ボクはあの子と再会する

「では綾女殿と合流してくる。健闘を祈ってるぞ、犬塚殿」


 施設に入るなり、そう言って走り出す八千代さん。行動に無駄がないというか、遊びがないというか、単にやるべきこと以外はどうでもいいというか。


『第一種警報発令。施設内に暴力的な侵入者が潜入しました。職員はマニュアルに従って速やかに行動してください。現在、A棟6階にて被害拡大中です。繰り返します――』


 正面のドア(当然叩き壊した)から入って、ずっと聞こえる警報の音。おそらくAYAMEが屋上から侵入してずっと鳴ってるのだろう。今洋子ボク達が侵入したのがA棟。

 八千代さん達彷徨える死体ワンダリングはこの棟に用事があると言っていた。ここに不死研究者がいると言う。

 で、洋子ボクが必要な『命令』関係の資料はB棟にあるという。研究を保管し、様々なものを置いている物置的な所らしい。で、不死の研究はA棟で行っているとか。

 なのでA棟エントランスからB棟に通じる廊下に向かい、


「いきなりかー!?」


 そこで蠢く肉団子を見た。

 何と言われると肉の団子としか言えない存在だ。廊下の一面を埋めつくほどの巨大な赤く脈打つ肉の団子。複数個の目玉やら口やら腕らしいものやら触手らしいものを生やしている。はっきり言ってみた目グロイ。


「ひいいいいいいいい!? これは流石に動画に出せないッス!? 正気度チェックモンすよ!」


 なんだかよくわからない事を言いながら、スマホをしまうファンたん。まあ、動画に出せない云々は解る。これは見た人がブラウザバックするグロさだ。


「どういう類のゾンビかわからないけど、とりあえず近くの椅子攻撃!」


 そもそもゾンビなのかさえ分からない相手だ。いきなり突撃するのは危険すぎる。エントランスにあった椅子を投げつけてみると――椅子は肉塊にぶつかって、そのまま地面に落ちた。


「ふぇ――」


 肉団子の複数の口が同時に開き、


「ふえええええええええええええええん!」


 いきなり泣き出した。目から涙を流し、大音響で泣き出す。思わず耳を防ぐが、それでも耳にダメージを受けたのか、少し痛い。


『なにやってるんすかー!?』


 てなことを耳を塞ぎながらファンたんが言ってるんだけど、聞こえなーい。口パクと雰囲気で察するけど、こんなの予想できないよ!?

 迂闊に殴ってたら、鼓膜破れてたかも。それぐらいの音響だ。そして、


『転がってくるッス!?』


 てなことを耳を塞ぎながらファンたんが以下省略。いや、転がってきそうなのは予測できたけどね。団子だしね!

 泣きながら転がってくるお陰で、耳から手を離すのはちょっと辛い。大声をあげながら突撃してくる。子供じみた行動だけど、地味に行動に制限がかかって厄介だ。事前に知っていれば、無視するかあるいは何かしらの対策はとれたんだけど。

 最悪、鼓膜を犠牲にしてでも戦わないといけない。そしてそのリミットラインは、すぐ迫っている。覚悟を決めて足を止め――


「これが日本のことわざで言う所の、ヒャッハー! デスネ!」


 耳から手を離した洋子ボクの耳に聞こえてきたのは、どこか懐かしい女性の声。

 B棟から電動キックボードで駆け抜けてきた<ドクフセーグ>を着た毒ガスタンクのマッドガッサー。それが肉団子に向けて、毒ガスを放出する。


「……ミッチー、さん?」


 美鶴・ロートン。通称ミッチーさん。

【バス停・オブ・ザ・デッド】のムービーメーカーにして切れ者。なんだかんだで洋子ボクを導いてくれた年長者。

 

「貴方、誰? なんでワタシの愛称をご存じデス……のぉわ!? どうして泣くデスカ!?」

「だって……だって……!」


 分かってる。

 洋子ボクを忘れるように『命令』されたから、洋子ボクのことは覚えていない。だから洋子ボクのことを知らないのは当然で、そんなことは半年前の戦いでもわかっていたし、その反応も予想通りだ。

