ボクはクロネコパーカー娘と話をする

「山辺駅ー、山辺駅ー」


 駅のアナウンスを真似て駅構内に入る洋子ボク。時刻は朝日が昇り始めたころ。電車が運営されていたのなら、もう電車が動いている時間。だけど電車を動かす人はない。

 連絡通路もないローカル路線の駅。戦場となるのはホームと電車が来ない線路、といった障害物のない広々ステージ。ここから少し先に行ったところにあるトンネルまでがワンステージだ。トンネルは途中で崩れており、足場も悪く暗闇の中でゾンビに襲われる厄介なステージになる。


「あらま。みんな早起きだねー」


 洋子ボクの活動が有名になったこともあり、予告した場所にはすでに何名かのハンターがいた。謎の『バス停魔人』(この名称は異議在りなんだけど!)を見ようと集まってくるのだ。

 ……有名になったのはいいんだけど、ここから離れると忘れちゃうのがネック。もっと洋子ボクを見てほめてほしいのに。かわいいって褒めてほしいのに! 正直、『命令』で一番腹立ってるのはここだ。


「おのれ小鳥遊。ボクの認証欲求を邪魔するなんて、酷い策士だな」


 まあ、洋子ボクの魂が分離して太極図から逃れるとか思いもしなかったんだろうけど。それでも許すまじ。

 話を戻すと、わざわざ洋子ボクに会いにやってくる人達がいるわけだ。それらはだいたい三種類に分けられる。


「あれがバス停魔人……」

「本当にバス停持ってるんだ……」

「っていうか、何なんだよ、この感覚。いるのわかってるのに、覚えられれねぇ」


 パターンそのいち、遠目に洋子ボクを見に来た野次馬。いろいろ有名になっている上に、ご丁寧に予告まで出しているのだ。半信半疑でそれを見に来ようという人間は少なくない。

 ただ『命令』の影響で洋子ボクの事を覚えることができない。ここにきゃわわでぷりてぃできゅーとな洋子ボクがいるという認識はできるけど、ここから離れれば忘れてしまうのだ。


「やーん、もっと見て見てー」


 ファンサービスとばかりに、回転したりポーズを取ったりする洋子ボク。こいつ変な奴だな、とか顔されるけどそれも覚えられることはない。仮に殴ったりしても洋子ボクの姿は記憶には残らないらしい。なんでそんなことがわかるかっていうと、


「はん。バス停持った女なんざ、一捻りだ」

「どけどけぇ! 撃たれたくなかったら離れてろ」


 パターンそのに、洋子ボクに喧嘩を売りに来た連中。噂のバス停魔人を倒してハンターとしての名をあげようとする者たちだ。実際、ハンター委員会からは倒したものにはそれなりに優遇するとか言ってるらしい。


「次にキミは『なんだ女か。いい胸してるな。倒したらいろいろ楽しませてもらうぞ』って言う」

「なんだ女か。いい胸してるな。倒したらいろいろ楽しませてもらうぞ。……ハッ!?」

「さらにキミは『女ごときがいい気になってるんじゃねぇ。調子に乗るな』って言う」

「女ごときがいい気になってるんじゃねぇ。調子に乗るな! ……な、何故俺のセリフがわかる!?」


 いやまあ、だってこの男が喧嘩撃ってくるのってこれで四度目だもん。しかも毎回毎回同じこと言ってくるからもう飽きた。

 毎回毎回秒殺されて、しかもそれを覚えない。『バス停に負けた』という薄ぼんやりとした記憶は残るらしいけど、どういうふうに負けたかは覚えていない。後藤みたいに『勝ち負けにこだわる』タイプなら負けたと認識して身を引くんだろうけど、


「俺はお前を倒してバズるんだよ! 覚悟しろ!」


 こういう『勝ち負けとかどうでもいい』タイプは負けたことを忘れて何度も挑んでくるのである。あー、めんどい。


「はい、勝ちー。誰か連れて帰ってよね」


 戦闘シーン省略そんなこんなで、開始二〇秒で五名のハンターを倒して勝利する洋子ボク。でも覚えないんだろうなぁ。今度から負けた相手の頭に印として落書きでもしようかな?


