ボクは新装備に身を包む

「いてててて……!」


 傷口を手当てしながら、洋子ボクは痛みに悶えていた。昨日の【バレットウルフ】との交戦で受けたダメージだ。いくつかの銃創に消毒液と医療用の絆創膏を張っていく。

 学園の施設やAYAMEのウィルス操作能力を使えばそんなに苦労なく癒せるダメージだけど、その両方がない以上はこういう形で治療するしかない。弾丸は体内に残っていなかったのが幸いだ。


「さすがに連戦はつらいかな? でもまあ、予告はしたもんね」


 倒した【バレットウルフ】のハンター達の頭に『明日は山辺駅だよ』と書いた付箋を張ったのだから、行くしかない。とにかく多くのハンターを引き付けて、味方になりそうなハンターを集めないと。


「言っても、二人だけなんだけどね」


 洋子ボクが『命令』を解きたいのは福子ちゃんと音子ちゃんの二人だ。『命令』解除できる人数は絞ったほうがいい。目的に対する説得なども考えれば、やっぱり気心が知れた【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーが一番だ。


「小鳥遊の性格から、そろそろボクのやりにくい相手を持ってくると思うけど」


 あの野郎の性格を表すなら、合理主義だ。少ない労力で最大の恋率を得ようとする。時間系能力を持っていて『時間を遡って事態を修正』できるからこそできる無駄のない行動。今この瞬間も実は『何度か修正されてあいつの掌の上』の可能性が否定できない部分はある。


「過去修正とか、厄介なんだよな。いっそ『時よ読まれ!』とか言って目の前で時間を止めて殴ってくるとかのほうがやりやすいんだよ!」


 それはそれで面倒だけど、殴る相手が目の前にいる分やりやすい。こういう焦れるような状況がストレスたまるんだよう。焦っちゃ負けだと分かっているけど、それでもこういう戦いは苦手だ。


「アピールのターンは終わったし、そろそろこいつらも解禁していくか」


 洋子ボクは車の中に投げ込んであった装備品を見る。不死研究者のところからパチってきた装備品だ。<AoD>でも最後近くに出てきた武器で、効果はかなり面白い……っていうか開発陣も銃偏重の状況を打開したかったのがわかる効果だ。


 まずはこの暗殺ブーツ。茶色いローファに見えるけど、かかとの部分にダガーが仕込んである。ブレードマフラーと同じく移動時にナイフで攻撃できる逸品だ。足音とか隠密には全く向かないので、その辺は注意が必要になる。


 ついでフログレンスマフラー。攻撃力は皆無だけど、ウィルス防衛能力がものすごく高い。加えてリラックス効果のある香水がしみこませてあるとかいう設定で、精神的なパニックに陥る確率を減らしてくれる。洋子ボクの性格によるデメリットを軽減してくれる一品だ。


 最後にセーラー服。これ自体は普通の橘花学園と同じものだが、特殊繊維配合とかゾンビウィルスを練りこんだ染料とかそんな感じで耐久力や移動速度がブーストされている。AYAMEの超パワーもそうだけど、何でもかんでもウィルスを関係させたらいいと思うなよ、運営。


 見た目はハンターをやっていたころとあまり変わらない。っていうか、全部見た目で選んだ。だって洋子ボクがきゃわわなのが大事なんだもん! 性能とかはプレイヤースキルでどうにかなる!


「まー、でもコスプレもいいかも。パワードスーツを着こんでメカ少女洋子ボクとか、黒ナース着てヤンデレバス停看護婦とか。バス停持った黒ナースの洋子ボク。ありじゃね!? 超ありあり!」


