AYAMEはパパに出会う
「お。よっちー地下についたんだ。やったじゃん」
連絡用SNSをみて、AYAMEは笑みを浮かべる。洋子が目的の場所に突立つしたのだ。それを見て、目的の一つは果たしたとガッツポーズをとる。
AYAMEはA棟内を突き進んでいた。屋上から侵入し、各扉を破壊しては中にある施設をぶっ壊していく。途中で施設を守る役割のゾンビも出てきたが、彼女のパワーを前にすべて沈黙していた。相手にすらならない。
「カオスちゃん、ナナホシちゃん! よっちー達うまくやったってさ」
「うん……よかった」
「けっ、すっトロいんだよ。ノロノロやってたんじゃないのか?」
叫ぶAYAMEに答えるナナホシとカオススライム。
「ってことは、派手に暴れていいってことだな」
「よっちーに迷惑かけない程度にね」
「わかった……よ」
「よっしゃ、アレよこしなぁ! カオススライム様の復活だぜぇ!」
「ほいほい。んじゃ、がんばってねー」
AYAMEは研究施設内で手に入れた特殊な細胞をカオススライムのぬいぐるみにぶっかける。その細胞はぬいぐるみに触れるや否や増殖し、ぬいぐるみを覆いつくしてさらに大きくなる。
増殖は止まらない。すぐにAYAMEの体を超えるほどになり、そして床に染み入り施設内を侵食していく。一つの空間すべてを侵食するカオススライム。空間さえも混沌に包み込む力が、今不死研究者の施設に広がっていく。
「僕も……行くね……」
そしてナナホシも背中の羽を広げ、小型のナナホシを放出する。体長30センチほどのテントウムシから生み出される1センチほどテントウムシの群れ。それはゾンビに寄生し、そして爆発する。
その際に生まれがガスが周囲を汚染し、被害は加速度的に広がっていく。ゾンビの数が多ければ多いほど被害は拡大する。防衛用に用意していたゾンビは、すべて寄生されそして破壊されていく。
「相変わらずえぐいわねー。ま、同情なんかしないけどね」
学園最高のハンターでさえ攻略に悩むだろうゾンビの質と量。それがこの施設には存在した。
だがそれは
「そんじゃ、あやめちゃんもがんばろっと。次はこの扉っと――」
扉を開けて中に入った瞬間に、AYAMEから表情が消えた。さっきまで浮かべていた笑顔は消え、目の前の状況に心が静まったかのように平坦な表情になる。
何もない部屋。もう使われなくなって何年もたつだろうかび臭い部屋。AYAME以外の人間がここに来たのなら、何もないと割り切ってすぐに別の部屋に移動しただろう。だけど、ここはAYAMEにとって『何もない』場所ではなかった。
「ぱ……ぱ……」
AYAMEの目の前にはただ何もない部屋があるだけだ。
だけどAYAMEは、そこで目覚めた少女を幻視する。そしてそれをやさしく抱える男の人。
かつて、ここで目覚めた自分。
そして一人の男に抱えられた自分。
その人が、自分に文字を教え、日記を教えてくれた。そうして書いた日記は……あれ? どうしたんだっけ?
