AMAYEという少女

ボクは日記を見つける

「うっわー」


 資料室に入った途端、げんなりする洋子ボク

 並ぶ本棚にびっしり詰められたファイル。背表紙に何かがかかれ立ったとしても基本英語。そもそも背表紙すらないものもある。

 適当に一冊手にして開いてみるけど、ほとんどが日本語じゃない言語だ。それが見えているだけでかなりの数がある。千は下らないだろう。この中から『命令』に関する資料を見つけるというのは、かなり面倒だ。藁の中の針、とかそんな言葉を思い出す。


「パソコンの中にあって検索したら出てくるとか」

「パソコンは逆に起動パスワードを見つけるのが大変デスネ」

「さすがにPCハッキングはファンたんの専門外っす」

「……ホントに? ファンたんならできそうだけど」

「知らない、って言っておいたほうが今後油断してもらえそうすから」

「本当にできないのか、ちょっと問い詰めていいかな?」


 とまあ、そんなやり取りもあったけどそこまで絶望はしていない。なぜならここまで案内してくれたパンツァーゴーストがいるからだ。こいつに聞けば何か情報が――


『知らん。ここに『命令』の資料があることは知ってるが、どの棚まではさすがになあ』


 はい、終了。


「一応、分類ごとにファイリングされてますカラ、それを手掛かりにすれば探せるんじゃネ?」

「そうすね。精神学かクローン関係を探してみるっす。……ドイツ語で精神学ってなんていうんすかねぇ?」

「結局総当たりかぁ。ボクは日本語の資料見てみる」


 別に英語読めないわけじゃないからね。ニュアンスぐらいならわかるから!

 とりあえずAYAME達に連絡しておこう。スマホのSNSにメッセージを送る。向こうも戦ってて余裕がないのか、返信の数は減っていた。既読はすぐについたので、順調なんだろうと楽観的に考える。


「っていうかどこから調べたものか。そもそも日本語で書かれたものがどんだけあるんだか……およ?」


 並ぶ資料を流し見しながら、うんざりする洋子ボク。どれもこれもあたりか外れかの見当がつかない。アルファベットの濁流にめまいを起こしている中で、奇妙なものを見つけた。

 プラスチック製のファイルの中に、一冊の古ぼけたノートがあった。紙の表紙で作られた日記帳。小学校の絵日記のような、そんな既存品。なんだこれ?

 経年劣化でボロボロになったそのノートの表紙には『にっきちょう』とひらがなで書かれた題名と、小学校低学年女子に向けた花の写真があった。そして、


「……おうか、あやめ」


 その日記帳の表紙にぐねぐねと書かれてあった名前。それはそう読めた。ひらがなを覚えたての子供の文字。なんでこんなところにあるのかはわからないけど、どう見ても『命令』とは無関係なノート。

 あやめ。この研究所にあった日記。どう考えてもAYAMEと無関係とは思えない。となるとこの日記は彼女のもので、それを勝手に読むのはなんか卑怯な気がする。いやまあ、こんなところにおいてあるのが悪いんだし、そもそも鍵つけてないんだから見てもいいよね? 怒られたら後で謝ろう。


「日本語の資料を見る、って言ったんだしね」


 そんな言い訳。どっちかっていうと好奇心に負けて冊子をめくる。日付と絵を描くスペースと、そして文章を書く場所。よくある日記帳の構成だ。


『11がつ、6にち。天気:?

 めがさめた。ことば、おぼえる。にっき、つける。

 ぱぱ は えらいってほめてくれた。うれしい』


 ぐねぐねとしたかろうじて人に見えるイラストに、『ぱぱ』と書かれている。そんな一ページ。


 日記をつけ始めた子供の最初のページ、にしては違和感だらけだ。日本語としてもいろいろ変だし、そもそも『めがさめた』ってなんだろう? 朝起きたって意味?


