ボクは刹那にかける

「嘘だろ! ここにきてパワーアップイベントとか、ボクなんかした!?」


 驚いたことに、急にAYAMEの動きにキレが出てきた。

 これまではその高い身体能力を生かしての大雑把な攻撃だった。いや、大雑把は少し違う。細かいところに目が言っていないと言う蔑んだ意味ではなく、細かな部分など気にしないぐらいに強い一撃だ。

 たとえるなら、津波や台風といった自然災害。その勢い自体が巨大な被害を生み出す。それが意思をもって、的確に人を殺しに来ているといえば通じるだろうか。


「よっちーがそういうことを意識してるのを見てたんで、真似してみたんだよ。えへへ、すごい?」

「うん。すごい。だけどこの状況ではやめて欲しかったかな!」


 成長するのはいい事だ。ただそれが人類に敵対する彷徨える死体ワンダリングなのは、はた迷惑なことこの上ない。ましてやその原因が自分にあるというのなら、なおのことだ。いやまあ、教えたわけじゃないんだけどね。

 ともあれ、問題なのはこの状況だ。動きは素人で挙動も読みやすい。だけど当たれば即死。バス停で受け止められるとか逸らしてかわすとかそういう次元じゃない。


「AYAME+格闘技術かぁ……」


 誤解を恐れずに言えば、武術は人を効率よく殺すための技術。一挙手一投足が人を殺すための動きだ。必要最小限の動きで致命傷を与えることを理想とし、そのために長い年月を費やし体を鍛え、人を殺すために人体を鍛える。

 AYAMEは見様見真似といった。実際その通りで、八千代さんに比べれば動きはちぐはぐだ。動きを真似ただけの、それだけのことで動きが鋭くなる。無造作に放水していたホースの先を絞り、水の勢いが細く鋭くなったかのように。

 すごぶる危険なのに。


「やっば。ワクワクしてくる」


 怖い、死にそう、もうやだ。そんな感覚と同時に、どう攻めよう、どう攻略しよう、どうやって戦おう。そんなゲーマー気質がむくむく沸いてくる。自分でもバカだなぁ、ってわかってるのに気持ちは止められない。


「でもまあ、どう考えてもこれしかないよね」


 言ってバス停を正眼で構える洋子ボク

 防御なんかできない。守りに入ったら負ける。だったら最適解は一つ。攻撃される瞬間に、カウンターで倒す。

 少しでも遅れたら殴られて死亡。早かったら攻撃が浅くて倒しきれずに死亡。文字通り、刹那のずれで死亡確定。


「刹那を見切っちゃうからね!」

「何言ってんのかわかんないけど、一撃必殺狙ってるのはビシビシ来てるよ」


 一撃必殺。この攻撃でAYAMEを無力化する。

 意図を読まれて、遠距離攻撃に切り替えられたら手詰まりだ。AYAMEもそれがわからないほど無謀じゃないはず。


「いいよ、よっちー。乗ったげる」


 腕をぐるぐる回して、AYAMEは構える。互いに一歩踏み込めば間合いという立ち位置。言葉なく、互いの挙動を探り合う。呼吸すら忘れるほどに集中し、見つめあう。


 始まりの合図は何だったのか。流れた汗か。機械の起こした雑音か。外の戦闘音か。第六感でしか感じられない何かだったか。


「――――!」


 洋子ボクとAYAMEは弾かれるように動き、そして交差する――


「……っ……!」


 糸が切れた人形のように、崩れ落ちる洋子ボク。指一本、動かすこともできない。目の目が真っ白になり、前後不覚になるほどに視界が回転していく。


「う……はぁ……!」


 口を開け、酸素を吸い込む。肺に満ちる空気が全身に広がり、全身の感覚が戻ってくる。

 どさり、と何かが倒れる音。それが何かを視認はできなかったけど、何が起きたかは理解していた。


「いったー……よっちーのばーか。あやめちゃん、頭ぐるんぐるんになったじゃないの」


 バス停で脳天を叩かれて、脳震盪を起こしたAYAMEが倒れたのだ。踏み込んだ勢いに合わせるように洋子ボクの一撃が決まり、その衝撃がAYAMEの脳を揺さぶったのだ。


「あのカウンターを食らって、それで済むのはすごいけどね……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、言葉を返す。洋子ボクが動けなくなったのは、極度の緊張が原因だ。AYAMEの攻撃を少しでも食らったのなら、吹き飛ぶじゃすまない。


