無音の狩人達

「ガスを用いた目標の誘導を行う」


 戦いの前、【ダークデスウィングエンジェル零式】のリーダーは山辺駅の俯瞰図に指で線を入れながら説明する。


「目標がガスの切れ目に気づかなければ、そのまま行動範囲を狭めるように展開。切れ目に気づき、走ってくるのならそこを襲撃。

 ガスで視界と体力を奪われているところを一気に叩く。こちらの隙をついたと思って油断したところに第二第三波を叩き込むのだ!」


 そしてその作戦に私――早乙女音子が導入される。【聖フローレンス騎士団】から三名。【ダークデスウィングエンジェル零式】から五名、【ハンドオブミダース】から二名。これらの見えない刃を波状攻撃で叩き込む。


 隠密部隊はすでに配置につき、駅の死角に紛れ込んでいる。合図を待ちながら、通信機越しに報告と会話を行っていた。


「些か過剰ではござらぬか? 不意を突いたのであれば、拙者とエヴァンス殿の二名によるゴールデンコンビで仕留めれぬ敵はござらぬ」


 言ったのは【聖フローレンス騎士団】のコリン・ジェイミソンだ。コリンが罠を仕掛けて足止し、エヴァンス・マッコイがライフルで撃ち貫く。息の合った二人の活動は、多くのゾンビを葬り【聖フローレンス騎士団】の戦歴を彩っていた。


「敵を侮るな、コリン。僕と君と、そして隊長の詳細な情報あっての【聖フローレンス騎士団】隠密部隊だ」

「まあ、『カゲネコ』の援護も、認めざるをえまいが」


『カゲネコ』……音子を示す通り名だ。音子本人はそれを名乗ったことはないが、わかりやすい通り名は便利ということで放置していた。


「ありがとうございます……。状況報告を」

「01、所定の位置を確保」

「02、罠の設置完了でござる」


 音子の言葉に即座に応えるエヴァンス01コリン02。体長である音子に対して個人的に思うところはあるが、それと仕事は別である。少なくとも音子以上の隠密活動や情報収集は自分達にはできない。


「『炎を生みし者フレイムクリエイター』による攻撃開始。目標移動開始」


 通信に割り込むのは【ダークデスウィングエンジェル零式】のリーダーだ。炎を生み出すガスの配置は彼が考えた。もし目標が隙間に気づいて飛び込んでくるならそこを迎撃。気づかなければ、散会して次の作戦に移る。その判断をするのが、彼だ。


「来るかどうかは五分五分だ。だが頭は回るらしいから、ガスの隙間に気付いてくれる可能性は高いと思っている」

「……そう、ですね。まず気づくでしょう」


 リーダーの言葉にうなずく音子。


「その上で、こちらが待ち構えていることを看破していると思います」


 音子の言葉。しばしの沈黙。音子は通信機越しに息をのむ気配を感じた。


「気づかれてる、だと?」

「はい……。目標はガスの隙間に気づくでしょう。そのうえで考察するはずです。子の隙間は誘いではないかと。囲いを作って隙間に誘導し、そこで音子達が待ち構えていることに気づいている可能性は高いです」

「何故そう思う?」

「戦歴、会話、そして今見た動き。……それから、判断しました」


 音子は先行して情報を入手することの重要性を理解していた。見た資格情報を、聞いた聴覚情報を、鼻腔をくすぐった嗅覚情報を、肌で感じた空気を。それらを精査し、分析し、そして判断する。そして正しい情報を伝えるのが先行の役目なのだ。


『ボクは何もかも知っているけど、それはそれ。知識と経験は違うんだ。実際に感じた情報こそが判断基準。音子ちゃんはその経験を多く積んでほしいな』


 記憶に残る言葉。それを教えてくれたのは誰だろう? 音子はその人物を思い出せない。とても厳しい修行方法で、死すら感じたほどの内容だったはずなのに、教えてくれた人の事は欠片も思い出せない。


『一つの現象を一つの観点だけじゃなく、あらゆる方向から見る。あのゾンビは力が強い? 足が速い? そんな肉体的だけじゃなく、獰猛でとびかかってくるか、仲間を呼ぶか、毒をばらまくか。そう言ったこともしっかりと見て判断する。

 そのための経験。そのための勉強。経験の数だけ判断基準が増えて、知識の数だけ見る角度が増える。ただ経験するだけじゃ意味がなく、ただ机の上で本を読んでも知識は生かせないんだ』


 その教えは、音子を今も支えている。どんなものでも見る癖をつけて、どんな知識でも吟味してみる。一点突破に深くではなく、広く知識を広めてそこから技術を極めていく。

 その基礎があるからこそ、エヴァンスの位置取りはすごいと思うしコリンの罠を作るセンスは感嘆する。音子にはそこまでの技術はないけど、それを理解して最適な作戦を立案できる広い知識と経験がある。


「ということは、こちらに来ないか。なら撤収の――」

「いいえ。来ます」


 撤収の用意を、という言葉に割り込む音子の言葉。

 あの目標はこちらに来る。それを確信した声。


「……どういうことだ? 相手はこちらの罠に気づいているのだろう?」

「はい。目標は……こちらの作戦に気づいています。ガスを抜けたところに我々が配置されていることは理解しているのでしょう。

 


 喋る音子には、ある種の確信があった。

 相手の名前はわからない。相手の素性はわからない。相手の目的はわからない。

 だけどあのバス停を持つモノは、確実にこちらの思惑を見抜きそしてその罠にはまる。否、罠に踏み込んでそのまま踏みつぶそうとする。

 リスクとリターンを考慮してあえて危険を冒す、と言うのではない。そういう理由があるかもしれないが、根本的な部分はもっと別。


「馬鹿なのか、相手は」

「はい」


 頷く音子。


「相手は危険性を理解しています。その上でこちらに挑んでくる愚者です。

『来るなら来い。どんな策を仕掛けようが全部踏み抜いてやるから』……そんな精神ではないかと」


 音子の知識と理性は、相手は気づかれているから来ないと判断していた。この程度の事を見抜く洞察力がなければ、ハンター達をここまで狩ることなどできない。時間は有限だ。撤収して次の作戦に移るべしだと。

 だが、それ以外の何か。音子自身理解できない第六感といった何かがその考えを否定していた。あれはこっちに来る。罠と知りながら、それを踏み抜こうとやってくる。リスクリターンではなく、きっともっと単純な理由で。


『隠密を得意とするチームに、隠密勝負で勝つ!』

『これこそ、完全勝利だよね!』


 記憶に残る声。誰かわからない人の声。自信満々に相手の流儀に合わせ、そしてそれを乗り越えた音子の指標。確か【ダークデスウィングエンジェル零式】とVR闘技場で戦う前に聞いた声。誰が? 思い出そうとするとめまいがする。


「…………っ」


 眠気にも似た倦怠感を振り払い、思考を現実に戻す。理由はわからない。だけど相手はこちらにやってくる。移動するよりも、ここで待ったほうが勝つ確率は高くなる。


「……信じられませんか?」

「いや信じよう。仲間を信じることを忘れれば、いずれ自分を信じられなくなる。信用とは呼吸だ。無意識に見えて、奇跡的なバランスで成り立っている」


 なんだかよくわからない詩的なことを言う【ダークデスウィングエンジェル零式】の人。こういう時は適度にスルーすべしと知り合いのコウモリテイマーさんから教えてもらっていた。まだこの道に踏み込むには早い、と。よくわからないけど


『目標、ガスの切れ目に突入しました!』


 通信機から聞こえてくる声。バス停魔人がこちら側に近づいてくる。その報告だ。


「総員、迎撃態勢に移れ」


 無音の狩人達が、動き出す――

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