 想像してやっばい姿になったのに気づく洋子ボク。早速着替え始める。思い立ったが吉日だー。


「あー、でも病院で着たほうがそれっぽいかな? 山辺駅で着るなら車掌服とか? あまり可愛くないなぁ」

「むしろ駅に黒ナース服という場違いな格好だからこそ、恐怖が生まれるのだろう。怪異とは現実の剥離化だ。現実的にあり得ないからこそ、人は恐怖する」

「あー。たしかにそうかも。こんなところにいるはずないのに、っていうのは確かに怖いよ――ね?」


 セーラー服を脱いだまま首だけを傾けて声が返ってきた方向を見る。

 そこには戦国人斬ガールこと八千代さんがいた。服を脱いだまま固まる洋子ボク


「なんでここにいるのさ?」

「先日この付近で暴れたことは耳にしている。近くにいるのでは、と推測しただけにすぎん。おらずとも、少し長い散歩と共えば腹も立たん。

 腹いせに次あったときに斬りかかればいいだけだからな」

「いつもの事じゃん」


 もそもそとセーラー服を着なおす洋子ボク。質問に答えてほしいので、言葉をつづけた。


「なんでボクに会おうと思ったのさ? 小鳥遊に隙を見せないように接触は控えようって話じゃないか」

「私は不死の特性上、『命令』にはかかりにくい。加えて殺されたとすればその存在を乗っ取るからな。私がこの姿である以上、安心ということだ」

「そりゃ八千代さんは過去に戻ってもい『命令』できないから安全圏だろうけど。それでも危険が危なく険しいってことは理解してよね」

「頭が頭痛で痛い表現だな。何、伝言をいくつか持ってきただけだ。メールのやり取りも避ける状況だからな」


 小鳥遊が洋子ボクの存在に気づけば、洋子ボクの知人の動向ぐらいはチェックするだろう。スマホの情報ぐらいは盗みかねない。


「先ずは綾女殿からだ。寂しいから会いに行っていい、という類の言葉をかなりもらった。こちらに全部入っている」


 手渡されるのは、細いボイスレコーダー。この中全部がAYAMEのメッセージって言うか愚痴なのか。聞くのも怖いけど聞かなかったら怒られそうだ。覚悟して受け取った。


「カオススライムからは何時か殺す、ナナホシからは落ち着いたら再戦を求める、パンツァーゴーストからは研究所で奪った新装備で対戦してやってもいいぞ。大まかそんな言葉だ」

「あいつら……」


 不死研究所内で装備をパチクったのは洋子だけじゃない。カオススライムは増殖用細胞をたくさん手に入れて元の姿に戻り、ナナホシも新種の毒を手に入れた。パンツァーゴーストに至っては重火器類をほぼかっさらい、ドローンや戦車に引っ付けたという。『命令』が解けた今、積極的にハンターを襲わずに洋子ボクとの再戦を望んでいるとか。

 

「まあ、クリア後のEXボスと思えばいいや。うん。

 っていうか、八千代さんも再戦求む組なんじゃないの?」

「無論だ。むしろ綾女殿が先という順番は譲ったのだから、次は私だろう。綾女殿を伏した攻撃は見事だったと聞いているぞ」

「ヤだよ。あんなのもう無理」

「ふむ。やはり犬塚殿は精神状態に左右されるな。襲えば反応はするが、それでは面白くない。敵対するしかない状況を生み出すしかないか。追いつめられた瞬間を襲うあたりか」


 何真剣な顔で怖い事言ってるのさ、この女。


「伝言はそれだけ? じゃあもう帰ってよね」

「そうだな。四谷殿からの伝言を告げて帰るとしよう」

「ファンたんの?」


 うむ、と頷いてメモ用紙を広げる八千代さん。小さい紙で、広げてもB8サイズの半分ぐらいしかない。めちゃくちゃ小さい。


「伝書バトでのやり取りとか言わないよね、それ」

「まさか。矢文だ」

「……マジ?」

「さてどうだな」


 本気にしそうになる冗談はやめてほしい。


「【聖女フローレンス騎士団】が犬塚殿と戦うために動いたそうだ。そこに早乙女音子の存在も確認している」

「……おお」


 音子ちゃん。クロネコっぽい小学生隠密少女。

 洋子ボクのクランの一員で、彼女がこっちの味方になれば情報面でかなり有利になる。


「とはいえ、楽な戦いではなさそうだな。複数の有力クランとの連合軍だ。

【ダークデスウィングエンジェル零式】【ハンドオブミダース】【聖女フローレンス騎士団】。それらの精鋭が集まる形だ。数で押さないあたり、犬塚殿を理解していると言えよう」

「毛色の違うクランの精鋭が、あの聖女様に指揮されるのか……。うわ、面倒だ」


 そして勝利条件は相手の全滅ではない。音子ちゃんをうまく隔離して、『命令』を解かないといけないのだ。当然、誰にも気づかれないように。

 味方はいない。今このタイミングで頼るわけにはいかない。洋子ボク一人で戦わないといけないのだ。


「ま、何とかなるか。問題ない問題ない!」


 必殺『深く考えない』を発動させ、洋子ボクは頷いた。どうにかなるさ!

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