ボクはタイマンを始める

 A棟四階から一階まで移動し、そこからB棟の資料室まで行くのは走って十分。エレベーターなどを使っても三分ぐらいだ。

 だがAYAMEは驚異の身体能力で一分かからず到達する。

 真下に拳を叩きつけて衝撃で四階から一階までの穴をあけ、さらに真横に腕を振るってB棟資料室までの穴をあけて。落下ダメージなど気にすることなく飛び降り、そして空いた穴を疾走する。

 そんなデタラメ。しかしそれが可能なのが、AYAMEなのだ。


「やっほー、よっちー!」


 遊びに来たとばかりにAYAMEは軽く手を挙げる。事前の破壊行為がなかったら、本当に遊びに来たのだと錯覚しそうな笑顔だ。そしてそのままこぶしを握り、


「パパの『命令』でぶっころころしに来たよ。

 あ、殺しちゃダメなんだ。手足もいで、おとなしくしてもらうから。あ、でも急いでとは言われなかったかな。動けないよっちーでいろいろ遊んでもいいよね?」


 えへ、と可愛く――まあ、そのセリフの内容はえげつないんだけど――微笑むAYAME。洋子ボクはバス停を構えて、AYAMEとの距離を測る。


「……って臨戦態勢ばっちりじゃん。もうちょっと驚くと思ったのに。『えええええ!? AYAMEここで裏切るの!』とかさー。おたおたするよっちー見たかったのにー」

「いやまあ、壁壊した時点でAYAMEかなぁ、って。建物壊されたらさすがに驚くけど」

「そっか。じゃあ次からはそうするね」


 いらんことをいったかもしれない。ちょっと反省する洋子ボク


「でもマジで予測できたのはなくない? あやめちゃん、パパに会うまでは100%よっちーの味方だったのに」

「むしろ今でも裏切ったとか信じらんない。AYAMEの性格そのままだもん。しゃべり方もなにもかも。それが『命令』なんだろうけどさ」

「うっそだー。信じらんないとか言いながらもあやめちゃんが襲ってくるの警戒してたじゃん」

「いや、毎日ボクの隙を窺ってて、気を抜いた時に襲い掛かって拘束して拷問しようとしてたじゃん! なんどか本気でやばかった時もあったし!」


 いや本当に。

 気が付くと拷問具もったAYAMEに迫られてたり、手首つかまれて手錠かけられそうになったり、スキンシップとか言いながら拉致ろうとしたり。一歩間違えれば今ここにいないかもしれなかったんだからね!


「そだっけ?」

「しかも本人はじゃれてるつもりだし! だから今もその延長線かなとは思ってるんだけど」

「ざーんねん。今はあやめちゃんが拉致るんじゃなく、パパがよっちーのこと欲しがってるんだ」

「……パパ……。おっさんに体をいいようにいじられるのは、ちょっと……」


 元男として、男に体をいじられるのはあまりいい気分はしない。まあ、世の中には『女体化した自分を徹底的に汚して、肉体的精神的にボロボロにしてほしい』という趣味の人もいるんだろうけど、洋子ボクはそういう趣味はない。


「そう、ボクの体がサイコーでビューティフルでセクシーでデンジャラスなのは知っているけど! それを穢そうだなんてそんなことは許されない! なぜならボク可愛いから!」

「むぅ……。あやめちゃんもパパがよっちーの体いじってるの想像すると、ヤな気分になる。よっちーの内臓とか脳みそとか、だれにもあげたくなーい」

「AYAMEにだってあげないからね! あとその指の動きやめて!」


 何かをかき混ぜるようにしながら不満の声を上げるAYAME。何をかき混ぜてるのかを想像して、怖気がした。スプラッター反対!


「そこは嫉妬するあやめちゃんに優しく声かけるのがイケメンなんだよ、よっちー」

「いやそのシチュエーションをするにはあまりにもムードなくない?」

「ンなもん壁ドンとかして無理やり作ればいいじゃない。わかってないなー」

「そりゃ失礼。なんで今のムードに合わせた行動と行かせてもらうよ」


 言ってバス停を手にしてAYAMEとの距離を詰める。このまま話して事態は好転しない。機を見て動くのが洋子ボクの信条!


