ボクは楽しく笑う

 時間はAYAMEが壁を壊してくる前まで巻き戻る。

 AYAMEが不死研究者に『命令』されていた可能性をファンたんとミッチーさんに伝え、おそらく襲撃される可能性を告げた。ここへの襲撃自体が、AYAMEが『命令』されて行った可能性がある。


「あー。罠にハメハメされマシタか。となるとここで一網打尽されそうデスネ、ワタシラ」

「うっはー。敵地で孤立とかキッツいすねー」

「うん。結構ピンチ――だからこそ、チャンス!」


 洋子ボクは笑みを浮かべて、二人にそう言い放つ。

 そうだ。相手はこちらを網にかけたと思っている。つまり勝利を確信しているはずだ。あるいは洋子ボク達を予想外の戦力として見ていたが、うまく中に取り入れたと思っているか。

 どちらにせよ、相手はここで洋子ボク達をどうにかしようと動いてくる。


「連中が仕掛けてくるのを捕らえて、反撃! っていうかAYAMEに不意打ちされたらまず勝ち目ないもんね。ここで待ち受けて、そんで研究者の居場所を特定できればグッド!」

「居場所特定は難しいデスネ。遠距離から通信されてタラ、追いきれないデス。監視カメラの映像も転送されてそうデスシ」

「通信先の設定を押さえればどうにかなるっすよ。どっちにしても監視室がどこにあるかがわかんねーと調べられないんすけど。これだけの規模の建物っすから、中央監視室はあるんすけど場所までは……」

「そういうのはたいてい地下にあるんだよ。多分ね!」


 ゲームだと大抵そんな感じだしね。


「とにかく全力でAYAMEを押さえないと。なんでミッチーさんとファンたんは隠れてサポートしてくれると嬉しいな。具体的には――」


 二人には監視カメラの映像妨害と、中央監視室? その場所を特定してもらっていた。ミッチーさんがガスで監視カメラの視界を封じ、ファンたんが監視室の捜索。


「無理しない程度に捜索してくれると嬉しいんだけど」

「無理しないっすよー。見つからない引き際は弁えてるっす。数多の秘密を暴いたファンたんの危険感知能力の見せ所っす!」

「どういう秘密を暴いて、その秘密をどうしたのか聞いていい?」

「もー。それこそ乙女の秘密っすよ」


 ……いろいろ気にはなったが、信用してもいいのは間違いなさそうだ。ここで闇に葬ったほうがいい気がしたのも事実だけど。

 ともあれ、準備万端でAYAMEの襲撃を受け、監視カメラの視界を封じると同時に特攻。AYAMEに近接攻撃が届く距離まで近づけたのだ。


「にっがさないからねー!」


 言いながら殴り掛かってくるAYAME。挙動は大きく、足の向きも体の動きも素人同然。だけど繰り出される一撃はまさに暴挙。防御なしでかすりでもしたら、そのまま吹き飛ばされて全身骨折の拳。


「それは、こっちのセリフ!」


 こぶしが来る軌跡にバス停を構え、その一撃を受け流す。斜めにすることで力のベクトルをそらし、洋子ボクの体に直接拳が当たらないようにする。バス停から伝わってくる衝撃は数%程度に緩和されている。それでも腕がしびれるような攻撃だ。

 痛みを強引にこらえる。折れそうになる心を何とか踏みとどまらせる。よけ損ねれば、死。受け損なっても、死。耐えきれなくても、死。目の前の少女は、まさに『死の偶像』。単純な力によって蹂躙するわかりやすい死の形。


「こっちの番だよ!」


 それでも洋子ボクの足は前に出る。踏み込み、バス停をふるってAYAMEに叩き込む。普通のゾンビならつぶれる一撃を、片手で受け止めるAYAME。ヤになるぐらいに強い。余った手で洋子ボクの服をつかんで来ようとする。攻撃してバランスを崩したこともあって、回避は間に合わない。

 ブレードマフラーがあったなら、それを振るっての迎撃ができた。それがない以上、道は二つ。諦めて次手を考えるか、あるいは――


「こなくそー!」


 洋子ボクはAYAMEがつかんだ瞬間に身をひねり、横転するように移動する。AYAMEが強く服を握っていたこともあり、服は破れてしまう。ブラが露になるけど、あのまま投げられるか押し倒されるかされればそれで詰みだ。それよりはマシなはず。


