ボクのターン開始!

 ゾンビがいる世界でも朝は来る。


「くはぁー! よく寝た!」


 朝日が窓の隙間から差し込んでくる。古ぼけたソファーから身を起こし、毛布を畳む。軽く体をほぐしてストレッチし、朝ご飯用に確保してあったスナックバーを口にした。ぱさぱさした口に水を流し込む。


「今日はどこに行こうかな。昨日は『アノハ商店街跡』だったし、今日は少し離れた『加納桟橋』にするか。そうと決めたら行動開始!」


 ここ一か月近く、洋子ボクは島の各狩場に赴いてはバス停を持つ怪異としてゾンビとハンターを狩っていた。バス停を使ってハンターを襲い、倒したハンター達をバス停に括り付ける。

『命令』のおかげで洋子ボクの顔を見ても誰も思い出せず、同時に洋子ボクがいなくなったら忘れてしまう。だけど襲われた事実と、バス停ということは忘れないようだ。

 なので洋子ボクに襲われた人は、『バス停を持つ謎のモノに倒された』ということしか記憶に残らないようだ。それを利用して、通り魔っぽいことをやっていた。


「そろそろ小鳥遊も無視できなくなってるかな」


 目的は洋子ボクはここにいるぞ、と小鳥遊に伝えるためだ。

 太極図に犬塚洋子は確かにいる。だけど、洋子ボクも確実にここにいる。

 太極図が陰陽の二を重要視するなら、その要素の一つである犬塚洋子に不明瞭なことが起きれば何かしらのアクションを起こすだろう。表立ってハンターを動かすあたりか。

 洋子ボクに起きたことが分からない以上、太極図で過去に遡っての修正はない。洋子ボクへの干渉は、太極図の犬塚洋子に影響するかもしれないからだ。ここにいる洋子ボクと、太極図にいる犬塚洋子が完全に別れた存在だと確信するまでは、洋子ボクを押さえる方向に走るはずである。


「今日もよろしく頼むよ!」


 ビルの地下駐車場においてあるバンを叩く。今時電子ロックもない古臭い車だ。キーを差し込んでドアを開け、何度かエンジンを回して車を動かす。車の動かし方は前世の記憶が役に立った。何度かぶつけたけど、ご愛敬!

 長距離を移動するのに必要なのでパクっ……無断でお借りさせてもらいました。持ち主はきっとゾンビ化してるし、このまま放置するのももったいないからね。ガソリンは町中に放置された車があるので、そこからご拝借させてもらいました。

 車に積んであるのは、数十本近いバス停。狩場でとらえたハンターを縛るためのものだ。あとは生活に必要な寝袋や食べ物なんかもこの中にある。

 車を飛ばして一時間弱。今日の目的である加納桟橋にやってきた。山のふもとから複数の桟橋、そして隣の山のふもとまでという狩場だ。狭い桟橋だからこその戦い方が求められる。

 まだ日は空の上。日光を嫌忌するゾンビはいない。だが日の当たらないところに隠れているのは知っている。洋子ボクは道を外れ、けもの道を進んでいく。日の当たらない森の中、震えるような殺意が洋子ボクに集中するのを感じる。


「ハードモードだね。いいよ、相手してあげる!」


 視界が悪く、どこにいるかもどれだけいるかもわからないゾンビ。木々の配置でバス停の動きも制限される。とことん不利なんだけど、負ける気はしない。笑みを浮かべてゾンビたちを迎えうつ。

 三時間ほど狩りをつづけ、いったん離脱しておひるごはんと休憩。そして狩りの再開。夕方になるまでゾンビの数をできるだけ減らし、森の中に潜む。ゾンビの数を減らし、やってくるハンターを待ち受けるのだ。


「あの噂知ってるか? バス停魔人」

「ああ、バス停を持ったゴリラが襲い掛かってくるんだっけか」

「誰がごりらだばすていおあでっど!」

「「うわあああああああ!」」


 そしてハンター達を撃退。ちょっと私怨入ったかもしれないけど些末事! とにかくやってくるハンターをぶちのめしては、ゾンビが出ない地域まで運んではバス停に括り付ける。


