ボクは決意する

 むせかえる血と肉の匂い。血の跡がシミとなり、ところどころに肉や骨の欠片が落ちている。無造作に部屋の中においてあるごみ箱は赤黒く染まったガーゼや布切れ。人の動線を示すかのように、血痕がベッドから法線状に広がっている。


「特別補習の生徒達、か」


<特別補修>……今の学園が作り出した、新たな制度。テストの成績順位で下位の者を連行し、勉強させる制度。連行されたものがどこにいるかは、誰もわからない。そう、誰もわからなかった。

 不死研究者に尋ねたところ、小鳥遊からそういう打診があったという。不死の研究に使用できるサンプルをいくつか供給するという名目だ。何の疑問も抱かずに――彼らからすればむしろ当然だとばかりに――それを受け取った。

 そして、連行された生徒は不死の研究のサンプルとなる。第二のAYAME。第二の八千代さん。第二のカオススライム。第二のナナホシ……彷徨える死体ワンダリングのような『不死』を作り、そしてその不死を超える不死を作ろうと。如何なる状況でも死ぬことのない、究極の不老不死を生み出そうと。


「ダメですネ。生存者、ゼロ。遺体も無事な方が少ないぐらい。クローン含めて膨大な数デス」

「グロ系動画はパスっす。まだ腐りかけのゾンビのほうが見れるっす」


 肩をすくめるミッチーさんと、動画を消すファンたん。二人にしては陰鬱な表情と声の色だ。然もありなん。学園生徒が言葉通りに実験動物にされ、使い潰されたのだ。いい気分になんかなれるはずがない。


「これで禍根は絶った、というわけでもないのか」


 八千代さんはまだましな部類だ。倫理観が違うのか、それとも『ツカハラ』の影響か。ここに連行された時点で結果は見えていた、というもともとここにいた経験からか。

 AYAMEをはじめとした彷徨える死体ワンダリングも似たような感じだ。何も言わずにこっちを見てる。空気を読んでくれてるのか、単に興味がないのか。そのあたりは判断がつかないけど。


「そうだね。これを行ったのは研究者だけど、裏で糸を引いているのは小鳥遊だ」


 小鳥遊は太極図完成のために生徒を殺しては生き返らせ、生と死を繰り返す。何度も何度も。この島の中で生と死の二極は繰り返される。

 全人類を仙人にする。新たな存在に進化し、さらなる高みを目指す。そのために太極図を作り出そうとしている。

 それはけして悪い事じゃない。成長するのに何かを犠牲にするのは、当然の行為だ。多くは時間だったりするし、好きなことをしたいという自分の心だったりする。ゲームっぽく言えば魔物を倒して経験値を得るのだって、同じことだ。

 ついでに言えば、仙人とやらになったら今とは違う価値観になるかもしれない。死ぬことを忌避することはなく、当然のことと受け入れられるかもしれない。不老不死になって初めて見てて来ることもあるかもしれない。未知のことにおびえ、進化を恐れるのは憶病といえよう。


「興味がないとは言わないよ。仙人とか言う新しい世界。

 一人一個宝貝とかをもって、世界を揺るがす超展開! 宝貝同士の超絶戦闘展開で、頭脳を使った能力バトル! 最後は宇宙を滅ぼすほどのエネルギーを前に、みんなの力を合わせてそれを打ち砕く! おお、なんか言ってて燃えてきた!」

「これが日本のことわざで言うところの、オラにみんなの現金ゲンキンを分けてくれ! デスネ」

「……ときどき思うんだけど、ミッチーさんの日本観はなんなの?」


 ミッチーさんにツッコミを入れたのちに、息を吐いて決意を固める。


「でもボクはそんな世界お断りだね。みんなでゾンビ狩ってわいわい騒いでつかの間にまったりするのがいい! 熱血少年漫画よりも、きゃわわなボクがバス停もって特攻するのが楽しいんだもん!」


 洋子ボクが求めるのは、そんな高尚な世界じゃない。世界中すべてがそれを望んだとしても、洋子ボクはこの世界で生きていたい。

 よくわからないままにゾンビアポカリプスなゲーム世界に転生し、明日生きているかも見えない真っ只中。それでもここに人の絆はあって、そんな世界だからこそある生活に一喜一憂する。


「ボクは仙人ワールドなんてノーサンキュ! 目指すは打倒太極図だ!」


 洋子ボクが戦う理由はそんな我儘。

 小鳥遊のほうが崇高で、そして人として正しい在り方だ。奪った命は多いけど、きっとその世界は救える命も多い。不老不死だから人も死ぬことはなく、これまで以上に素晴らしい未来が待っているんだろう。

 でも知ったことか。

 洋子ボクは考えなしの無節操で、その場のノリで突き進む。そんなお調子者なんだからね!


