ハンター委員会会長の笑み

「ハンターにあだ名す存在ですか」


 ハンター委員会会長の小鳥遊に呼び出された小守福子は、あからさまに不快感を声に乗せていた。


「そう。バス停をもって狩りを行うハンター達を襲う存在がいてね」

「バス停?」

「バス停」


 奇妙奇天烈な名称を復唱する。最初は何の冗談かと思ったが、話を聞くとそれがシャレにならないことなのだと思い知らされる。死者こそ出ていないが、その実力は油断ならない。


彷徨える死体ワンダリングとは違い、こちらの動きを熟知した相手ですね。『ツカハラ』のような真正面から挑むタイプではなく、ハンターの動きをよく知っている。そんな印象を受けます。

「そうだね。動きだ。貴方ならどう動く?」


 小鳥遊は肩をすくめて言い放つ。その相手がバス停を使うハンター、犬塚洋子だと確信している。その手口を知る者に確認を取り、何かしら突破口が得られるなら……とは思ったが。


「……見当もつきません。ゾンビのように知性がない相手でもなく、彷徨える死体ワンダリングのように力で押してくるタイプでもない。こちらのマニュアルの裏をかくのでしたら、新しい狩りのスタイルを確立するしかありません」


 しばらく熟考して、首を振る福子。こちらの動きを知ったうえで戦ってくる相手に対応できることなどない。それこそ相手に会わせる動きに合わせて動くしかない。


「なるほど。では君にそれを任せよう。その襲撃者……SNSの俗称を借りるなら『バス停魔人』を倒すための策を練ってもらいたい」

「何故私に?」

「闘いの記録を見て、キミが一番適任だと判断したのさ」

「……わかりました」


 小鳥遊の言葉に、不承不承頷く福子。そういわれれば応えるしかない。


(実際、相手が犬塚さんだというのならこの子が一番の切り札になるからね)


 小鳥遊は心の中でため息をつく。前回犬塚洋子を捕らえたのも、小守福子だ。正確には彼女達の関係性を利用したに過ぎない。同じ手は二度も通じないだろう。少なくとも何かしらの対策を取ってくるはずだ。


「期待しているよ」


 この言葉自体は嘘ではない。小守福子はクランに属していないハンターの中では随一の実力者だ。複数のコウモリを使役するテイマー。高低差を無視した移動による位置取りや攻撃防御をそつなくこなす動き。大型ゾンビからゾンビの一軍まで広く対応できる万能型だ。その柔軟な動きと発想は、ほかのハンターから見てもとびぬけている。


(それは犬塚洋子の教えなんだろうけど)


『命令』で犬塚洋子の事を忘れていても、教えてもらったことは覚えている。思うよりも先に体が動くあたり、かなりみっちり教育されたのだろう。この学園で最も犬塚洋子の近くにいて、その影響を受けた人。

 だからこそ『命令』の影響も大きい。

 自分が学んだ動き。それをどこで学んだか。それを思い出そうとすれば『命令』が忘れさせようとする。ハンターとして戦うたびに、その可能性は付きまとう。

 だから小守福子には入念に『命令』を施していた。犬塚洋子の忘却に加えて、動作を覚えた経緯の忘却。そしてカミラ=オイレンシュピーゲルのクローンを不死研究者の技術で操り、見張りとしている。『命令』が途切れそうなそぶりを見せれば、『命令』を重ねるように。

 だが、


(研究所本部からの連絡が途絶え、データはすべて削除された。彷徨える死体ワンダリングに襲撃されて、防衛に失敗した? あれだけ入念に防衛計画は立てていたはずなのに)


『命令』のために必要な遺伝子データと魂データを保有している研究所へのアクセスができなくなった。『命令』は生徒の魂と遺伝子の両方に作用して行われる。基礎となるデータがなくなった以上、『命令』は行えない。

 データ流出や反乱の可能性を考慮し、バックアップを取ることは厳禁されていた。まさか研究所が使えなくなるなど誰が予想しようか。使えなくなる予兆があればデータ移管も視野に入れただろうが、その予兆も余裕もなかった。

