ボクを狙うハンターは

「小鳥遊もそろそろ本気になってくるかな」


 ハンター委員会の動きをSNSで知り、洋子ボクの作戦は第二段階に移る。

 とはいっても、やることはあまり変わらない。ゾンビを排してハンターを襲い、倒したハンターをバス停に括り付けるだけ。

 ただしその時頭に張る付箋に、一文追加するだけだ。


『明日は山田川商店街にいるよ!』


 明日洋子ボクが出る場所をわざわざ伝えたのだ。これを挑戦状と取るか、罠と取るか偽情報とは人それぞれだ。

 ただ、洋子ボクを知る者がいたのなら、罠や情報かく乱を仕掛けるような性格ではないことはわかるはずである。少なくとも小鳥遊はそれを疑いはしないだろう。

 とはいえ、いきなり全ハンターを導入とかそんな真似はしないはずだ。まあ逐次投入なんて愚も侵さないだろうけど、様子見の威力偵察ぐらいはするだろう。それなりに実力のあるハンターを持ってくるあたりだ。


 山田川商店街にいるゾンビを駆逐し終わり、ハンターが来るであろう場所にバス停を立てる。これでここに洋子ボクがいるというわかりやすい印になるだろう。


 日も暮れるころ、何名かのハンターがやってくる。洋子ボクは離れた場所から双眼鏡でそれを見る。ある程度は野次馬で、入り繰りのバス停を見て尻込みする。しかしとあるハンターの集団はバス停を確認して、中に踏み込んできた。


「ありゃ。後藤じゃん。懐かしー」


 ライフルを手に中に入ってきたのは、後藤が率いるハンタークランだ。先行部隊数名が商店街に位置取り、同時にスナイパーの後藤が射撃スポットに移動する。残ったメンバーの数名が後藤を守る位置を確保し、残りが先行部隊の情報を受けて動き出す。


 典型的な、スナイパーを起点としたクランだ。『AoD』でも最も効率高いチーム。先行部隊という『目』と司令塔であるスナイパー。そして効率よく獲物を追い込む手となる機動部隊。展開にも隙はない。


『グッドイブニング! 狩りの時間にようこそ、ボクの名前は犬塚洋子! まあ、君たちにはバス停魔人とかその辺がわかりやすいかな?』


 商店街のスピーカーを使って、入ってきたクランに対して声をかける。


『念のために言っておくよ。ボクの目的はキミたちハンターを倒すこと。倒されて外にバス停にくくられたくなかったら即座に回れ右だ。

 三〇秒だけ待ってあげるよ。そこからは加減なし。商店街から逃げれば追わないから、逃げたいならそうしな』


 警告から三〇秒待って、逃げ出そうとしたものはいなかった。むしろ放送した場所を特定してそこを包囲するように動いている。うーん、優秀。


 気が付けば過度に見える影数名。洋子ボクはすぐに移動を開始する。建物の陰を添うように移動してスナイパーの視線に入らないように。後藤がどこに陣取ったかは分からないけど、商店街に高い建物はそう多くない。高くて三階建ての建物だ。特定は難しくはな――


「うおわぁ!?」


 とか思ってたら、すぐ近くに弾丸が着弾した音がした。身をかがめてなかったら当たっていただろう。銃弾が撃たれらだろう方向を見ても、人影らしいものはない。どこかの屋根の上に登って撃ったのだろうけど、その姿は見えない。


「撃った後にすぐ移動したか。っていうか隠密系のアイテムとスキル習得していたか、あいつ」


 撃ったにすぐに移動。以外と思われるけど、狙撃手に求められるのはこの判断力だ。大事なのは場所であり足場。相手を確実に狙える場所を計算し、射撃する。一発で仕留められれば良し。そうでなくても、こちらに警戒心を抱かせて移動先を誘発できる。

 まるで詰将棋だ。洋子ボクという王を追い詰めるために、一手一手で袋小路に追い詰める。部隊がこちらに顔を出して道をふさぐように銃を撃ち、あるいは誘導するようにわざとらしく隙を見せる。