「さすがバス停の君ネ! 面白そうだから、ワタシも付き合うヨ」

「あまりに現実離れすぎて、動画のネタというよりは創作動画っぽいっすね。どう編集したもんすか、これ」


 ミッチーさんは笑いながら手を叩き、ファンたんは首をかしげながら眉にしわを寄せている。二人とも、洋子ボクのノリに反対はないみたいだ。


「あやめちゃんもとーぜんよっちーの事手伝うよ。なんとか図ってのをぶっ飛ばせばいいのよね!」

「太極図、だ。その件はやぶさかではない。仙人とやらも切ってみたくはあるしな」

「なあ、それ手伝うから元の体に戻してくんねぇか? いや、戻してくれたら手伝ってやってもいいぜ」

「理解は及んでないけど……手伝おうか……?」

「おい、俺に新しい機械からだをくれる約束、忘れるんじゃねーぞ! ハイスペックでコスパ高くてネットのシナジー効果が高いのが最低条件だからな! 聞いてるのかよ、おい!」


 彷徨える死体ワンダリングのAYAME、八千代さん、カオススライム、ナナホシ、パンツァーゴーストが応える。最後のは賛同というわけじゃなさそうだけど、まあいいや。


「しかし具体的にはどうする? ハンター委員会に殴りこんでそこにいる小鳥遊を倒したところで、太極図にダメージを与えられるとは思えないのだが」

「ソーデスよね。そもそも話を聞くに、逆らえば時間をさかのぼって『命令』される可能性がアルデスよ」


 八千代さんとミッチーさんが意見を言う。

 太極図があるのは今より次元が上の階層。この世界を見下ろす場所にある。自分でも何言ってるんだろ、って感じだけど本当にそうとしか言えないのだから仕方ない。ゲーム的に言えばキャラクターから見た運営キャラの立場、という感じかな?

 で、太極図は時間をさかのぼって干渉できる。今でこそ『命令』を解除できたけど、この後『洋子ボクが事件を解決する段階』の時間軸からさかのぼってほかの人たちを『命令』することもできる。っていうか、前に小鳥遊に挑んだときはそれで負けたのだ。


「改めて時間操作系って無敵能力だよねー」


 うんうんとうなずく洋子ボク。だけどこの二つに関してはどうにかなる見込みはある。

 太極図は洋子ボクと小鳥遊の魂で構成されている。ならば洋子ボクと小鳥遊が出会うことで何かしらの作用が生まれるはずだ。止めるまではいかなくとも、干渉はできる……かもしれない。

 で、太極図からの干渉に関しては――


「なので、表立って動くのはボク一人。ほかの人達はまだ『命令』されてるふりをして欲しいんだ。ボクの事を知らないふうに生活してくれればいいかな。

 太極図をどうにかできる見込みができたら、全員まとめて行動開始ってことで!」

「一人で動くって、厳しくないっすか? 『洋子ファイル(R18系)』にネタ追加したかったんすけど」

「え、あやめちゃんもダメなの? よっちーをアイアンメイデンに閉じ込めて悲鳴聞きたいのに。暗闇の中で針に囲まれたよっちーが壊れていくの見たいのに」

「せめて隠そうよ、そういう気持ち!」


 ファンたんとAYAMEが心配そうに……ファンたんは『ネタほしい!』という気持ちが駄々洩れで、AYAMEは洋子ボクを拷問で壊そうという欲望が駄々洩れである。この二人に隙見せてはいけない。絶対。


「いや、この場合は一人のほうが気楽かな。せっかく『ボクのことを思い出せない』『見ても忘れてしまう』ようにしてくれたんだから。この状況を利用させてもらうよ」


 言って、洋子ボクはにやりと笑った。

 さあ、反撃開始だ!

 

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