ボクとクロネコの攻防

【聖女フローレンス騎士団】【ダークデスウィングエンジェル零式】【ハンドオブミダース】の三クラン連合部隊は事実上壊滅した。壊滅、とは言っても死んではいないので再挑戦自体はできるだろう。そしてフローレンスさんを始めとして、この三クランのメンバーにはその気骨がある。

 だけどその際にはメンバーの変更があるだろう。今回は洋子ボクの戦闘情報が少なかったこともあり、隠密系のハンターが含まれていた。実働部隊と隠密部隊の混合。その波状による攻め。

 だけど、それは洋子ボクには通じなかった。ならば編成は変えて当然だ。隠密の比率が増えるか、あるいは減るか。メンバーもそれに合わせて変化するだろう。


(再挑戦してきたときに、音子ちゃんがそれに含まれる可能性は……あまり高くはないかも)


 あてずっぽいだけど、そんな気がする。おそらく次は火力重視で編成し、再挑戦してくるだろう。音子ちゃんの隠密&情報収集能力が高いとはいえ、作戦そのものに情報収集役の重要性が低いのなら、それに特化した音子ちゃんは外される可能性は低くはない。

 故に、この瞬間が最後のチャンス。戦闘部隊を崩壊させ、洋子ボクが気が緩んだと思われる瞬間を狙っての一矢。逆転の一手はこの瞬間しかない。


(……まあ、本当なら戦闘のさなかに『命令』解除する予定だったんだけど)


 戦闘中に音子ちゃんが影から潜んでくる可能性は、あった。なので当初は戦闘をできるだけ長引かせて、相手の罠に突撃し、できるだけ音子ちゃんを誘って捕まえる予定だった。なのに三クランを倒してしまい、そのチャンスは今この瞬間しかなくなってしまった。

 …………なんでこうなったかって、洋子ボクがフローレンスさんの親衛隊相手にガチバトったからなんだけど。

 うん、まあ、その。ちょっと調子に乗って暴れすぎました。洋子ボクの中のゲーマー心とか、時々八千代さんい指摘される修羅の心とか、なんかそういうのが疼いちゃいました。

 だってこいつら強いんだもん! そりゃきゅんきゅん来ちゃうよ!


(おおっと、それはもう仕方ないや。反省終了。棚上げ棚上げ。

 来るなら、そろそろ――かな)


 洋子ボクの勝利宣言と共に引いていく気配。【聖フローレンス騎士団】の親衛隊から距離を取り、攻撃しない意思を示す洋子ボク。ふと目を逸らしたすきに、フローレンスさん含めた騎士団も姿を消していた。隠密の人が回収したのだろう。


 ふう、とため息をつく。


(――来た)


 こちらがわずかに気を抜いた隙を逃さず、それはやってきた。前回の反省を生かしてか、真後ろではなく洋子ボクの右後ろ。距離にすれば洋子ボクの一歩分ほどの距離。音もなく、気配も感じない。だけど『いる』のはわかる。


 踵を二回叩く。ブーツからダガーが飛び出て、同時にいるであろう場所に蹴りを放つ。前回と同じ展開。タイミングもばっちりだ。


 だけど、蹴りが当たった感覚はない。当然だ。音子ちゃんはダガーブーツの事を知っている。前回と同じ展開だからこそ、それをよけることなど容易い。『そこにいるだろう』ではなった攻撃など、来ると分かっている音子ちゃんからすれば避けて当然だ。


 背後を取られる。その瞬間に前に出て振り返った。体を右にひねりながら踏み出し、二歩目で180度回転する。だけどそこには誰もいない。攻撃されて逃げていった――わけがない。


 背後を取られた。後頭部から数センチ離れた場所に、フィラデルフィアの銃口の気配を感じる。明確な殺意が洋子ボクを捕らえている。


 洋子ボクが前に踏み出してこちらを見ることを想定し、死角に紛れるように移動していたのだ。回転する洋子ボクの背中に隠れるように。洋子ボクが逆向きに回転していたら目に映っていただろう。


 だけど、それはないと判断したのだろう。今までの洋子ボクの戦いを見て癖を判断し、シークタイム0秒で動いたのだ。観察力、判断力、そして行動力。どれをとってもすごい。きっと洋子ボクがいない半年間も、実力を育てていたのだろう。もう音子ちゃんに教えることは何もない。洋子ボクの元を離れても、立派にやっていける。


(あ。本気で感動した。ダメダメダメダメ、まだ泣いちゃダメ! 我慢だよ、ボク!)