「あは! よっちーの本気!」


 本気で振るったバス停の振り下ろしを、後ろに下がって避けるAYAME。十分に距離をあけて、洋子ボクに向かって指を向けた。銃を撃つようなポーズの後に、明るく発射の音を告げる。


「ばっきゅーん!」


 回避は間に合わない。バス停を盾にして、その衝撃を受け止める。らせん状に洋子ボクにたたきつけられる烈風。空気の本流を受けて洋子ボクの体は回転し、資料室の床を転がった。


「距離を取っての遠距離攻撃!? そのまま殴ってくると思ったのに!」

「うん。パパが『バス停で殴ってくるだけの近接攻撃しかできないキテレツ娘だから、距離を取って弄れ』って。つまんないけど、パパがいうんだからしかたないよね?」

「うわ正論!? AYAMEのパワーでそれやられるの地味につらいんだけど!」


 これまでのAYAMEは、パワーとタフネスに任せた力押しが主流だった。そしてそれでも問題ないぐらいのパワーとタフネスがあったのだ。戦力が十分なら、正面突破こそコスパ含めて最良の策なのだ。

 だが、それでは勝てないと判断したのだろう。遠距離から洋子ボクを痛めつけ、体力を奪う戦略に出たようだ。『命令』したパパの作戦なのだろうが、洋子ボクの実力を警戒してということか。


「っていうかキテレツ娘って何なのさ! このカワイイボクを指してそういうこと言うとか価値観歪んでない!? もしかして人間じゃなくて異星人!?」

「んー。『奇妙な、風変わりな姿をあらわす単語』だって」


 こちらに指の空気鉄砲を撃ちながら、AYAMEが答える。一撃のパワーが大きいので、うかつに特攻もできない。慌てて資料室の机に隠れて、会話を続ける。


「意味がわかんないんじゃないやい!」

「あと『近接武器とか時代遅れ。しかもバス停とか何考えてるかわからない』って言ってる。だよねー。あやめちゃんも聞きたかったけど、なんでバス停なの? ウケるけど、なんか意味あるの?」

「いいじゃんバス停。エモいじゃないのさ! っていうかこの会話聞かれてるの?」

「うん。カメラとかで見てるんだって。あと、あやめちゃんはこの機械でパパの声を聞いてるの」


 耳のイヤホンを指で叩くAYAME。なるほど、この戦いも不死研究者が見ているってことか。防犯用の監視カメラで戦いの様子を見て、何かあっても対応できるようにAYAMEに『命令』できるようにしている。

 じゃあそのイヤホン壊せば『命令』はできなくなるんじゃね、っていうのはきっと素人考え。対策はおそらく何重にも施されているのだろう。館内放送とかそういった感じで。やってもいいけどAYAME相手にそんな余裕はない。


「なら仕方ないかな。AYAMEのぱぱさんに話を聞くために、AYAMEを倒さないと。その機械を通して会話はできるってことだよね。奪えば『命令』の手がかりゲットかな。

 まあそれに、」

「うん、そうだよ。でもパパは嫌がってるし、AYAMEちゃんもパパとよっちーが仲良くするのはヤなんで止めるね。

 っていうか、」


 たぶん、洋子ボクとAYAMEは同じような笑みを浮かべていたのだろう。


「「(AYAME)(よっちー)と戦うんだから、手加減なんかできないもん!」」


 昂ぶる心。震える体。相手をどう乗り越えるかをイメージする。強い相手を前に感じるワクワクとした心。

 ゲーマーとして、強敵を前にして浮かべる笑み。命のやり取りと理解しながら、その道徳すら凌駕する想い。相手がAYAMEだからこそ感じる高揚感。


 AYAMEのパワーと洋子ボクのゲーマースキル。

 それが今ここで、ぶつかり合う。

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