ボクは正面から突撃する

「馬鹿な……!? この『タテガミ』のサラサラヘアーの癒しを、凌駕した……だと!」


【ハンドオブミダース】のアサルトライフル部隊と、それを守っていたガード役を伏した洋子ボク。なんか自分の髪を触って悦に浸るガード役の男がいたけど、あっさり撃破。


「すごかったよ、キミたち。装備に頼るだけじゃなく、左翼右翼に分かれたチームプレイ。ガード役も射線を防がないようにする立ち回り。基本に忠実をしっかり叩き込んであったね。

 だけど難点あげるならリロードの隙かな? リロードする時は声掛けして、隙を塞いでくれるような配慮があればいいかも」


 戦いを反芻し、頷く洋子ボク。実際、リロードの隙が無かったら被弾覚悟の特効になっていただろう。遮蔽物がない電車路線なので、走り回って避けるのには限界がある。


「言ってもここまで対応するゾンビは稀かな。AYAMEあたりは気にせず特攻してきそうだし」


 潤沢な装備と基本に充実な鍛錬。おおよその相手はこれで蹂躙できる。ただまあ、洋子ボクはその『おおよそ』ではない相手をいろいろ知っている。八千代さんなんかは弾丸を斬りそうな雰囲気があるし、カオススライムやナナホシなんかは戦場のルールそのものを塗り替える。


「普通、躊躇なく飛び込んできますか。あのタイミングで……」

「弾丸数は覚えてるからね。大体これぐらいでリロードするって知ってれば余裕だよ」

「んな無茶な……」


 それだけ言って【ハンドオブミダース】のガード役は力尽きた。癒しタンクとか厄介だったけど、洋子ボクの敵じゃない。


「ふ、このボクを倒すには役不足だったね。……あれ? 役者不足?」

「白夜様との戦いで満足されない、という意味でしたら役者不足ですわ」


 首をひねる洋子ボクの前に現れたのは、【聖フローレンス騎士団】のクランリーダー、フローレンスさん。親衛隊数名を引き連れて、こちらを睨んでいる。クランのエンブレムが描かれた盾を持ち、フローレンスさんを守るように陣を組んでいる。


「どうもありがと。国語は苦手でねー」

「語学の勉強は人生を豊かにしますわ。語学だけに限りませんけど。晴耕雨読の精神で学んでみるのもよろしくてよ

「御忠告痛み入るよ。落ち着いたら頑張ってみようかな」

「……頑張る、と言いましたわね。貴方、何を頑張っているのです? ハンターを殺さずに挑発し、戦いを挑む。最初はこの戦い自体が目的だと思っていました。孤軍奮闘獅子奮迅。群雄割拠を求める修羅羅刹なのかと」


 油断なくこちらを見据えながら訪ねてくるフローレンスさん。その間にも目に見えないところに隠密部隊が配置されているのが気配で分かる。


「ひっどいなぁ。こう見えてもボクは平和主義なんだよ。面白おかしくゾンビハンターを楽しめればいいって思ってたのに。なんでこんなことになったんだろうね」


 思えばここまで来た経緯はトンデモ展開ばかりだ。

 そもそもの始まりはゲーム世界へのTS転生。ボク可愛いって思ってたらハンターランクによる差別。その撤回とばかりに頑張ってたら彷徨える死体ワンダリングと仲良くなって、いつの間にか不死やら太極図やらに巻き込まれて。

 せっかくゲーム世界にやってきたのに、楽しむ余裕なんてありはしない。ゾンビでアポカリプスな世界だからスローライフとかは無理だろうけど、転生特典とかでいろいろステータスに補正があって、ボクに都合いい世界になんないかなぁ。