「ゴリラじゃなくて、きゃわわなボク! 次変な噂流れてたら……顔に落書きするからね!」


『バス停・オブ・ザ・デッド』のと書いた付箋を額にペタリ。ある程度の数がたまったらハンターの一人からスマホを借りて、通話する。


「ハロー。このスマホの持ち主さん、バス停に括り付けられてるんで救助ヨロ! 場所は加納桟橋近くだよ!」


 声バレとかの心配もないので、堂々としゃべる洋子ボク。いやー、隠密に気を使わなくていいって楽でいいや。


 そして救助が来る前に撤退する。


「ミッションコンプリート! 今日もお疲れさま、ボク!」


 そして適当な場所に車を隠し、そのあとビルを見つけて入り口を壊して寝る。ベッドがあればめっけもの。ソファーがあると上場。最悪は椅子を並べて寝るぐらい。まれにゾンビ化した先客がいたりして驚くけどその程度だ。

 それが最近の生活ルーチン。バス停を使うハンター狩人である洋子ボクの一日だ。


「しっかしまあ、いろいろ言われてるなあ」


 SNS上の反応を思い出し、洋子ボクは苦笑する。


『バス停現る!? 次の出現予想位置はここだ!』

『あれは廃棄されたバス停の怨念が宿った存在!』

『バス停を使うなど正気の沙汰ではない。つまり、あれは人間じゃないんだ!』

『カーッカッカッカと鳴いてバス停バスターを決めてくるに違いない』

『バス停……まさか奴が生きていようとは』『しっているのか!?』『しらん』

『奴のバス停は一〇八式まである』

『あれはバス停の戦乙女。彼女のバス停に導かれた魂はバスハラと呼ばれる聖地にたどり着くといわれている』

『現実逃避してないで何とかしろよハンター』

『なんでバス停なんかに勝てないんですか?』


 休憩中にSNSとかのぞいてみたら、言いたい放題である。正体不明だけど存在する不安に対して人間がどれだけ心乱されるかといういい例だ。


「お。これは」


 そんな中で注目したのは、この話題だ。


『複数の有名ハンタークランが協力し、バス停魔人を狩りに行くらしいぜ』

『ついに重い腰を上げたかハンター委員会』

『これまでヤツが現れた場所の傾向などを考えて、できるだけ戦力を分散させない方向でやるらしい』

『これでヤツも終わりだな。あれだけの実力あるハンターに狙われて、生きていられるはずがない』

『それフラグになりそうで怖い』


 実力あるハンタークランが、洋子ボクを狙うために動き出したのだ。

 どうやら小鳥遊も慎重にではあるけど動き出したらしい。少なくとも相手が洋子ボクであると分かっている以上、繰り出すハンターは絞ってくるはずだ。


「第一段階終了だね。ここからは気が抜けなくなるかな」


 やってくるハンター達を返り討ちにしながら洋子ボクの知人の『命令』を解除していく。そうやって少しずつ協力者を増やしていき、機会を見て一気に小鳥遊のところに乗り込む。


「ばれたら時間巻き戻されて対策取られちゃうからね。とにかく一発勝負だ」


 小鳥遊の『偽・太極図』が自分を中心とした時間移動で、そして太極図がそれをさらに拡大化した能力である以上、不意を突いて一気に決めないと意味はない。その一杯の襲撃で太極図に致命的なダメージを与えなくちゃいけないのだ。


「何せ太極図にはボクがいるもんね。きっと何とかしてくれる!」


 太極図への干渉方法はわからないけど、まあどうにかなるだろう。きっとビビッと感じるものがあるさ。


 行き当たりばったりの隙だらけ。負けたら終わりの一発勝負。穴だらけで最後の詰めも甘々。だからどうした。それでもやってやるさ。

 洋子ボクは入念にストレッチをした後で、床に就いた。ゆっくり寝て、明日からがんばるぞー!

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