「やーん。ボクのたわわなおっぱい見られちゃう。AYAMEのえっちー」

「あやめちゃんが興味あるのは胸よりも心臓はーとだよ。よっちーのハートゲットしちゃうね。よっちーの中、ぐちゃぐちゃにかき乱してあげる」

「やめて。マジやめれ」


 ふざけてたらマジレス返された。しかもリョナっぽいの。思わずこっちもマジで返してしまう。

 一進一退。AYAMEの攻撃を致命的にならない程度に避けながら、隙を見てバス停を叩き込む。先が見えない綱渡り。わずかな位置取りのミスが死を招く。そんな状況だからこそ、


「あははー! よっちー楽しいね!」


 AYAMEは楽しそうに笑っていた。きっと洋子ボクも笑ってるんだと思う。文字通り瞬き一つの間に幾数もの攻防が繰り返される。少しでも策がずれれば死ぬ戦い。それを刹那――きわめて短い時間で判断して動く。

 下地となるのはゲームの知識。培ってきたゾンビとの戦いにとる経験値。神経を尖らせろ。思考を止めるな。相手から目をそらすな。削れるものは何でも削れ。わずかな動きさえ計算し、それが次の攻めの下地になる。無駄な動きなんて一つもない。

 うん。認めよう。


「うん! 楽しいよ!」


 楽しい。命を削るこの攻防。死をかけたやり取り。そういう状況が楽しいんじゃない。いや、それはあくまで副次的な状況だ。

 自分の全力を出して戦える相手。自分が培った経験をいかんなく発揮できる相手。洋子ボクのすべてを受け止める相手。

 AYAMEはそれができる。全力で戦っても勝てないかもしれない相手。全力をぶつけ、それに応じてくれるのだ。


「このままずっと遊んでたいけど、勝つのはあやめちゃんだからね!」

「ふふん。この前みたいに首切ってやる!」

「もうあの時みたいな手は食わないもんねー」


 AYAMEの暴力的な一撃。

 洋子ボクの急所を狙う鋭い一撃。

 一秒の間にその一撃がどれだけ繰り広げられただろう。そのすべてを致命的にならないように避け、そしてまた隙を見て繰り出される一撃。

 互いを削りあうような攻防は――


「え――待ってパパ――」


 慌てるようなAYAMEの声でリズムが崩れる。これまで足を止めて拳を振るっていたAYAMEが、いきなり距離を取るように後ろに跳躍したのだ。AYAMEの身体能力を生かした跳躍。しかし狭い資料室ということもあり、距離にすれば数歩程度。

 それは攻撃の手を止めたことに等しい。開いた距離を詰める洋子ボク


「よっちー相手に時間与えるのダメなんだって――ああ、もう!」


 おそらくイヤホンから『命令』されたのだろう。距離をあけて戦え、と。監視カメラで観察している『パパ』からすれば、近接戦闘のコンマ一秒単位の攻防を見て『命令』を下すことなどできないのだ。そもそも戦いに関しては素人同然。ならば距離を放すのが正しいといえよう。


 もっとも、AYAMEの言うように洋子ボクに隙を与えるのは悪手。AYAMEが衝撃を飛ばそうとする隙を縫うようにして迫り、手を伸ばす。狙いは――


「イヤホンゲットー! 骨伝導の最新式じゃないのさ、これ。もったいないけど、えい!」


 AYAMEの耳につけられていたイヤホンだ。それを奪い取り、地面に捨てる。そのまま踏みつぶした。


「え?」

「ったく、勝負に水を差すとかやめてほしいよね」

「よっちー、馬鹿じゃないの? 今の一瞬であやめちゃんの首切れたじゃないの。チャンス見逃すとか何考えてるのよ。

 っていうか、よっちーを襲わないといけない『命令』はそのままなんだよ」


 言いながら殴り掛かってくるAYAME。確かに『命令』は解けていないようだ。


「…………あ。そうだった。確かに今のはチャンスだった」


 言われて気付いた。今まさに、隙だらけのAYAMEを倒せるチャンスだったじゃないか。考えるより先に体が動いてた。


「でもまあ、あんな形で勝負がつくのは面白くないもんね。目指すなら本気のAYAMEを倒しての完全勝利! パパとかよくわかんないのに口出しなんてさせないから」

「……もー、よっちーってばムードがないなー。そういう時は『パパに操られてるあやめちゃんを見てられなかった』とか言えばあやめちゃんキュンキュンだったのに」

「あー、うん。そういう気持ちもあったかも」

「遅いよ。時間切れー。乙女の心はタイムリーなんだから!」


 恋愛シミュレーションとかはあまりやりこんでなかったもんね。

 でもまあ、これでよかったんじゃないかな。勝負はきっちりつけないとね!

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