今のうちに体制を整えなければ。

 共に戦う仲間を見捨てはしない。それでも意志のずれは確実に存在する。それが人間だから。


「落ち着きなさい! あのものの言うことを真に受けず、冷静に状況を判断なさい! 作戦通り攻めれば、相手を追い込めます」


 その空気を察したのか、フローレンスさんの指示が飛ぶ。だけどそれを信じていいのかどうかで、また二択が発生する。悩んでいる間に洋子ボクは動いて状況は進み、それがさらに判断を遅らせる――


「先ほども言いましたが、あのバス停女はバカです! 適当なことをしゃべって、指摘されれば笑ってごまかすような無責任な者です! そのような者の言語に耳を貸さず、己の鍛錬を信じなさい!」

「なんかひどいこと言われてるんだけど、ボク!」


 フローレンスさんの叱咤に思わずツッコミを入れる洋子ボク洋子ボクの言うことよりも訓練を信じろとか、言っていることは正しいんだけどさ!


「ダイレクトにバカは酷くない!? ちょっと空気読まないだけだとか、周りに流されない芯の強い人とか、言い方あると思うんだけど!」

「つまり、わがままで自分勝手なんですね」

「ぐはぁ!?」


 これ以上の口論は自分にダメージが来る。それを察して涙を呑んで負けを認めた。悔しくなんかないもんね! 洋子ボクはバ可愛いんだい! ……いやいや、バカじゃないからね。確かに適当なこと喋ってるかもしれないけどさ!


「み、認めたわけじゃないからね! ちくしょう後でなんかひどいことしてやる! えーと……えーと……なんかひどいこと!」

「語彙力鍛えたほうがよろしくてよ」

「うっさいやい!」


 口論では惨敗だけど、確実に三クランにダメージを与えていく洋子ボク。フローレンスさんを守る親衛隊にもどうすべきかの認識のずれが発生し、連携にゆるみが見えてきている。

 それは当人たちさえ気づかないわずかなモノ。踏み出す一歩の速度がわずかに躊躇する程度のその瞬間では気付かない差。だけど確かに存在する連携のズレ。

 そのズレに強引に差し込むようにしてバス停を突き立てる。そのまま傷口を広げるように強引に力任せで突き進んだ。


「……何!?」


 足を止めずに今度は斜め右後ろに跳躍し、ダガーブーツを振るう。かかとの刃がそこから襲おうとしていた隠密部隊の一人を切り裂く。隙をついて襲い掛かろうとした瞬間への奇襲。おそらく衝撃の瞬間まで洋子ボクの挙動を見逃さなかったのだろうが、それでも攻撃の瞬間は防御の意識が薄れる。


「どうしたのかな? ボクの可愛さに見惚れちゃったとか? 仕方ないよね!」


 頬に手を当ててポーズをとる洋子ボク。余裕がある、わけではない。むしろ手を抜く余裕なんて一つもない。この動作も洋子ボクの戦術の一つ。余裕をアピールして、相手の精神をかき乱す。

 精神の乱れ方はそれぞれだ。カチンときて直情的になるか。この余裕に及び腰になるか。まあこの状況だとないと思うけど本当に見惚れるか。

 その差。それこそがこの状況では魔窟。深淵から延びてくる闇の手だ。生じる際は本当にわずかで、だからこそ誰も気づかない。それが罠であることに気づかないからこそ、致命的な罠になる。

 その泥濘にハンター達が囚われている間に、洋子ボクはバス停を掲げて攻め立てる。縦横無尽に動き回り、隙を生んでは踏み込んでバス停を叩きつける。洋子ボクがハンターを倒すたびに、彼らを包む罠は深まっていく。


「マズイ、相手のペースだ。一旦仕切りなおせ! ミーにはわかる。これは負けそうなパターンだ!」

「……っ! パターン3・7・2! 陣を整えて守勢に回りなさい! 一旦防衛に回り、状況を立て直します!」


 以外にも、真っ先に気づいたのは一歩引いた目線で戦場を見れる十条だった。あるいは敗北に向かうにおいを察したか。ともあれその号令に合わせてフローレンスさんは指示を出す。その号令に合わせるように動き出すハンター達。

 だけどせっかくつかんだ流れを逃すつもりはない。【聖女フローレンス騎士団】の親衛隊が陣を整える前に一気に攻める。被弾覚悟で深く敵陣に踏み入り、バス停を振り回した。ここで、決める!


「これで、どうだぁ!」


 気合一閃。洋子ボクを中心に風が吹き、その風がやむと同時に【聖女フローレンス騎士団】の親衛隊とフローレンスさんはバス停に打たれた場所を押さえて倒れこんだ。流れる汗をぬぐい、肺一杯に空気を吸い込んで叫ぶ。


「ボクの勝ちぃ! どうだい君たち、まだやるかい!」


 静かになる線上。途切れていく戦意。おそらく陰に潜んでいるものも、これ以上の戦いは無意味と撤退していっているのだろう。

 三クランと洋子ボクの決着はこれで着いた。これ以上の戦いは無意味だと判断し、戦いは終結の方向に向かっていく。


(……来る)


 だけど、洋子ボクの戦いはここからだ。ここが本番だ。

 最後の最後、洋子ボクが気を緩めて弛緩した瞬間を狙って、最強のクロネコが洋子ボクを討ち取りに来る。その瞬間こそが、洋子ボクが待ち望んだ最後のチャンス。


 音子ちゃんの『命令』を解除する、おそらく最後の――

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