バス停魔人反撃開始(される側の視点)

「順調ではないか」


 十条は上がってくる報告にそう言って頷いた。

 目標であるバス停魔人は【ダークデスウィングエンジェル零式】の誘いに導かれるように隠密部隊を集結させたポイントに移動。そこで隠密部隊の波状攻撃を受けたという。第一波の【ダークデスウィングエンジェル零式】を退け、【聖フローレンス騎士団】の追撃を辛くも逃れたという。そして現在、ガスの煙幕が晴れたところで【ハンドオブミダース】の主力であるアサルトライフル部隊が追い込んでいるところだ。


「ミーたち【ハンドオブミダース】の隠密部隊の報告によると、目標はトンネル方向に追い立てられているとのことだ。このまま火力で押して、一気に撃退と行こう」


 十条のセリフは、セオリー通りの戦術だ。耐久力の高いゾンビ――ゲームで言うところのボスキャラを狩る際に、相手が逃げに回っている時には一気に攻めるという基本戦術。逃がして仕切り直しなどさせやしない。弱っているときに一気に叩くのだ。


「怪我人を撤退させて、部隊を再編成した。【ダークデスウィングエンジェル零式】も追撃を開始する」


【ダークデスウィングエンジェル零式】リーダーの四谷も報告し、バス停魔人を追う。目標の位置を補足し、逃げ道をふさぐ。逃亡の可能性を一つずつ潰し、袋に追い込んでいく。


「……そうですわね。今目標を見失うわけにはいきませんわ」


 そして【聖フローレンス騎士団】のクランリーダー、フローレンスは思案顔で頷いた。ここで相手を逃がすわけにはいかない。それは間違いない。追わないという選択肢はない。

 だけど、何かが引っかかる。違和感、ですらないかすかな危険臭。それを感じていた。


「どうしたのだ、聖女フローレンス。今こそヤツを討つチャンス。六学園の奇跡の権限とまで言われた貴方の顔を曇らせることがあるとでもいうのか?」

「四谷様の持って回った言い回しは想い人にお伝えしたほうがよろしくてよ。いらぬ誤解を生みかねませんわ。

 それはともかく、何かを見逃しているような気がしますの」


 フローレンスの躊躇を感じ取った四谷の通信越しの問いかけ。それにため息越しに応えるフローレンス。【ダークデスウィングエンジェル零式】独特の言い回しは悪いという気はないけど、まだ慣れない。


「見逃す? 何を言っているのだ【聖フローレンス騎士団】。我々は入念に情報を入手し、案を重ねてきた。互いの欠点を補うように訓練し、積み重ねてきた。作戦ガンマで仕留められはしなかったが、まだまだ作戦はある。想定通りの流れではないか」

「ええ。それは間違いありません。我々の積み重ねに不服などありませんわ。隠密部隊の三人で仕留められなかったのは驚天動地ですが、それも想定してました」


 十条の言葉にうなずくフローレンス。

【聖フローレンス騎士団】の虎の子ともいえる小学生隠密部隊による暗殺。これで仕留められなかったというのはフローレンスからすれば驚きだった。あの三人のコンビネーションは完璧だ。彼女の親衛隊が安定したエースカードなら、隠密部隊は切り札ともいえるジョーカーだ。

 だが、それが通じないことも想定しておくのがクランリーダーの器だ。相手の実力は底が知れない。確実に勝てるなんて保証はないのだ。ショックはあるが、平静を失いうほどではない。


(なにを、見逃している?)


 今一度自分に問いかけるフローレンス。こちらは精鋭。あちらは単独。こちらの戦力を前に逃げながら逆転のチャンスをうかがうバス停魔人。現状を表現するならこれが正しい。

 だけど、そうでないのなら?


『そんな貴方を』

『そんな罠を』

『『真正面からねじ伏せてこその、勝利!』』


 啖呵を切った目標は、十条の射撃であっさり身をひるがえした。あれはハッタリだったのか?


