六章  バス停・オブ・ザ・デッド!

バス停を掲げ進めよ乙女

とあるバス停の都市伝説

 ゾンビが闊歩する御羽火おうか島。そのゾンビたちに抗うハンター達。

 そんなハンター達はゾンビという怪異と戦いながら、同時に彷徨える死体ワンダリングという災厄にも怯えていた。

 そしてそんなハンターたちに追い打ちをかけるように、新たな怪異がハンター達を襲っていた。ハンターたちのSNSでもその被害にあったものは多く、ほぼ毎日といっていいレベルでは現れるという。


「なあ、知ってるか? あの噂」

「なんだよ、あの噂って」

「ハンターを狙うハンターがいるって話だよ」

「知らねぇよ。あんな与太話」


 知らない、と言いつつそのハンターはその噂を理解していた。そんなものはいるはずがない。被害にあってる人間も悪ノリしているだけだ。そんな奴は存在しない。そう自分に言い聞かせていた。


「そいつが出てくるのはゾンビが出るはずの場所。なのにゾンビが全くいない場所で」

「やめろようっとうしい」

「しかも俺たちハンターのやり方を知っているかのように不意打ちをしてきて」

「だからやめろって」

「しかもそいつが持っているのは――」

だろ! 知ってるよ!」


 とうとう根負けしたハンターが叫ぶ。だけどそれはその存在を認めたわけではない。むしろその存在を否定したいがばかりの大声だった。


「なんだよバス停持った怪異って! わけわからない上に何がしたいかもわからないんだけどな!

 バス停もってハンターを襲ってゾンビがいない地域まで運んで、バス停に縛って放置するとか、なんだよそれは!」


 そう。今ハンター達を脅かしているバス停を持つ怪異。その怪異が行っているのはハンター達を襲って気を失わせ、安全な場所まで運んで地面に突き刺したバス停に括り付けるというものだった。

 最初はただの笑い話だった。SNS上に上がった写真を見て笑っていたハンターたちは、日に日に増えてくる被害に笑みを止め、そしてその手が自分に伸びてくるのではないかと怯えだす。

 何が恐ろしいかというと、その手際だ。まるでハンターの戦術を知っているかのような動き。気が付けば致命的にまで陣形をかき乱され、そして全滅している。高ランクのハンタークランでさえやられたとまで言われている。

 そして最も怪異めいているのは、その姿を誰も見ていないことだ。見たという証言はある。だがその顔や姿を思い出すことは誰もできないのだ。


「あり得ねえよそんな奴! ビビッてゾンビ狩り損ねたら、ハンターランク上げれないんだぜ! つまらんこと言ってないで行くぞ!」

「お、おい。待てよ……! 何か、聞こえないか?」

「何かって? ゾンビのうめき声とか叫び声なんざ聞き慣れて……聞こえない?」


 不安をごまかすように大声を上げたハンターだが、予想外に静かなゾンビの狩場に驚いていた。その代わりに聞こえてくるのは、金属で地面をこするような音。そしてその視線に移る金属の板。円形をしたそれは――


「バス停……!?」

「マジかよ!」


 それは紛れもなくバス停だった。

 バス停を持った人間が笑みを浮かべる。三日月を思わせる狂気的な笑み。学生服を着た女性のようだが、その顔を見ても誰だかわからない。脳にフィルターがかかったかのようにもやがかかっている。

 とっさに持っていた銃を向けて撃ち放つが、その女は弾丸が見えているかのように動き、少しずつこちらに距離を詰めてくる。ハンター達はカウントダウンするかのように、自分たちの破滅が見えていた。

 そして――


「バス停? オア デッド?」


 バス停に括り付けられるか? あるいは死か? その二択を強いられる。つかまった人間の情報通りだ。最初聞いたときは冗談かと思ったし、今でも質の悪い冗談だと思っている。