 そしてそのタイミングで『バス停魔人』の出没である。研究所の襲撃に犬塚洋子がかかわっていることは、ほぼ確定だ。


「まったく。世のすべてを知ったつもりでも予想外のことは起きるものです」


 太極図にいる犬塚洋子にアクセスして確認し、今暴れている犬塚洋子のカラクリは知れた。もともと二つあった魂が混ざり合い、一人分がはじき出された。なんだそれはと思いはしたが、わかったことが二つある。

 一つは、二度目の復活はないということだ。もともと二つあった魂が一つずつになったのだから、今暴れている犬塚洋子を押さえてしまえばそれで終わり。殺してもいいし、殺さずに閉じ込めてもいい。それでこの騒動は終わりだ。

 二つ目は、過去に戻ってやり直しが効かないことだ。事の原因が『太極図に二人分の犬塚洋子があること』であり太極図完成のために一人分は不要となる。これをどうにかするには太極図の完成前に干渉する必要があり、そうなると最悪太極図が完成しないまま時間が進む可能性がある。


(時間を遡っての修正。……さすがに破綻の可能性は高いですね)


 過去に干渉し、時間軸を修正する。未来を知り、行動できる。

 一見誰も逆らえない無敵の能力のように見えるが、だからこそ生まれる欠点もある。


 


 仮に時間を遡って小鳥遊が生まれる前に彼の親を殺したとする。そうなると修正された時間軸では彼は生まれていないことになる。しかし殺した小鳥遊はいなくては親は殺せない。曰く、親殺しのパラドックスだ。

 この場合、小鳥遊は別の親から生まれたというふうに修正される。そして下手をすると、彼の能力は消失する可能性もある。時間移動能力が血筋により目覚めたものだったのなら、親が異なれば能力は発現しないのだから。


 そして未来を先に知ってそこから戦術を立案する……というのもあまり意味がない。

 未来に起きる状況は『その未来を知らないから』生まれた現象だ。未来を知って行動すれば、その行動で何かしらの影響が生まれる。その影響から別の未来が生まれる可能性がある。


 時間操作はその結果が自分にも適応されるのだ。良きにせよ悪しきにせよ。


 故に起こす波はできるだけ小さくしなくてはいけない。前に犬塚洋子を捕らえるために、彼女のクランメンバーに『命令』した程度でもかなりの波及を生み、その後処理に難儀したのだ。全生徒の『命令』は未完成太極図のサポートあって、ようやくなしえたことだ。

 太極図さえ完成すれば、世界全てを完全に掌握できる。だから太極図に何かしらの影響が及ぶような過去改編や未来予知は慎重にならざるをえまい。


(この世界で、ただ一人。太極図せかいに干渉できる存在)


 ここにいる小鳥遊京谷は、太極図にいる小鳥遊の現身アバターだ。太極図の能力でこの世界に存在している太極図の端末。

 しかし、犬塚洋子は違う。肉体と魂を持ち、そして太極図の片割れでもある。

 彼女だけが、この世界において太極図に干渉できる。接触して命令すれば、世界を好きに操れる。同時に太極図の破壊もできる。


「世界の半分をやろう、と言っても聞いてくれそうにありませんしね。あの人は」


 破天荒なバス停使いを思い出し、思わず笑みを浮かべる小鳥遊。そしてそんな自分に驚いていた。ハンター委員会会長としても、人類すべてを仙人にする存在としても犬塚洋子の存在は相容れてはいけない。目的のために倒すべき相手なのに。


「いや全く。人生はままならないものです」


 楽しそうに、そう言った。儘ならないのも人生よ、とばかりに。

 その日、ハンター委員会会長より特殊命令が下った。


「件の妨害者を倒すためにチームを結成します。任命されたクランは召喚に応じてください」


 こうして、ハンター委員会と犬塚洋子の対立は秒読み段階となった。

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