 ある程度力のあるゾンビは知恵があるような動きもするが、それを想定しての誘導だ。虚実交えた誘い。弾丸を用いた導き。ゾンビではなく、思考を持つ人間でさえ追いつめられるだろう。

 事実、洋子ボクは少しずつ商店街の中央に誘導されていた。身を隠すことのできないロータリー。そこに身を出せば、スナイパーライフルのいい標的だ。足を撃たれて機動力を奪われ、そのまま弄られるだろう。


「全くたいしたもんだよ。あのチンピラスナイパーがここまでできるクランを作るなんてさ」


 後藤は転生して初日に絡まれた。きゃわわな洋子ボクを肉体的にかわいがろうとしたヤな奴だった。いや、いまでもあの日の行為を許すつもりはない。

 だけど、それとこれは別だ。言ってしまえば雑で暴力的な奴がここまで他人を使って狩りができるなんて。一朝一夕じゃできない動きだよ、これ。はっきり言って、舌を巻いている。隙らしい隙もなく、いまだに移動しながら攻撃する後藤を補足できないんだからさ。


「でも、相手が悪かったね。こちとらお行儀のいい獲物じゃないんだよ」


 商店街のターミナルまであと40mほど。その時点で洋子ボクは方向転換して横道に飛び込んだ。人一人通れるかぎりぎりの隙間。もし挟み撃ちするだけの人数がいれば確実に挟まれる逃げ場のない場所。

 だからこそ、そこに飛び込むなんて予想外だろう。相手も事前調査して横道の存在は知っていただろうけど、そんな愚を犯すとは思わないはずだ。


「あいたたた! おっぱい、おっぱいがきつい!」


 胸がこすれて悲鳴を上げる。少し移動が困難だけど、ここで足を止めたら本当に挟み撃ちだ。急いで横道を駆け抜ける。こすれた胸をさすりながら、商店街の裏道を走る。そこに駆けつけてきたハンターをバス停で打ち据えた。


「どっかーん! 必殺裏道ワープ!」


 奇襲でハンターの一人を倒す。ぶっちゃけ、こんな方法は二度も通じないだろう。包囲網は形を変え、わずかな横道すら見逃さないようになる。


 そして、その動きは洋子ボクには手に取るようにわかる。町のマップ。ハンターの数。それが洋子ボクに最善の布陣を導き出した。


「はろー。このスマホの持ち主は現在倒れてるよ。死んじゃいないけど、風邪は引くかもね」


 倒したハンターのポケットをまさぐって、連絡用のスマホを抜く。通話履歴の一番上を選んで、そう告げた。


『……貴様、バス停野郎か』


 聞こえてきた声は、後藤の声だった。仲間をやられた恨み四割と、こちらに対する緊張六割。そんな声だ。


「野郎っていうなよ。ボクはきゃわわな女の子なんだぞ」

『ふん、男か女かもわからん上に、人間かどうかもわからん。情報通り、こちらの認識能力を阻害するらしいな、貴様は』


『犬塚洋子を忘れろ。覚えるな』的な『命令』を受けている以上、洋子ボクを見ても何が何だかわからないイメージで認識される。これはファンたんやミッチーさんでもそうだった。

 にしてもこの姿を見て野郎はなくない?


『俺はお前を狩る。そうしてもっと強くなる。目指すべき相手が――いた、はずなのに』

「? おいおい、どうしたのさ」

『バス停。女。クソ、何だこれ……? 俺は何を、忘れて――お前を、畜生、なんでこんなに、俺はお前を、超える……!』


 洋子ボクを超える。それは何時か後藤が言っていたことだ。その一念がこのクランを生み出したのだろうか。

 その思いとドラマは洋子ボクには関係ない。勝手に背中を追いかけ、頑張った結果に過ぎない。それを忘れ、それでも努力を忘れずに突き進んだのは如何なる思いか。


「……そういえば、君たちのクラン名を聞いてなかったね。なんていうのさ?」

『【バレットウルフ】だ』

「そうかい。じゃあ【バレットウルフ】。ボクの挑戦状に最初に挑んできたハンター達。その勇気に免じて全力で相手するよ」


 言って通信を切る洋子ボク

 スマホを持ち主のポケットに直して、商店街を走り出した。

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