三つのクラン集いて

 橘花学園の一室。二階の空き教室に総勢三十名近くのハンターが集まっていた。


「それでは会議を始めます」


 会議の音頭を取ったのは【聖女フローレンス騎士団】のクラン代表。フローレンス・エインズワース。彼女がこのハンターの指揮を執ることはここに集まる皆が了承している。クランメンバーの練度と彼女自身の統率能力と慧眼は誰もが認めるところだ。


「はい。まずは目標である『バス停』のスペックです」


 今回の目標である犬塚洋子……誰もその名前を知らず、そして思い出せないがゆえに呼称は『バス停』となっているその人物を調べたのは【ダークデスウィングエンジェル零式】のクランリーダー四谷・和馬。とある事件でクランリーダーが引退し、その後を引き継いだのが彼だ。若いながらも新型ガスを開発し、それを武器に多くの実戦を潜り抜けた猛者である。


「確かに並々ならぬ実力のようだ。だがここに集まった精鋭がそれに劣るとも思えんな」


 そして【ハンドオブミダース】の代表の十条・金吾。充実した装備かきんあいてむを中心に金銭面でのサポートを充実させたクランである。メンバーもその恩恵を受けているが、単に財政に傾倒したクランではないことは彼らの経歴を見れば明らかだ。


「十条様、わかって入ると思いますが油断大敵です。我々が相手するのは未曽有の相手。しかしそれに恐れることなく剛毅健啖に挑み、明鏡止水の精神で意気揚々と挑みましょう」

「『バス停』の心に如何なる闇が潜んでいようと、我らが団結すれば晴らせぬものではない。このガスは闇を晴らすガス。そしてこの手は未来をつかむ手だ」

「ミーは実力的には後方支援となるが、メンバーたちは選りすぐりだ。現在新区画を攻略中の【ナンバーズ】に負けず劣らずと言ってもいいだろう」


 会議は進む。互いが互いの長所を主張し、足りない部分を補うようにしながら。


「では先行部隊は【ダークデスウィングエンジェル零式】を中心にして、【聖女フローレンス騎士団】から1チームを出す形で」

「『バス停』をガスで包囲しつつ、【ハンドオブミダース】のメンバーを中心に追い詰めていきましょう」

「ダメージを受けたものは【聖女フローレンス騎士団】の聖盾部隊が回収していきます。攻撃はお任せします」


 互いの特色、互いの利点。それらは皆事前に調べていた。そう言った事前の調査もあって会議は滞りなく進む。

 情報入手班、攻撃班、そして防衛班。それぞれのメンバーを役割ごとに割り振り、そして各メンバーの顔通しとなる。


「【聖女フローレンス騎士団】の先行部隊隊長、早乙女音子です。よろしくお願いします」

「【ダークデスウィングエンジェル零式】代表の四谷和馬だ。話はかねがね聞いている」


 先行部隊として顔合わせをした音子と和馬。

【ダークデスウィングエンジェル零式】はその大半が隠密に割り振られている。情報入手もあるが、不意打ちで一気にゾンビを駆逐する戦術だ。


「はい。音子も皆様の実力は知って――」


 います、と言いかけでどこで知ったのかを思い出そうとする音子。


(あれ? 【ダークデスウィングエンジェル零式】と、勝負したことが、ある……どこで?)

(VR闘技場で、病院で、第一回戦、その時音子は、クランに入っていたはず、だけど)

(その時は言っていた、音子のクランの名前――お も い だ せ な い)


「おい、大丈夫か!? 顔が青いぞ!」

「いえ、大丈夫……大丈夫、です」


 和馬に肩をゆすられて、音子は我に返る。無意識にストッパーがかかり、それまで何を考えていたかを忘れる。触れてはいけない領域。思い出してはいけないこと。


(バステト様、音子は正常です。今日もネコの夢に導いてください)


 目を閉じて、深呼吸する。信じる神様の名前を心の中で唱えて、そして目を開けた。だいじょうぶ。もう、なにもこわくない。


「音子は隠密兼不意打ちの暗殺。エヴァンス君は隠密兼狙撃。コリンズ君は隠密兼各種罠設置です。情報収集と同時に仕掛けていく形です」

「そうか。まだ幼いながらも見事なチームだ。こちらはガスを中心とした広範囲制圧系。地獄の業火が闇を払うと約束しよう」


 詩的な表現をする和馬。……はっきり言えば中二病である。慣れてない人が聞けば信用を失う言動だが、音子はそれを奇異には捕らえなかった。そういう人を知っている。


(福子おねーさん。どこで知り合ったのかは思い出せないけど、おねーさんがいたから音子は戦えるようになりました)

(だけど、本当に音子を救ってくれたのはお床にこの本を譲ってくれた人。バステト様の本を渡してくれて、隠密の大事さを教えてくれた人)

(あのひとに、もう一度会えたら言いたいです。音子は、ここまで強くなりましたと)


 思い出せないあの人。本当に自分を救ってくれたあの人。戦う一歩を導いて、自分を鍛えてくれたあの人。

 その顔も面影も思い出せないけど、もし会えたらお礼を言いたい。そして願わくば一緒に歩んでいきたい。


 なんて皮肉。これから音子が相対するのはその恩人である犬塚洋子なのだから。

 だがそれはここにいるメンバーにも当てはまっていた。


(この動き、この攻め方。私はこれを知っている。いいえ、これを目標にしていた気がする。どこで知ったのかは知りませんが)


 フローレンス・エインズワースはかつて犬塚洋子と戦い、その背中を追いかけて強くなった。己の持つスキルに傾倒してわがまま放題だったフローレンスは、犬塚洋子を倒すべくクランを再結成した。


(かつての隠密作戦では意味がない。常にアップグレードしていき、思考を止めずに考えていかなくては)


 四谷和馬は【バス停・オブ・ザ・デッド】に挑み、隠密合戦で完全敗北した。絶対の自信をもって挑んだ奇襲を予測され、ガス勝負や隠密合戦でも敗北した。その敗北で心を折られ、そして立ち上がったからこそクランリーダーとしてクランを率いている。


(金だけでは意味がない。充実した装備とそれを扱う実力。それこそが王たる資格)


 かつてはお金による充実だけで戦っていた十条金吾は、犬塚洋子と出会って金以外の価値を知った。お金ではどうにもできない事があるも知り、クランメンバーを充実させていった。お金をないがしろにせず、しかしお金だけに頼らないようになった。


『命令』により犬塚洋子の事を思い出せないが、それでもその根底にあるのは犬塚洋子に敗れたことだ。バス停でかつての自分を打ち砕かれた彼らは、そうして得た新たな価値観を持って犬塚洋子に挑む。

 彼らはそれに気づかない。気づく由もない。ここに彼らが集まったのは、正体不明のバス停使いを相手に恐れずに挑むだけだ。相手の実力を正確に把握し、年光に計画を練り、そしてこのクランとなら手を結べると信用できるだけだ。


 運命か、偶然か。それは誰にもわからない。

 ただ心の赴くままに、彼らは犬塚洋子に挑む。

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