「ああ、アヤメ。アヤメ!」
AYAMEの耳に聞こえてくる声。それはAYAMEの心に響く。そうだ、あの時自分をやさしく抱きしめてくれたあの人。聞くだけで心が温まるこの声。
振り向き、その姿を確認する。別れて何年もたって老け込んだけど、その顔を忘れるはずがなかった。
「パパ! ……生きてたんだぁ……!」
「ひぃ!? ああ、大丈夫。パパがハグするから。アヤメは力を抜いてくれ」
抱きつこうとするAYAMEを制するようにパパと呼ばれた男はAYAMEを制する。そしてゆっくり近づき、恐る恐るといった感じで抱きしめた。
「ひぐぅ。パパの匂いだぁ……魂も、パパの、うああああああああん!」
男の胸の中で、大泣きするAYAME。パパと呼ばれた男は、びくびくと震えながらその頭を撫でた。父が子に向けるふれあいではなく、猛獣を扱うようなそんな手つき。
その指に、極小の針がついていることにAYAMEは気づかない。
(目標の遺伝子、確保。情報転送)
(遺伝子情報更新。『命令』の情報更新完了)
(プログラム再構成。再起動)
『パパ』と呼ばれた男の役割は、AYAMEから遺伝子情報を採取し、それを電子信号として転送すること。
AYAMEに『命令』が効かないのは、オウカウィルスによる遺伝子改変が原因だ。ならばその遺伝子がどう変わったかを解析し、新たに情報を更新すれば『命令』は効く。
「うん。パパだよ」
「よかったぁ! パパの研究が奪われて、殺されたって聞いたからぁ、あやめちゃん、寂しくて寂しくて!」
「そうか。そばにいてやれなくてごめんな」
オウカウィルスを研究していたパパ。その研究は不死研究者に奪われ、パパは殺された。
そんなものはでっち上げだ。『命令』でそう信じさせたに過ぎない。彼女を野に放ち、そのうえでこの研究所に気持ちを向けさせるための。
『環境適応実験の第二段階?』
『そうだ。極限状態の環境下でも生き延びれるかのテストだ。島中にオウカウィルスをまき、不死どもが生存できるかを試す』
『島の外に逃げる可能性があるが、そこはどうする?』
『サンプル共に命令して、この研究所をン羅うように仕向ける。人間に対する嫌悪が妥当か?』
『ではあの小娘は親の仇などがいいでしょう。懐いていたからな』
『いいだろう。真実を知った時の顔が楽しみだ。そのあと記憶を消して、再度実験を繰り返す』
(もっとももう少し時間がかかると思っていた。あのヨウコ・イヌヅカとかいう個体が介入したせいか。まずはそいつを始末させないとな)
AYAME達が責めてくるのは、予想ではあと209日後だった。メンバーも互いに仲違いし、AYAME一人だと予想していた。大ガラスゾンビで足止めしてスナイパーの狙撃で事を終わらせ、施設内には入れないはずだった。
なのに攻めてきた不死の数は四名。スナイパーの作戦も露見し、天井まで跳んでくるという予想外の動き。おかげで研究者である自分がわざわざ出てくる始末だ。悪態をつきながら、時間を待つ。
(再起動完了。『命令』システム、使用可能です)
よし。イヤホンから聞こえる音声に笑みを浮かべる『パパ』。もうこの小娘は怖くない。言葉一つで自分の言いなりだ。
「アヤメ。パパの言うことを聞いてくれないか?」
その一言で、AYAMEは体を震わせ、こちらを見る。『命令』が効いている証拠だ。このまま暴れさせてもいいが、大事なことを聞かなくてはいけない。
「犬塚洋子のことを教えてくれないか? パパの言うことを全く聞いてくれない困った子なんだ」
「あははー。よっちーはわがままさんだもんねー。結構流されがちな部分はあるけど、根っこの部分は頑固だし」
結託なく笑った後で、AYAMEは言葉をつづける。
「よっちーはバス停を使うハンターで、ものすごく強いの。強いだけじゃなくて優しくて、アヤメちゃんのことをすごく気遣ってくれるんだ」
「うん、そうか。で、なんでパパの言うことを聞いてくれないかわかるかな? どうも魂に異常があるみたいなんだけど」
「さあ? でもよっちーの魂はイケメンだから、そのへんかも?」
ええい、役に立たん! なんだよ魂がイケメンとか。
愚痴りそうになる『パパ』。AYAMEから碌な情報は得られそうにないようだ。
「そうか、なら仕方ないな。
犬塚洋子を生かして捕らえるんだ。手足ぐらいは折ってもいい」
「処す? 処すの? よっちー処すの? りょーかーい!」
敬礼するようなポーズでAYAMEは『パパ』の言葉に応じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます