AYAMEはよっちーと戦う

「ばきゅいーん!」


 指を向けて、そう言う。AYAMEの意思に従い空気が動き、弾丸となって放たれる。らせんを描く空気の弾は空気抵抗など受けずに突き進む。命中と同時に空気が竜巻のように荒れ狂い、周囲のものを巻き込んでいく。


「よっちー避けた? うんうん、そうでなくちゃ!」


 資料室を走り回る足音。バス停。それが現在のよっちーの居場所を示していた。ぐるりと回りこみ、こちらに迫るつもりなのだろう。わっかりやすいなあ。


『二秒待機。目標が姿を見せたと同時に攻撃しろ』

「はーい。パパ」


 イヤホンから聞こえる言葉に答えるあやめちゃん。『命令』遺伝子と魂情報を軸として、その人間の『常識』を組み替える技術。脳はそれが正しいと認識し、魂が逆らおうという本能を抑え込む。

 パパはあやめちゃんを育ててくれた。パパはあやめちゃんに優しくしてくれる。パパは痛いときに撫でてくれた。


「そのパパが優しいのは『命令』されててそう思ってるだけだからね、AYAME!」

『戯言だ。私のほうが正しい』

「わかってるよ、パパ」


 時折洋子がパパとあやめちゃんの関係を間違いだといいながら突っ込んでくる。そんなこと言いながら突っ込んでくるとか、ほーんとわかりやすい。


「わざわざ居場所教えてくれるとか、よっちー優しすぎ! あ、もしかしてあやめちゃんに虐められたいの? だったらうれしいなー」

「ちょっとは動揺するとかしてもいいんじゃないかな! こういう時は信じてた仲間に声をかけられて、洗脳が解けるとかいう展開じゃない!?」

「えへ。よっちーのことは信じてるよ。でもパパが言うんだから仕方ないよね?」

「やっばっ!」


 こぶしを振り上げ、大きく振るう。生まれた衝撃波がよっちーに迫った。とっさに跳躍して隠れるよっちー。だけどあのタイミングで完全に避けたとかはないだろう。幾分かのダメージは与えた。


「うっし、いい感じ! このまま一気に――」

『追うな、アヤメ。その位置を確保して待機だ』

「はーい」


 ダメージを与えたよっちーを追いかけようと踏み出したけど、パパに止められる。よっちーを追い詰めるチャンスだったけど、パパが言うんだからそれが正しい。あやめちゃんは足を止め、元の場所に戻った。


『カメラで目標の動きは捕らえている。バス停なんか持ってるから位置がまるわかりだがな。迫ったら迎撃しろ。自分から攻めに行かずに、相手が弱るまで待つんだ』

「弱るまでってどれぐらいまで待つの?」

『それも指示する。アヤメはいい子だから、パパの言うことは聞けるよな』


 言葉が耳を通して脳に届く。

 脳に届いた言葉の一つ一つが細胞に染み入る。パパの思い出。パパの優しさ。パパの暖かさ。それが体中に満ちていく。


「パパ」


 アヤメちゃんはその温もりに答えようと声を出す。声はマイクを通じて、パパに届いた。この思いまでパパに届くだろうか? パパはあやめちゃんの心を理解しているだろうか?


「愛してるよ、パパ」

『私もだ。アヤメ。だからこのバス停女を捕らえた後はほかの不死共を鎮静化して――』

「最初に抱いたこの思いは『命令』なんだよね?」


 答えはしばらく返ってこなかった。二秒か、あるいは三秒か。


『あのバス停女の戯言など、聞く必要はない』

「あやめちゃんも馬鹿じゃないよ。遺伝子を書き換えて『命令』の影響を脱してから考えたの。ああ、そういうことだったんだな、って。

 あやめちゃんだけじゃない。彷徨える死体ワンダリングのメンバーは全員、『命令』で逃げられないようにされてるんだって。パパたちが憎いとかやっつけたいとか、そんな気持ちが先走ってるんだもん」


 不死研究者に対する恨み。妬み。そして憎しみ。それは彷徨える死体ワンダリング全員が持つ思考だ。気が弱いナナホシちゃんでも、人間やゾンビ憎しの感情からは逃れられなかった。