 あふれそうになる感情を必死で抑え込む。このまま撃たれて死んでもいい。それがこの子の糧になるのなら、それでもいい。そんな気持ちが一瞬だけもたげてきた。あの日偶然出会って、一緒にクランで狩りをして、そんな音子ちゃんだからこそ許してしまいそうになる。

 だけど、ダメ。泣くのも、殺されるのも、まだ早い。


(確実に、背後を取るからこそ)


 フィラデルフィア・デリンジャーは『相手の背後を取る』ことが条件だ。だから背後そこに音子ちゃんがいることは確実。


(仕掛けられる罠がある)


 何度も何度も訓練した手つきで、スマホを操作して背後に入る音子ちゃんに画面を見せる。音子ちゃんが洋子ボクの後頭部を見ており、その網膜に焼き付けるように。

 流れる動画は『命令』解除のプログラム。その色彩と音声が『命令』を解除する。

 問題は、時間だ。『命令』解除は動画を見せてすぐではない。何秒かこの動画を見せる必要がある。そして音子ちゃんが引き金を引くのに、一秒も要らない。だからこの罠は失敗する。


「『偽典・バステト』はまだ持ってる?」


 背後にいる音子ちゃんに語り掛ける洋子ボク洋子ボクと音子ちゃんが出会うきっかけになった本。あの日、洋子ボクが手に入れた本を渡したことで、音子ちゃんとの縁がつながったのだ。

『命令』解除に必要な数秒を会話で稼ぐ。苦しいけど、これでだめなら――


「クランハウスで餌をあげてたネコはまだ元気かな? 洋子ボクがいなくなって、どうなったんだろ?」


 最初は、それだけのつもりだった。苦肉の策。数秒程度話を聞いてくれればいいな、ぐらいの。


「そういえば背、伸びたね。半年で結構背が伸びるんだ。成長期?」


 最初はどう時間を稼ごうかと悩んていたけど、気が付けば言葉はあふれていた。


「すごいよね、足運び。今後ろに回ったのもそうだけど、その前のもわかんなかった。本気で殺された、って思ったもん」


 口は止まらなかった。言いたいことが止まらなくて、堰が切れたようにしゃべりだす。


「向こうのクランで虐められてない? フローレンスさん改心したみたいだけど、なんだかんだで人使い荒そうだし……あ、ボクもか。あはははは」


 止まらないのは言葉だけじゃない。感情も止まらない。


「ちゃんとご飯食べてる? 遠慮しないで好きなもの食べないとダメだよ。ネコにいいものあげて自分は食べないとか、音子ちゃんやってたし」


 聞きたいこと。言いたいこと。それがたくさんあふれてくる。


「友達出来た? 隠密部隊の仲間とうまくやれてる? 困ったことされてるんならいつでも言ってよね。言っても洋子ボクも友達少ないんだけどね。あてにならねー!」


 喋ってないと崩れそうなテンション。だけど、それももう限界で。目からは涙が止まらなくて。


「元気に……音子ちゃんが元気で……もう、それだけで……よかった……!

 ありがとう……。ありがとう……」


 涙を拭きながら、何とか言葉を放つ。『命令』解除の動画はすでに再生が終わっている。


 フィラデルフィアの銃口は未だに洋子ボクの後頭部に向けられている。


 銃口を向けたポーズのまま、音子ちゃんは動かずにいた。


「……洋子おねーさんは、泣き虫ですね」


 小さく、洋子ボクの耳に聞こえる声。


「ごめんなさい、忘れていて、ごめんなさい。音子、洋子おねーさんの事、ずっと忘れてて。あれだけ一緒に戦って、あれだけ尊敬していたのに。音子は……」

「……うん、ごめんね。ごめんね……」


 鳴きそうにしゃくりあげる音子ちゃんに、洋子ボクはただ、泣きながら謝るしかできなかった。

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