ボクは隠密部隊と戦う

「ぷっはぁ!」


 燃えるような熱いガスの隙間を抜けて、洋子ボクは向こう側にやってくる。

 ガスでハンター側の本体と分断された安全地帯――そう思わせる罠がある場所。見た目は何もない廃路線。澪と推す限り人の気配はない場所。罠だろうなと思ってる洋子ボクでも、実は違ったかと思うぐらいに何も感じない場所。


「あ、あらー?」


 だがそれはすぐにそんなはずはないと気づかされる。

 刺すような鋭い殺気。それを感じた瞬間に洋子ボクは横に飛んでいた。さっきまでいた場所に退路を塞ぐようにガス弾が炸裂する。弟くんか。ということは彼はしばらくはこっちには来ないことになる。


「――――」


 同時に襲い掛かってくる複数の人間。全身を包み込む黒いスーツ。闇に紛れ、風景に溶け込む隠密の姿。距離を開けて拳銃でこちらをけん制し、隙あらばかくしてあるナイフで切りかかってくる算段だ。距離の取り方が遠距離の立ち回りではない。


「もう。せっかくなんだから『覚悟!』とか『お命頂戴』とか言おうよ!」


 バス停の時刻表示板で弾丸を受け、移動しながらけん制攻撃を回避する洋子ボク。狙いが甘いというわけではないが、当てるつもりがないのは手ごたえで分かる。こちらの出方をうかがっているか、あるいは――誘っているのか。


「キミたちは目立ってボクの気を引くのが役目なんだからさ。本命は、こっち!」


 言いながら横合いから迫る黒タイツにバス停を振るう洋子ボク。片側に気を引かせて、死角から攻撃。ある程度知覚力の高いゾンビには通用するが、それを知っている人間には通用しない。VR闘技場でもやってたもんね、この戦法!


「……この程度は読んでくるか。予想通りだな」


 奇襲を仕掛けてきた【ダークデスウィングエンジェル零式】の隠密部隊はあっさり撤退する。洋子ボクのことは記憶にないはずだが、それでも戦いの記憶はあるのだろうか? それとも誰かの入れ知恵か。

 少なくとも必勝の策を破られた、という印象はない。洋子ボクを計りに来たようだ。どこまで知恵が回り、どこまで立ち回れるのかを。


「ふん。このプリティでキュートで天下無双の犬塚洋子に不意打ちなんか通じないよ。無駄な抵抗なんかやめて、おとなしく家に帰って、洋子ボクのかっこよさにきゅんきゅんしてるんだね!」


 言った後で『あ、それだと音子ちゃんの『命令』解けないから困った』って思いなおすけど、まあこれで引くとかはさすがにないだろう。……ないよね?


「ふっふっふ。まずは見事とほめておこう。しかしこれで終わりとは思わないでほしいでござる」


 およ? 上から声が聞こえる。そう思って視線を向けると、電柱の上に立っているニンジャっぽい恰好をした少年がいた。いや、マジでそういうしかない光景だった。ご丁寧に和風っぽいBGMまで流してる。


「拙者の名前はコリン・ジェイミソン! 【聖フローレンス騎士団】の隠密部隊第三位にして無敵のシノビ! 拙者の忍法こそ天下無双。この世に最強は二人いらぬと教えてやろう!」


 腕を組み、高らかに笑うニンジャコリン。あー、そう言えば音子ちゃんからちらっと聞いたことがあったなぁ。そういう子が【聖フローレンス騎士団】にいるって。いや、こういうこと言う子だとは思わなかったけど……。


「いざいざ正々堂々と来るがいい! 拙者は逃げも隠れもせぬ!」


 洋子ボクが銃を持っていたら、そのまま撃っておしまいの立ち位置。しかしハンター側は洋子ボクが遠距離攻撃手段を持っていないと踏んでいるのだろう。だからああいう真似をするのだ。


(普通に考えたら、罠だよなあ)


 目立つように気を引いて、不意を突く。さっきも受けた攻撃だ。その後だから悩ましい。果たして同じような作戦を二度も繰り返すだろうか?