 肉体を入れ替える『ツカハラ』こと八千代ンは、闘争心という形で不死研究者を標的にしていた。

 そしてあやめちゃんは――パパへの思いでを憎んだ。憎んで島の外に逃げようとか考えなくなった。思考がそこに向かってた。


『気づいていた……のか!? いや、気付いたところで意味はない。一度しかけた『命令』は魂に対する消去命令がない限りは解けない。遺伝子をどれだけ組み替えようが『命令』の解除はできない。

 そうだ。アヤメは逆らえない。遺伝子を新たに書き換えたとしても、細胞の入れ替えには月単位の時間が必要。少なくともこのタイミングで『命令』に逆らえるはずはない――』

「うん。無理無理。

 でもね、パパ。『命令』なんかされなくても、あやめちゃんはパパの言うことを聞いてたよ」


 今、あたしは笑ってるのかな? 泣いてるのかな? ちょっとわかんない。


「たとえ『命令ウソ』でもパパが優しくしてくれたのはホントだもん。だからあやめちゃんはしょーがないなぁ、って言いながらよっちー殴ってたよ。

 っていうか、普通に拉致って虐めてめちゃくちゃにしたいもん」


 パパからの返事は返ってこない。ちょっとドン引きされてるっぽい。むぅ、乙女の心はパパには少し理解できないか。残念。


「だからさ。パパは普通にあやめちゃんに頼めばよかったんだ。よっちーを倒してくれって。そしたら――こんなことにはならなかったと思うよ」


 この部屋に来て、最初から気づいてた。よっちーが準備万端で待ち構えていた時から、ずっと気づいていた。

 もうよっちーは、んだって。

 行き当たりばったりに見えるよっちーだけど、なんだかんだで博識だ。その下地にあるのは入念な下調べと準備。苦戦したのはその余裕がない時だ。

 海であやめちゃんと出会ったときは不意打ちだったからそこそこ苦戦したけど、パンちゃんは余裕で倒してた。見てて何あれ、ってぐらいにサクサクと。加えてあの身体能力だ。攻撃を見切ったりとっさの判断がすごすぎる。


『――なんだこの霧は!?』


 パパの叫び声。同時に白い霧が周囲に広がった。冷気のガスだ。それ自体はあやめちゃんにはあまり効果はないが、きっとこれは視界を封じるため。


「動画の人の仕業? んー、違う気がする。っていうかこのガス、浴びた覚えある

なあ。ほかに誰かいるの?」


 よっちーが一人でそこにいた、という時点でこの展開は読めてた。

 一緒にいたはずのファンたんさんがいなかった。死んだか隠れているのでなければ、見えないところで何かを仕掛けているんだと。そしてこのガスは監視カメラの視界を奪うためのものだ。


「やっば、読まれてた!? でも『命令』された通りに攻撃するしかないみたいだね!」

「すごいよっちー! ホント大好き!」


『命令』されて遠距離攻撃をするように言われているあやめちゃん。それを見切って作戦を立てていたんだろう。そして『命令』されないような状況を作ったのだ。

 そして機を見てバス停で殴ってこれるまで距離を詰めてきたのだ。


「衝撃波を当てられたときに追撃されてたら、終わってたけどね! 超慎重な不死研究者に感謝だよ!」

「アヤメちゃん、実はこの距離のほうが強いんだよ。よっちーに教えてあげるね!」

「いやになるぐらい知ってるよ! 毎日どんだけ不意打ちで殴ろうとしたり拷問具で痛めつけようとしたりしてたと思ってんの!」

「ん……さあ?」


 あんまり数えたことないなあ。よっちーといると無性に痛めたくなって、思ったときにはすでに行動してるし。


「うわ無自覚! 知ってたけど酷くね!?」

「きっちり防御するよっちーが悪いんだもん! あやめちゃん悪くない!」


 言って振り下ろす一撃をバス停で受け止めるよっちー。真正面から受けるんじゃなく、力を逸らす形で流したのだ。アヤメちゃんの一撃をまともに食らえば、それでつぶれちゃうからね。


「にっがさないからねー!」


 ここからが本番! あやめちゃんエンジンかかってきたもんね!

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