AYAMEはよっちーを愛してる
あやめちゃんの耳につけられてた骨振動イヤホン。パパからの『命令』が伝達されていた通信手段。
それが外れれば、もうパパからの指示は飛んでこない。館内放送で『命令』してくるかと思ったけど、それもない。スピーカーの電源を落としたのかな?
「よっちーを襲わないといけない『命令』はそのままなんだよ」
そう問いかけたよっちーは、明るく『勝負はつけたい。目指すなら完全勝利!』って言った。よっちーらしい純粋な瞳。楽したいとかお金儲けたいとか誰かを支配したいとか、そんなのとは無縁の目。
「ったく、よっちーはどこまで行ってもよっちーなんだから」
初めて見たのは動画だった。バス停をもってゾンビの中を進む変な子。そんな印象だった。面白そうだから会ってみよう。そんな思い付き。
実際に会ったら魂が奇麗だった。変でいろいろ混ざり合ってるけど、その根幹は純粋に何かを楽しもうとする子供のようだった。
ゾンビという絶望。そんな環境の中にあって、なお楽しもうという精神があった。殺戮に酔っているのではなく、闘争に身を任せているのではなく、復讐に身を焦がしているのではなく、怒りに堕ちているのではない。
「なんだよー。成長しないって言ってるの? あ、ボクのきゃわわはもう最高潮だからこれ以上ないもんね。仕方ないやー」
まるで日常の延長線のような会話。命をかけた戦いの中にあっても、日常を忘れないその心。死と破壊を繰り返す中、錆びかけていた心。
思えば
最終的に残った七名の
「あはは。血で染まったらもっときれいになるよ。あやめちゃんがコーデしてあげるね」
まともでいようとしても、狂ってしまう。きっともう
「そういうホラー趣味はないからね!」
ないってことはわかってるのに、よっちーは普通に付き合ってくれる。本気で痛いのは嫌がってるのに、あやめちゃんを本気で拒絶しない。あやめちゃんを日常の一部として見ている。
「ふふん、嫌がってもやっちゃうもん。あやめちゃんはパパに命令されてるから、よっちーを攻撃するの。仕方ないもんねー。よっちーの泣き声聞くまでやめないもん!」
「それ『命令』を拡大解釈してるだろ! いつもAYAMEに戻って……いや、いつものAYAMEじゃんこれ!」
「えへへー」
あやめちゃんをはじめとした
あやめちゃん達は元人間の精神で、でも不死の研究で常識を逸脱した。人間を見下し、人間を恨み、人間を壊したい存在だ。戻れるとは思わないし、戻りたいとも思わない。
よっちーはそれを理解して、敵だといったんだと思う。相容れない相手。相容れない完成。相容れない価値観。きっと距離を置いて隔絶するのが一番だ。
「とにかくぶっ倒す。あとのことはそれからだ!」
なのによっちーは付き合ってくれる。
最初は動画で見ただけだった。面白い子っていう興味だった。
それから海でバトったり、『ツカハラ』が八千代ンに憑りついて学園祭に行ったり、半年間放置されたと思ったらクローンに魂が宿って。
あやめちゃんと一緒に入り理由なんて皆無なのに。むしろ逃げ出してもおかしくないのに。
「怖いなら逃げてもいいよ、よっちー。この施設、拘束用のベッドとか危険なクスリとかあるし。大声で悲鳴上げても誰も気づかれない部屋もあるから、アヤメちゃんに負けたらそこで散々弄られちゃうよ」
「やだよ。ノッてきたんだしね!」
よっちーは逃げない。あやめちゃんと一緒にいてくれる。
それが『日常に帰るため』の戦力として見ているのは知ってた。だから『命令』された以上、見捨てられても仕方ないと思ってた。ここで倒されて、そのまま放置されるんだなって。
だから、よっちーはここで捕まえたかった。パパに新しく『命令』されるまで、よっちーを虐めたかった。きっとそれがよっちーに触れる最後の機会だから。パパたちはきっとよっちーを『実験』に使う。そうなると、もうあやめちゃんは会うこともできない。
「AYAMEを倒して『命令』を解いて、ついでに情報も得てからみんなで帰る! これがボクの完全勝利さ!」
ホント、よっちーはばかだ。お調子者だ。
きっと無計画で、行き当たりばったりで、勢いだけで言ってるんだ。パパたちにどう対抗するとか、あやめちゃんの『命令』をどう解くとか、全然わかんないのにそんな笑顔ができる理由がわからない。
まるでゲームをするように、気楽に無理難題に挑んでる。
まるでゲームをするように、厳しい戦いを楽しんでいる。
まるでゲームをするように、死の世界を突き進んでいく。
なんておバカなんだろう。失敗してあわあわすることもあるし、情けなく泣き叫んだりすることもある。
だけど、だからこそ。
「そんなの、無理無理! でも出来たら蕩けるようなキスしてあげるね、よっちー!」
「……それ、酸とか使って体を溶かすようなとかいうオチ?」
「もー! よっちーのバカ!」
心の底から本気で叫ぶ。うん、よっちーのばか。好き。
だからこそ、あやめちゃんもよっちーに応えるよ。
「こういう時は、こうかな!」
「おわぶぅ!?」
足をよっちーに向けて、背筋を意識しながら腕を振るう。よっちーの動きを真似てみたら、思ったよりも鋭い一撃になった。今まで攻撃をよけていたよっちーが思わずバス停で受け止めるほどだ。よっちーはそのまま吹き飛んで、壁にたたきつけられた。
「おー。結構イケるかも? じゃあ次は八千代ンの動き真似てみるね。確か――こう踏み込んで、こうかな!」
踏み込んだ足を軽くひねって力をためて、力を解放すると同時に突き進む。思ったよりもはやい速度と歩数でよっちーまで距離を詰めて、その勢いのまま足を突き出す。
「歩法……!? 動きは素人だけど、AYAMEの身体能力でされるとヤバい威力だな!」
「すっごーい。よっちーとか八千代ンとかこんなことしてたんだ。ズルくない?」
「嘘だろ! ここにきてパワーアップイベントとか、ボクなんかした!?」
何かをしたか、と言われればよっちーはあやめちゃんにいろいろしてくれた。あやめちゃんの心はよっちーで一杯だ。
たとえパパに命令されてここまで来たんだとしても、ここまでくる道程はあやめちゃんが歩んで進んだ道だ。その中に、よっちーが与えた影響は大きい。
ずっと見てた。ずっと触ってた。ずっと殺しあいたかった。
隠そうともしないよっちーへの本心。よっちーはそれを本気で拒んで、でも否定はしないで一緒にいてくれた。拒絶は悲しいけど、それでもよっちーはあやめちゃんを理解できない相手ではなく、きちんと見てくれた。
だからそのお返しだ。
「どうしたの、よっちー? さっきまでの勢いなくなっちゃったよ。
あきらめてあやめちゃんのおもちゃになる? お肉ぐちゃぐちゃにされて、血で体濡らして、痛みで泣き叫びながら懇願しちゃう?」
「諦めると比喩抜きでそうなるんだよなぁ……。そんなバッドエンドはまっぴらごめんだい!」
「あやめちゃん的にはそれがハッピーエンドなんだけどね。よっちー、覚悟してね。あやめちゃん、本気だから!」
偽りなき本気の愛を告げて、よっちーに迫る。
誰にも邪魔なんかさせない。この思いを全身に乗せて。
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