ボクは【バレットウルフ】と交戦する

 商店街にいる【バレットウルフ】の残数は十三名。

 先行部隊が三名。実働部隊が九名。スナイパーが一名。実働部隊のうち三名がスナイパーの防衛に回っている。

 先行部隊の情報とスナイパーの目を受けて実働部隊が展開。スナイパーでの狙撃及び実働部隊の射撃で獲物を倒す。そんなクランだ。


「こういう時、一番されて困るのはやっぱりアレだよね」


 一番困るのは、敵の情報が手に入らないことだ。事、スナイパーは遠距離からの狙撃が基本。キロメートルレベルで離れた相手を撃つのだから、相手の位置が正しくわからなければ何の役にも立たない。数キロ離れた場所の人間の姿を情報なしで見つけるなんてなんとかをさがせ激ムズモードだ。


 商店街自体は狭いし構造も単純だけど、逆に言えばスナイパーが陣取れる場所も特定しやすい。おそらくは建物の上を撃ちながら移動しているはずだ。先行部隊の情報を頼りに、実働部隊で追い込むように。


「というわけで――」


 商店街の角に隠れるように移動し――すぐにUターンする。角に姿を消した洋子ボクを追うように小走りにどうしていたハンターと目が合った。こちらの意図を察し慌てて踵を返そうとするが、反応が少し遅い。


「先ずは一人!」


 不意を突いたのと、移動を重視していたため軽装だったことがアダとなったのか洋子ボクの一撃でノックアウトされるハンター。ここで足を止める余裕はない。後藤かほかの先行部隊は洋子ボクの意図に気づいたはずだ。


「『目』をつぶそうと分かったら、当然それを警戒するよね」


 まずは先行部隊をつぶして、情報遮断を狙っている。相手がそうすることが分かれば、当然先行部隊を実働部隊にガードさせようとする。

 つまり、実働部隊と先行部隊が固まることになる。


「簡単に合流なんかさせないよ!」


 先行部隊に合流するために移動を始める【バレットウルフ】の実働部隊。連中も警戒を解いたわけではないだろうけど、洋子ボクを追い詰めようと構えていた時よりは、警戒が緩んでいた。

 移動して近づいてくる洋子ボク。それに気づかないはずがない。だけど迷いが見れた。


『この移動は自分を狙っている』のか。あるいは『先行部隊を狙っている』のか。


 洋子ボクの狙いが先行部隊をつぶすのだ、と思っているのなら後者を選ぶ。だけど、そう見せかけて自分を狙っているのかもしれない。自分を狙っているのなら警戒を高めるべきだし、仲間を狙っているのなら急ぎ合流すべきだ。


 スナイパーという立場で戦場を俯瞰している後藤でさえ、判断に悩むだろう。現場の人間がその二択を悩むのはどうしようもないことだ。制限時間付きの二択。誤れば仲間やクランに大損害。そのプレッシャーも躊躇する要因となっていた。


(福子ちゃんやミッチーさんなら、迷わず迎撃してたかな)


【バス停・オブ・ザ・デッド】の先行役である音子ちゃんなら、よほどの相手でもない限りは逃げ切れる。実力に対する信頼があるから選択も早い。【バレットウルフ】のメンバーに信頼がないとは言わないけど、


「迷った時点で、君の負けさ!」


 おそらく、もう数秒余裕があれば彼らも判断できただろう。それだけの絆があることは、動きを見てわかった。だけどその時間は与えない。連携だって動くのが【バレットウルフ】の強みだ。それを崩せば、その強みは消える。


「んじゃまあ、どんどん行くよ!」


 時間を与えれば判断の余裕を与えてしまう。相手にターンを与えてしまえば、逃げ道を防がれてライフルで狙撃されるだろう。なので速攻あるのみ!