「とにかく、ボクの勝ちー……はははー」

「次はあやめちゃんがかーつ! 勝ってよっちーをいじめるんだー」

「次……次かぁ……。うん、ふふ、あはははははは!」


 次。もう一度AYAMEと戦う。そんなことを思って、思わず笑ってしまう。

 理由は自分でもよくわからない。もしかしたら気が狂ったのかもしれない。こんな極限の精神状態をもう一度やれとか、確かに正気じゃいられない。


「ふ、にゃははははは! よっちーなにわらってるのよー」

「AYAMEだって、ははははははは!」

「もー、もー。くっははははははは!」


 互いに動けない状態のまま、洋子ボクとAYAMEは二人して大笑いしていた。肺の空気がなくなるまで笑って、咳きこんではまた笑って。


「オウ、これが日本のことわざで言うところの夕日の河原で殴りあうってヤツデスネ」


 戦いが終わったのを察して、ミッチーさんが顔を出す。監視カメラの妨害に白いガスを撒いてもらった後は、この部屋に邪魔が入らないように動いてもらってたのだ。スピーカーを止めたり、部屋に入ってこれないようにバリケードを作ったりガスを撒いたり。その結果、


「ほい。予想通り、通信が届かなくなったら直接『命令』しようとこっちにやってきたネ」


 ミッチーさんが引きずっているのは、白衣を着た男だ。ミッチーさんのガスを食らって動けなくなったところを縛られたのだろう。引きずられるままに引きずられていた。


「くそ! なんで『命令』が効かないんだ! おい、そこの金髪女、俺を解放しろ!」

「あー、何言ってるのか聞こえないデスネー」


 ミッチーさんの耳には、イヤホンがつけられて、スマホにつながっている。音楽をガンガンに鳴らして、外からの音を聞こえないようにしていた。


「『命令』のプログラムが遺伝子と魂にどう影響するかはわかんないデスケド、言うことを聞かせるには何らかの『指示』がいるのは確かデス。視覚か聴覚を封じれば、言うことは聞かせられないんじゃないデスカ?」

「……っ」


 ミッチーさんの言葉に息をのむ研究者。

 あんだけ叫んだりしてればこの程度の推測はできるもんである。AYAMEにも骨伝導インカムでなんか言ってたみたいだし。


「で、理由はわからないけどボクには『命令』がまったく効かないことは知ってるよね?」

「ヨウコ・イヌヅカ! ……貴様!」

「最初はキミたちの研究なんか二の次だったし、仇は彷徨える死体ワンダリングに討たせようって気になってた。ぶっちゃけ、『命令』を解除できる方法さえわかれば後はどうでもよかったんだよ。

 でもやめた」

「やめた?」


 縛られて動かない研究者の鼻をつまみ、宣言する。


「こんな研究全部破壊してやる。『命令』を解除して、二度とキミたちが変な事を考えられないぐらいにしてやるよ。

 うん、そうだね。ボクは怒ってるんだ。八つ当たりさせてもらうよ」


 そうだ。洋子ボクは怒ってる。

 AYAMEにこんなことさせて、それを見て研究とか言ってる連中を許すつもりなんてない。ほかの彷徨える死体ワンダリングも『命令』されてるんならそれも解除してやる。


「なんで、まずはこの施設からだ。いろいろ吐いてもらうよ」

「アヤメ、私を助け――!」

「はーい。動けるようになったら助けるからちょっと待っててね、パパ」

「嘘だ! AYAMEを倒しただと!? 貴様本当に人間なのか!」

「それに関してはワタシも疑いたいデスけどネ。なんなんデスカ、あの動き」

「きちんとした人間の動きだい。もう一回やって、って言われたら二度とできないけどね」


 動けないAYAMEにおびえる研究者。洋子ボクの動きに驚くやら呆れるやらのミッチーさん。

 んじゃまあ、ちょっと本気で八つ当たりしますか。

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