「ボクはボクが奪われたものを取り返すだけだよ」

「つまりはハンターに対する復讐ですか? それにしては我々に対する対応が甘い気がしますが」

「そりゃそうさ。その『奪われたもの』っていうのが、ハンターの日常なんだからね!」


 問答は終わり、とばかりにバス停を構えて走る洋子ボク。その動きに合わせて盾と銃を構えるフローレンスさんの親衛隊。同時に背後に潜んでいた隠密部隊が動き出す。


「復讐の炎に身を焦がす魔人よ。その闇炎やみほのお、わが黒炎こくえんで覆いつくしてくれよう!」

「やみほのおとか、こくえんとか、わざわざ言いにくくない?」

「カッコイイはすべてに優先するんだよ! コホン、……これが呪血じゅけつの業なのだ」


 襲ってきた【ダークデスウィングエンジェル零式】のセリフにツッコミを入れる洋子ボク。ツッコミ返答の最初の言葉は素なのだろう。その後で訂正するように言い直した。 

 でもまあ、言いたいことは理解できる。


「うんうん。ボクもボクカワイイが最優先だからね。その気持ちはわかるよ」

「バス停が?」

「バス停が」

「……これもまた多様性ということか」


 疑問符を浮かべられたが、断言したら納得してくれた。まあ、攻撃したりつぁれたりなのであまり口論している余裕なんてないんだけどね!


「それにしても相変わらずガッチガチだな!」


 フローレンスさんの親衛隊相手にバス停を振るう洋子ボク。攻撃は盾で受け止められ、その瞬間を狙ったかのように銃撃が飛んでくる。何が厄介かと言えばこの連携で、それを組み立てているフローレンスさんの指示だ。

 もう少し強く踏み込めば一人ぐらい倒すことはできるだろうけど、それをすれば隙も多くなり洋子ボクもただでは済まない。けん制的に攻撃を続けて隙を見つけようとする洋子ボクだけど、その隙を埋めるように指示が飛ぶ。


「しかも隠密部隊が、油断できない!」


 加えて、親衛隊の攻撃からわずかにずらして襲ってくる三クランの隠密部隊。【ハンドオブミダース】はカランビットナイフの『三日月』(結構な課金アイテムだよ、これ!)をもって襲い掛かってくるし、【ダークデスウィングエンジェル零式】は閃光弾をはじめとしたバッドステータスでこちらを押さえようとする。そしてライフルとクナイで波状攻撃を仕掛けてくる【聖フローレンス騎士団】も侮れない。


『やーん、わちゃわちゃし過ぎ―!』


 AYAMEあたりなら対応でパニくってそんなことを叫んでいただろう。ぶっちゃけ、これに【ハンドオブミダース】のアサルトライフル部隊か、フローレンスさんの親衛隊にさっき倒した……えーと……髪触ってた癒しタンク。名前忘れた。そもあれそのあたりがいたら、洋子ボクも詰みだった。


「――え?」


 フローレンスさんの表情が洋子ボクの動きに反応する。戦況の変化は微細。せいぜいが洋子ボクの足の角度が親衛隊から隠密部隊が襲撃してくる方向に向きなおった程度だろう。そのわずかな変化を、彼女は見逃さなかった。

 その変化に対応すべきか否か。自分の感を信じられるか否か。冷静に考えれば追い込んでいるのは自分で、今の流れを断ち切ることは正しいのか。その『常識的』な判断が命令の遅れにつながったのだろう。


「いっくよー!」


 バス停を構え、地を蹴る。線路の砂利を踏みしめ、隠密部隊が襲撃してくる瞬間に合わせてバス停を振るった。出合い頭に攻撃を受け、避ける間もなくバス停に頭部を殴打されて気を失う。

 連携の起点を崩し、わずかに浮足立ったところを攻める洋子ボク。攻める順番を脳内でイメージし、同時に体を動かす。


「な、何故我々が攻めてくる場所が読めるんだ!?」

「決まってるさ。ボクが隠密系キャラならこう攻める。スペックとステータスを理解すれば、最適解を選ぶのは当然だもんね!」

「スペック? ステータス? 初見でわずかに交戦した程度の我々の装備と能力を見切ったというのか!?」

「とーぜん! ゲーマーなら全装備の知識があって当然だもんね!」


 げーまー? そんな怪訝な顔をする余裕さえも与えない。バス停を振るい、洋子ボクは三クランの攻撃を打ち砕いていく。

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