『11がつ23にち。天気:ふめい

 めがさめた。にしゅうかんぐらい、ねてた。からだじゅう、くだだらけ。

 ちをすわれて、いろんなおくすりをいれられた。いたかった。くるしかった。あばれてもだれもたすけてくれなかった。

 でも ぱぱ は、やさしくだしきしめてくれたから、いやなのがぜんぶきえてうれしかった』


 次のページはこんな感じだ。

 ……管だらけの状態。血を抜かれ、薬を投与され、痛いと叫んでもされも助けてくれない状況。

 不死の研究。死なないということの証明。それは致死量の薬剤を入れること。一種類だけではなく、複数。何度も、何度も。


「AYAMEが不死研究者から受けた、実験? その記録……?」


 これは見るべきじゃない。プライバシー的にもそうだけど、洋子ボクの精神面的にもだ。あんないい子……拷問趣味とかはまあ、この際忘れて――が受けた仕打ちを見るのは、精神的にキッツい。


 だけど同時に、目をそらしちゃいけないという思いもあった。AYAME達が戦っている相手。この島を実験場にしている者の所業。それから目をそらしてはいけない。それに――


『パパ』


 AYAMEがたびたび口にする言葉。言葉通りの父親なのか、あるいは別の意味なのか。それを追求したことはなかった。少なくともAYAMEは『パパ』を尊敬し、それを奪った不死研究者を憎んでいた。

 だけど、この日記にでてくる『ぱぱ』には、何か違和感がある。少なくとも、不死研究者と一緒にいる時点でこれまで抱いていたイメージと何かが違う。


「……ごめん、AYAME。後で何でも言うこと聞く……痛いのとか血が出るのとか、あと福子ちゃんが怒りそうなのはヤだけど、とにかく見させてもらう」


 自分でも卑怯だという自覚はあるし、ここで謝っても関係ないなんてわかってる。それでもここで見なかったことにする選択はない。


『12月2日 天気:晴れ

 目を覚ます。ぱぱに言われていた日記をつける。かなり日が開いたので日記じゃないけど、それでもぱぱは構わないって言ってくれた。うれしい。

 部屋と研究所を行き来する。箱に閉じ込められてA棟に行く渡り廊下を移動する。その時見える太陽が、すごくキレイだった。そっか、これが晴れなんだって初めて知った。

 お外で遊びたいって言ったら、いつか外に出れるよってパパが言ってくれた。その日を信じて、『じっけん』を受ける。痛いけど、ぱぱが頭を撫でたら痛くなくなるって知ってるから、耐えられる』


『12月3日 天気:雨

 目を覚ます。すぐに起きたことに、みんな驚いてた。

 ぱぱは「ウィルスが状況に適応している」とか言ってた。あやめのなかにあるうぃるすが、おくすりを退治してるみたい。おかげでもう痛くない。

 その日から、いつもの部屋に戻れなくなった。鉄でできた壁の部屋。出ようとすると、体がびりっとしびれて動けなくなった。

 つめたくてびりびりするけど、ぱぱが優しく声をかけてくれたら楽になった。うれしい』


『12月4日 天気:雨

 起床時間、6:00。体調に異常はなし。体の中のオウカウィルスは今日もあやめの体を守ってくれる。

 毎日のように受けていたスタンロッドによる電流も、すぐにオウカウィルスが治してくれる。鉄の扉ぐらいなら、すぐに蹴っ飛ばして逃げることができる力があるのもわかる。

 だけど、それをするとパパが悲しむからやらない。パパが世界のみんなを助けるために頑張ってるのは知ってるから。だからあやめも我慢して、実験につきあうんだ。

 だけど、やっぱり痛いのはやだなぁ。パパが痛いのを取り除いてくれるからいいけど、それでも痛いのは痛いんだし』


「……これは」


 断片的ではあるけど、AYAMEの状況がわかってきた。

 オウカウィルスの不死を試すために様々な薬品などを投与され、それにウィルスが順応し、そして日記も最初はひらがなだったのに、漢字が混じってくる。

 そして何よりも『パパ』の存在だ。

 痛く苦しい実験の後に、『パパ』が何かをすればその苦しみや痛みが消える。魔法でも使っているんじゃなければ、そんなことは普通はあり得ない。となれば、痛いのに痛くないように感じさせているんじゃないだろうか?

 自分の思うように相手の精神を操作する術。それを洋子ボクは一つ知っている。


「……『命令』……」


 AYAMEは、『パパ』に命令されていた――?


「いやいやいや。AYAMEは『命令』が効かないじゃん。それは警察署の戦いで見てたし。確か遺伝子をどうこうしたとか――」


 言ってから洋子ボクは気づく。

 AYAMEの不死能力はオウカウィルスによる環境適応。何かしらのアクションに対し、オウカウィルスが対応する形だ。


 つまり、


 誰に? 間違いなく、『パパ』に。

 何のために? 言うまでもない。AYAMEを従順にして、都合のいいように操るために。暴れさせることなく、不死の実験を進めるために。

 そしてここは『命令』を使う不死研究者の施設だ。


 ここにはおそらく『パパ』がいる。

 AYAMEをいいように操った不死研究者が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る