「…………」

「無駄のない動き。そして容赦のない一撃」

「銃をああいうふうにかわすとは、手慣れた動きでござる」


 そしてパターンそのさん。洋子ボクを観察するもの。野次馬と違うのは動画にとったりメモをしたりと洋子ボクの動きを事細かに記録しようとすることだ。ただまあ、そのメモや動画さえも『命令』の効果で農内には記憶されない。

 ただ『こういう動きができる』『こういう攻めが存在する』というのは記録できる。それを基に戦術を立てることができるので、決して無駄ではない。そしてそれを行っているのが、


「やあ、勉強熱心だね。確か【聖フローレンス騎士団】だっけ?」


【聖フローレンス騎士団】所属の隠密部隊。小学生と思われる三人だ。男子二人と女子一人。スナイパーとニンジャ、そして黒猫パーカー。


「……はい。そちらもこちらの事を、知っているようですね」


 その黒猫パーカー女の子、早乙女音子が洋子ボクに話しかけてくる。上目づかいでこちらを警戒しながら、会話から情報を得ようと距離を詰めてくる。


「知ってるというか、まあいろいろと」


 いろいろと。

 かつて洋子ボクとキミは同じクランで一緒に戦ってて、音子ちゃんの成長をずっと見ていて、いまこうして敵対しているけどその姿はすごく嬉しくて。空気読まなくていいなら抱きしめたいぐらいで。


「なるほど、ハンターの経験がおありというのは偽りなさそうですね。ハンター委員会から記録を消すほどの情報操作に加えて認識能力を狂わせて情報そのものを隠ぺいする能力。

 その戦闘力も含めて、最優先で片付けなくてはいけないようです」


 はきはきと、表情を平坦にして喋る音子ちゃん。

 その奥にあるのは、強い責任感。今自分がこうしないと迷惑がかかるという思い。ここが正念場だと無理して喋っている。

 不安げに何かを抱くように自分を触り、こちらから目を逸らすまいと力を込めている。彼女を何も知らないなら、強い責任感で動いている子。まだ幼いのにたいしたものだと褒めてあげただろう。


「ネコ、可愛いよね」

「は? いえ、このパーカーは隠密装備で――」

「かわいいかわいいかわいい! ネコ可愛い! ネコまっしぐら! キミ、ネコ飼ってるの? ネコ大好きな顔してるし、そうなんでしょ?」

「あ、はい……いえ、そういうのでは、なくて」


 だけど違う。そんなのは音子ちゃんじゃない。

 洋子ボクが知っている音子ちゃんはネコが大好きで、そのためにハンターをしているような子だ。余裕があればどこかでネコを撫でてほっこりしているような、そんなネコ好きの子だ。

 一生懸命のオンオフができないから、誰かがストップかけないと黙々と動いちゃう。責任とか背負うともうドツボ。その重さが限界だと気づかないまま、さらに荷物を背負って自分を追い込んじゃう。


(まあ……こうなった責任はボクにもあるんだけどさ)


 半年間音子ちゃんを放置してしまったのは、洋子ボクだ。音子ちゃんだけじゃない。ミッチーさんも、そして福子ちゃんも。失った時間は戻らないし、それを攻められればもう謝るしかできない。


「ボクの事を知りたいなら、好きなだけ見て行っていいよ。いくらでもサービスするから」


 どっちが正解なのかはわからない。【バス停・オブ・ザ・デッド】での生活が音子ちゃんにとって幸せだったのか、今の【聖フローレンス騎士団】で隠密部隊を率いるのがいいのか。そんなのは音子ちゃんが決めることだ。

 だけど『命令』で片方を忘れているのは、反則だ。選択肢を強制的に排除されているのだから。

『命令』を解除してそれでもなお【聖フローレンス騎士団】に残るのなら、それを止めることはできない。そうなると最悪小鳥遊に洋子ボクが『命令』を解除する方法を持っていると知られるわけだけど、それでもいい。


「……はい」


 この無表情に見えるけど責任で押しつぶされそうな少女を放置することは、洋子ボクにはできそうにない。


「お礼に、忠告します。今夜、貴方をここで捕まえます。お覚悟を」

「うん。楽しみに待ってるよ」


【ダークデスウィングエンジェル零式】【ハンドオブミダース】【聖女フローレンス騎士団】……三クランの連合チームと洋子ボクの激突は、今宵。

 その戦闘に乗じて、音子ちゃんを取り戻す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る