(いいえ、違います。あの瞳は戦士の瞳。あの言葉と一撃に、嘘はない)


 相手――犬塚洋子の気迫と踏み込みには嘘やごまかしはなかった。本気でこちらを打ち崩そうとする動きで、そしてその気迫のまま去っていった。


(そしてそのまま、ガスで分断された区域に身を躍らせた。……罠だと気づかなかった? そこまで愚かな相手でしたの?)


 そして【ダークデスウィングエンジェル零式】の誘導に乗るように、こちらが配置した隠密部隊――フローレンスからすれば信頼している早乙女音子のいる区域に移動した目標。そして目標はそこにいる相手を倒し、そして逃亡した。


(勇猛果敢かつ猪突猛進いうことかしら? あるいはこの逃亡こそが目標の誘い? 事実、目標に大きな傷を与えたわけではない。あちらが囮で、本体が別にいる?)


 推測だけならいくらでもできる。しかし確信はない。思考して、指示を出すのがリーダーの務め。フローレンスは思考を止めずに相手の事をイメージした。相手がどう行動するかを考えて――


(――そもそも、私たちは目標の目的を知らない。何故ハンターに戦いを挑んでいるのかを。

 相手に意思があり、挑発して誘う程度の頭脳もある。こちらを殺さないようにする精神もあり、その上でこちらを圧倒するだけの技術もある。

 そんな存在が無目的に動くはずがない。何かしらの目的。何かしらの到達点があるはずだ。それを知れば、相手の行動も見えてくるはず)


 このフローレンスの思考は的を得ていた。犬塚洋子の目的は『早乙女音子の命令解除』。ハンター委員会の小鳥遊に怪しまれないように戦闘中に接触し、命令解除のアプリを使って解除する。そのためにあえて隠密部隊が潜んでいそうな罠にはまったのだ。

 だが、そこまでフローレンスは至れない。『命令』の存在が想像の外であり、自分もその影響下なのだということも気づく由がない。そして何よりも――


「なんだと!? 目標が反転した!」


 深く思考に浸る時間もない。十条の悲鳴が通信機越しに聞こえてくる。


「アサルトライフル部隊を真正面から突破した!? あの弾幕を回避しながら迫った!? 待て、そんなこともあろうかと我がクラン最強の盾である『タテガミ』がいたはず……倒されただとぉぉぉ!?」


 十条に先ほどまでの余裕はない。最強の銃部隊に最強の盾。【ハンドオブミダース】の戦力を集中させた部隊だ。それをこの短時間で戦闘不能にまで追い込まれたのだから、その驚きは当然と言えよう。


「馬鹿な。これまで逃げ腰だったバス停魔人に何が起きた? まさか『魔人の血』に覚醒したか。かつて『あの世界』を三日で滅ぼした呪われた血に……」


 トンデモなことを言っている【ダークデスウィングエンジェル零式】の四谷だが、【ダークデスウィングエンジェル零式】は与えられた仕事をこなしている。目標から目を離さず【ハンドオブミダース】を援護し、戦闘不能になったものを離脱させている。


「……成程、わかりましたわ」


 その状況を見て、フローレンスは静かに頷いた。思考を止め、全クランに伝わるモードにして叫ぶ。


「皆様、目標に対する認識を改めください。あれは戦術を練って動いているのではありません。気まぐれでその場のノリで動いているお調子者。

 いわば、バカです!」


 あまりと言えば余りの言葉に、通信を聞いたものは気をそがれたような顔をした。


「少なくともこちらの常識が当てはまる相手ではありません。私たちのわからない思考で動き、私たちの理解できない理由で戦っている。そんな相手の動きとか目的とかに意識を向けても意味がありませんわ!

 無知蒙昧にして、浅薄愚劣! しかし侮ってはいけません。その実力は皆さまが感じる通りですわ! ノリと勢いでやり方を変える場当たりゾンビですので、いきなりやり方が変わっても驚かずに対応しなさい!」 

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