 さっきと同じ手は食わないよ、と別方向をむけば実は本物だったパターン。

 裏の裏は表、とそっちに向かえばやっぱり不意打ちを食らうパターン。

 トラップの本質は心理戦だ。ドアの陰、足元、頭上……巧妙に隠されている罠の本質は『そこにはないだろう』という場所に仕掛けることだ。落とし穴一つにしても、場所を決めた瞬間に八割が決まる。

 Aと思わせて、実はB。この『思わせる』ことに力を注ぎ、思考を奪わせる。ここで『思わせ』ることができなければBの結果は見抜かれてしまう。


「ふははははは! おじけづいたかバス停魔人! こんな子供程度におびえてしまうなど貴様の強さも知れているでござる!」


 状況、戦いの流れ、そして言葉。それらすべてを使ってこのコリンというニンジャは洋子ボクを罠にハメている。罠を仕掛けるという本質が分かっている相手だ。突撃するのが安全か。無視するのが安全か。どちらかを決めることができない。


「ボクの強さが知れている? 言ったなガキんちょ、お尻ぺんぺんだ!」


 ――まあ、実際のところはシークタイム1秒未満で突撃決定なんだけどね。


 挑発にムカついたんじゃなくて、この罠の本質は『悩ませて洋子ボクの動きを止めること』と読んだからだ。外してるかもしれないけど、足を止めたらなんかやばそうなんで動くのみ!

 洋子ボクはコリンが経つ電柱――の陰に視線を向ける。そこに隠れている小学生っぽいニンジャの姿を捕らえた。


「ふ。ならば来るがいい。拙者はここから動かずにいてやろう。早く電柱の上に登って……あれ? もしかして拙者の位置バレバレ?」

「あんな所に立つのは中二病のコウモリ使いぐらいで十分さ。電柱の上にあるのは、シャドウワンか何かで作ったダミーなんでしょ」

「あばばばばば! ……いや、ニンポー・シャドウ分身とかそう言ってほしいでござる! なんでそんなマイナーアイテムのこと知ってるでござるか!?」


 だってシャドウワンは洋子ボクも使ってたもん。あと、高いところに立って何か言うのは、そういうのが決まってる子以外は心奪われないんだい!


「――まあ、ばれるのは予想通りでござるが」


 言うと同時に洋子ボクに向かって走ってくるコリンくん。両手にクナイをもって、洋子ボクに近接戦闘を仕掛けてくる。回転するクナイと低い背丈。加えて視線を隠すニンジャマスク。変則的な動きも相まって、次の動きが読みにくい相手だ。


「いや、実際迷いそうになったよ。見事見事! そして迷いなくボクに近接戦闘を挑む判断もたいしたもんだよ。ボクの戦歴コトは知ってるはずなのに」

「噂にたがわぬその実力。今まさに肌で感じているでござる。っていうかやべぇ。体術には自信があるのでござるが、あ、ちょい激しすぎるでござる」

「経験経験。キミも鍛えればいいところまで行くよ。もっとも、キミは体術こっちよりも罠のほうが主眼みたいだけどね」

「くっくっく。拙者の罠で右往左往している様子を見るのが最高でござる。さらに言えば、拙者の思惑通り罠にはまっていくのを見ると思わずガッツポーズしてしまうでござる」


 ニンジャマスクで顔はわからないけど、結構愉悦に浸った笑い方をするコリンくん。演技……だよね?

 洋子ボクのバス停は確実にコリンくんを追い詰めていく。体力、パワー、戦闘経験値。悪いけど、このまま戦っても洋子ボクが負けることはない。一歩踏み込み大上段からバス停を振るう。それで決着だ。


「――っ」


 その一歩踏み出そうとした足元に、着弾音が響く。ライフル。遠距離からの狙撃だ。乱戦中の洋子ボクを狙って外したのだろうか。ともあれとどめの一歩を押さえられ――


「…………」


 後頭部に迫る冷たい鉄の感覚。ぞわりと背筋を走る死神の愛撫。

 わずか一瞬足を止めた洋子ボクの背後に気配――ですらない予感レベルで、音子ちゃんが一撃必殺の暗殺用拳銃フィラデルフィア・デリンジャーを向けているのが分かった。

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