 だから、洋子ボクが泣いているのは決して『知らない』という態度を取られたからじゃない。


「生きてて、生きて、会えるとか、思わなかったから……! 死んでないとは聞いてたけど、でもやっぱり……!」


 今目の前に、かつての仲間が生きている。その元気を損なわずに戦っている。

 たったそれだけの、奇跡的な事実が嬉しかった。ここが狩場じゃなかったら、きっとわんわん泣いていただろう。


「そこの動画配信者、なんかご存じ?」

「色々あったんすよ。その辺はファンたんも巻き込まれたっぽいんすけど。とまれ説明は後っス」

「そうだね。今はこの団子をぶっ倒すよ!」


 涙を拭いて、バス停を構える。

 こいつのおおよその特性は理解した。あとは――


「ボクがぶっ叩いたら全員離脱! ミッチーさんは殴りに行くボクの背後辺りに毒ガス撒いて!」

「は?」


 叫んだ洋子ボクの言葉に疑問符を浮かべるミックスさん。


「こいつは衝撃を受けた方向に突撃する程度の本能しかないんだ。毒ガス撒いてれば自然に突っ込んできてくれるよ!」

「違ったらどうするデスか!?」

「その時はいつもの出たとこ勝負!」


 言いながら、バス停を構えて肉団子に迫る。渾身の力を込めて、バス停を叩き落とした。ざっくりと肉を裂き、そして肉を削り取る。


「ふぇ――」

「全員退避ー! 泣き出す前にどこかに隠れて耳塞いで!」

「ふえええええええええええええええん!」


 泣き出す肉団子。だけど洋子ボクの警告通りに退避したファンたんとミッチーさんは耳を塞いでいる。


「ふえええ――ごぼげほげごほぉ!」


 そしてミッチーさんは洋子ボクの指示通りに毒ガスを撒いてくれたようだ。肉団子は毒ガスを吸い込み、そして咳き込んだ。白く霜が張っているのは凍結付与のEFBガスだからか。

 一度パターンにはめれば、後は同じことの繰り返し。泣き止むと同時に走り出し、毒ガス設置と当時にバス停を振るう。泣き出した肉団子が転がり、ガスを吸って自爆する。危険を回避する知識も知恵もなく、ただ痛みを受けた方向に転がるだけの存在。大きいこともあってタフではあったけど、


「これで、トドメ!」


 振るわれるバス停。十に満たないルーチンで、肉団子は動かなくなった。ドロリ、と溶けるように崩れ去り、自壊する。


「ふふん、このボクにかかればこんなもんさ!」


 言って胸を張る洋子ボク。うんうん、楽勝楽勝。


「んー。よくわからないケド、なんか既視感あるデスネ。このボクスゴイオーラ」

「実はいろいろあって忘れてるらしいんすよ。自分ら六学園全員、このバス停娘を」

「あー。もしかしてワタシが忘れてるのっテ、こんな子の事だったデスカ。うーん……バス停振るう変な子だったとか、少し信ジランネー」

「なんか酷いこと言われてない!?」


 洋子ボクのことを忘れているファンたんとミッチーさんは情報を交換し合い、同時にため息をついた。いや待って。なんか本当に残念な子を見る目で見るのやめてくれない!? 武器がバス停でボクカワイイとか連呼するぐらいの、普通の子じゃない。

 ……そこが普通じゃない、って言われそうなのでぐっと我慢する。今はそれよりも聞かないといけない事がある、


「所でミッチーさんはなんでこんな所に?ここ、結構危険な所だけど」

「オウ、そうデス。実はワタシ、半年前から『とある事象』に関して記憶喪失デシテ。その記憶に関することでこの施設が関係していることが分かったんデス!

 なんとここは、不老不死を研究している施設だったんデスヨ!」


 あ、うん。知ってる。

 そんな顔をすると、明らかに落胆するミッチーさん。ごめんねー。


「トニカク調べようとしていたんデスガ、強いゾンビがうろついて、狙撃兵とかデカカラスがいたりで隙を伺ってたんデスガ、ついさっきその警戒が薄くなったので侵入しマシタ!」

「あー、こっち側で戦ってたから隙が生まれたんすね。意図せぬ陽動って所っすか」


 ミッチーさんの言葉を聞いて、ファンたんが頷く。

 なるほど、洋子ボク達がゾンビと戦っている隙に、ミッチーさんが施設内に入ったのか。建物の向こう側にいて気づかなかったとか、そんな感じかな?


「でも一応目的は達したんじゃない? 失われた記憶の理由と原因とそのものがここにいるわけだしさ」

「ムムムム……。いえ、信じられまセン。ワタシは貫くような衝撃的な出会いだったと記憶してマス。バス停もった変わりモノじゃないはずデス」

「いや、まあ、確かに貫くような衝撃的なファーストコンタクトだったけど」


 ゾンビになった貴方を殺しました、などとはまあ言えない。言ってもいいけど、多分信じないだろうし。


「ま、いいよ。どの道その『命令』の解除法を探しに来たんだ。道すがら、詳細を説明するよ。

 だから、一緒に行こう」


 言いながらミッチーさんに手を差し出す洋子ボク

 実の所、断られるんじゃないかってビビってた。そして拒否されたら、心に傷が残っただろう。


「オッケー! 了解ネ!」


 だけど、ミッチーさんは親指立てた後で洋子ボクの手を掴んでくれた。

 その変わらない笑顔とノリが、とてもうれしかった――

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