 答える余裕などない。ただ命の危険を感じる間もなくバス停は振るわれ、ハンターの意識は闇に堕ちた。


「一丁上がり! 戦うボクって超カッコカワイイよね!」


 意識を失う直前でそんな声が耳に入ってきたが、それが現実なのか頭を打ったことによる幻聴なのか判断する手段はなかった。


「クラン【ハンマーバレル】がにやられたんだってさ」

「マジか。あいつ等でも勝てないとかどんだけだよ」

「もう出会わないように祈るしかないな。っていうかなんでバス停なんだよ」

「知るか。大体俺らを生かしておく理由もわからん」

「だよなあ。そういう意味では彷徨える死体ワンダリングに出会うよりましなんだけど」

「新手の彷徨える死体ワンダリングか!?」

「姿がわからんという時点で、怖いよなぁ」

「いや、そいつがいることはわかったんだって。バス停持ってたから。だけどどんな奴だったかって言われたら、全然思い出せないらしいぜ」

「なんだよそれ? 姿見たのに思い出せない? 記憶喪失か?」

「かもなあ。しかも一人とか二人じゃなく、ほぼ全員がそんな感じらしい」

「わけがわからん」

「犯人は男性もしくは女性。単独犯かもしれないが複数で行っている可能性も否定できない。また車の運転ができるかもしれないけど確定ではない」

「ハンター委員会からはなんかコメントある?」

「ない。無視してるのか、調査中なのかもわからん。とにかく今は何も言えないの一点張り」

「なんだかなー。でも狩りには行けって言われるんだよなぁ」

「でも生きて帰れるならゾンビに殺されるよりましじゃね?」

「ああ、そういう考えもできるか。身ぐるみはがされるわけじゃないしな」


 噂は短時間で拡散し、ハンター達の中でもバス停を使う怪異を無視することはできなくなってきていた。とはいえ対策を取ることはできない。出会わないように祈るしかない。ハンター委員会でさえ予測不能の動きをするのだから、どうしようもないのだ。


「よーし、俺がそいつを狩ってやるぜ!」


 当然そういったハンターもいたが、皆返り討ちとなった。誰もそのバス停を止めることはできなかった。

 そしてバス停を使う怪異は六学園に浸透していく。あまりにわかりやすいのに誰もその姿を認識できない。その非常識さも相まって、恐怖の対象として伝わり続けた。


「また、ですか」


 そしてそれはハンターを統括するハンター委員会。そしてそれを束ねる小鳥遊京谷の元にも届く。

 この学園で唯一(と、当人は思っている)犬塚洋子を知る存在。バス停や正体を理解できない現象と、犬塚洋子を結び付けられる人間。


「犬塚洋子は太極図に存在している。それは間違いない。なのに、何故?」


 理解できない、という表情を浮かべてはいるが無視もできない。もし犬塚洋子だというのなら、太極図にほころびが生じている可能性がある。二極のバランスが重要な太極図のバランスが崩れたというのなら、そこから不完全になり、そして消えてしまう可能性がある。そんなことはあってはならない。


「今は真実を調査しなければ。時を遡っての修正は、すべてを知ってからでいい」


 慌てることはない。事の原因を追究し、真実がわかれば過去に戻って事件が起きないようにすればいい。太極図はまだ健在だ。慌てるようなことはまだ起きていない。

 落ち着きを取り戻した小鳥遊は、ゆっくりと椅子に座ってどうすべきかを思考する。


「あの怪異が犬塚洋子本人なのは間違いないとみていいでしょうね。何せこの名前だ」


 その怪異の名称は、バス停に括り付けられたハンターの額に張られた付箋から名づけられた。倒したハンター全員につけられている付箋。そこに書かれたとある単語。


『バス停・オブ・ザ・デッド』


 かつて犬塚洋子が結成していたクラン名。今は記録や人々の記憶を含めて消去した名称。犬塚洋子以外が覚えているはずのない名前。

 その名前は不可視の怪人の名前として、ハンターをはじめとした学園生徒に広まっていく。

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