「来たか、バス停!」


 時に先行部隊を、時に実働部隊を。相手に判断を与える余裕を与えずに、確実に仕留めていく。


 さすがに残り数名になれば【バレットウルフ】も落ち着いてくる。後藤への守りを放棄し、完全攻めモードで迫ってくる。こうなると迷うことなく洋子ボクを迎撃するだろう。


「ま、一対一じゃ洋子ボクには勝てないけどね!」


 狙撃手である後藤がどこから狙ってくるかを意識しながら、残ったハンター達と相対する。一番怖いのは、戦っているときに狙撃されること。意識外からの攻撃なんか、撃たれた瞬間に終わってしまう。

 当然【バレットウルフ】もそれを狙っているだろう。後藤の位置を確認し、射線を通しやすいように戦おうとする。


 だからこそ、狙撃手ごとうの位置は把握できる。


 実働部隊の動き。追い込みたい場所。そこに撃ち込むにはどこに陣取ればいいか。商店街のマップを把握し、ゲームのデータを思い出し、自分ならどこで撃つかを考えて。


「やっほー。チェックメイトかな」


 商店街のビルの上。コンクリートに溶け込むような灰色のローブ。それを纏った後藤に挨拶をする。ライフルの重さを考えれば、相手が動くより先にバス停を叩き込める距離だ。


「宣言にはまだ早いぜ」


 それは後藤もわかっていたのか、懐からサブ武器の拳銃を取り出し、撃ち放つ。それを横っ飛びで回避し、物置の陰に隠れた。


「立派なクランだよ。ただ群れてるだけのハンターにはできない動きだったね」

「嫌味か。それをあっさり突破しやがって。積み上げた自信が崩れた気分だ」

「本音さ。何度か立て直されそうになったしね」


 嘘ではない。あと数秒時間を与えれば落ち着きを取り戻されて、こっちが攻められただろう。


「でもまあ、これで終わりは変わらないかな。宣言通り、倒させてもらうよ【バレットウルフ】。攻撃の要である君を倒せば勝確だね」

「……貴様、何物だ? ハンターを殺すでもなく、襲い掛かるとかわけがわからん。その実力も知識も、今までのゾンビや彷徨える死体ワンダリングとは別格だ」

「この期に及んで情報を得ようという姿勢は立派だね。その前向きな精神に免じて名乗ってやるよ。どーせ覚えてられないんだろうけど」


 言って物陰から出る洋子ボク。銃口がこっちを狙っていることを意識しながら、バス停を構えて胸を張った。


「ボクの名前は犬塚洋子! バス停を使うきゃわわで奇麗で可憐でスイートなゾンビハンター! 愛くるしくて香ばしい誰もがうらやむ天真爛漫なJKさ!」

「なるほど、バカか」

「ひっどいな! ってわお!?」


 名乗り終わるまで待っていた後藤は、これ以上の会話は無意味と判断したのか引き金を引く。バス停の時刻表示板を盾にしてそれを弾き、一気に距離を詰めた。


 残り五歩。弾丸が型と足をかすめるが、気にせず突っ走る。


 残り三歩。銃を捨て、手の日乱獲していたカランビットナイフを構える後藤。その用心深さに驚く洋子ボク


 残り一歩。踏み込んできた後藤にバス停を振るう。思ったより早い。ナイフが腕と胸を割く。だけど――浅い!


「どりゃああああ!」


 後藤の胴にバス停をぶち当てる。その一撃でよろけたすきを逃さず、蹴りを放った。腹部に叩き込まれる重い蹴りが、後藤の意識を刈り取る。


「予想外の抵抗だった……。ライフル使いなのに近接戦闘もできるとか反則じゃん!」


 おそらく接近された時のことを想定して、装備や訓練を用意したのだろう。

 ……それが洋子ボクに触発されて行ったのだとしたら、悪い気分ではない。ないんだけど、痛いものは痛い!


『リーダーの後藤は討ち取ったよ。仲間を連れて撤退するなら、好きにしな。だけどまだ続けるなら最後まで付き合うけど、どうする?』


 後藤のスマホを通して【バレットウルフ】のクランメンバーに問いかける。これ以上の戦闘は無意味だ。……この傷で戦うのも楽じゃない、ていうのもあるけど。


 この連絡から数分後、【バレットウルフ】は山田川商店街から撤退する。

 彼らへの評価は『バス停から逃げかえった臆病クラン』と『バス停と戦い、初めてバス停にくくられなかったクラン』の真っ二つに分かれたという。


 ……後藤の『命令』だけでも解いてもよかったかもー。だけど正直余裕はなかったんだよなぁ。

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