ボクは亡霊戦車にバス停を叩き込む

「いっやほーい!」


 バス停を振るい、亡霊戦車から突き出た副砲を叩き折る。毎秒100発の弾丸を放つマシンガンだが、ここまで近づけば洋子ボクを狙い撃つこともできない。容赦なく叩き潰させてもらった。

 とはいえ、これはパンツァーゴーストの副砲の一本でしかない。他の副砲を使えば、洋子ボクを狙い撃つことは可能だ。

 さらに言えば、パンツァーゴーストは近づいてきた人を燃やすための火炎放射器や、ドローンによる手榴弾投下もある。方向を転換して無限軌道でひき殺したり、その重量で圧殺することもできる。


(火炎放射器の範囲から逃れて、残存する炎に巻き込まれない足場を確保。炎に囲まれないように誘導しながら走り抜けろ!)

(手榴弾持ちのドローン見えた! 攻撃される前に先に落とす!)

(パンツァーゴーストの方向転換確認。突撃される前に行先から逃げるんだよー!)


 それら攻撃の兆候はすべて理解している。派手なように見えて緻密な作戦と基本に忠実な戦術。

 だがそれは、大人数を相手する時の戦い方だ。向かってくるハンターの数を減らし、損害を与える為の戦術。数を減じてさえしまえば被害は少なく、またハンターの心も折れる。

 だけど洋子ボクは一人だ。ミサイルのような広範囲爆撃は撃つまでのタイムラグがネックになる。主砲の砲撃は当たれば即死ダメージだが、建物だらけの地形に隠れて動く一人の人間は狙いにくい。

 となれば細かな動きが出来る副砲で近づいた人間を撃つのがいいのだが、洋子ボクはその攻撃範囲と死角を十分に理解している。副砲を壊しながら安全領域を確保し、動ける範囲を広げていけばいい。


「ガンガン行くよ!」


 走りながらバス停を振るい、亡霊戦車のマシンガンを壊していく。

 実際、イベントでもここまで攻めてこれたハンターはいたのだ。でなければ、パンツァーゴーストの情報なんか知っているはずがない。これ以上攻め切るだけの戦力がなかったから、イベントは敗北になったのだ。


『くそ! なんで俺の動きが予測される!? なんで銃の死角が分かる!? 狙いにくい場所に行きやがって! 姿を見せやがれ卑怯者!』

「そりゃそんだけの銃を相手にまともに防御してたら耐えられないもんね。攻撃を受けないように攻めるのが基本じゃん。

 大体、卑怯っていうならそんな兵器持ってくる方が卑怯じゃないか。その戦車から降りてきたら、正々堂々戦ってあげるけど?」

『だだだだだだ黙れぇぇぇぇぇぇ! ここから出るだと、出るだと、そ、そ、そんなことできるかああああああ!』


 軽口のつもりだったけど、予想外に反応されてびっくり。

 パンツァーゴーストにとって『外に出る』っていうのはよっぽど感情を揺さぶられることだったようだ。出たら死んじゃうとか、そんなのかな?


『俺は出ないぞ……! 絶対にここから出ないぞ……! ここは俺の城だ。ここは俺の領域だ。ここは俺の聖地だ! 誰も入ってくるんじゃねえぞ!』

「いや。その、うん。まあ中に入って操縦者をぶっ叩くのは戦車攻略の基本なんだろうけどさ」

『くく、来るなぁ! 来たら殺す、殺すからなぁ!』


 散々ついていた悪態の『殺す』ではなく、自分を守るために放った抵抗的な『殺す』。パンツァーゴーストにとって、戦車から出るという事はそれほど恐怖なのだろう。全ての副砲が狙いを定めずに撃ち放たれる。

 まるで駄々っ子が手を振るうような、そんな暴れ方を感じさせる乱射。


「やっばいやばやば!」


 言いながら近くの瓦礫に身を隠す洋子ボク。流石にこんな状況で攻撃に出る余裕はない。

 だけど弾丸とて無限ではない。一度撃ち放てば新たな弾丸を装填しなくてはならない。

 つまり、この攻撃が終わった後には大きな隙が生まれる。


「ここまで嫌がるんだったら、そこを攻めないとね」


 中に入られるのが嫌なら、当然中に入る。ウィークポイントを攻めるのは戦いの基本だもんね!

 弾丸の隙を縫うようにして近くにあったビルに入り、階段を駆け上がる。そのまま屋上まで一気に駆け上がり、


「とーう!」


 戦車に向かって跳躍する。助走をつけて、欄干を踏み台にして一気にジャンプしてパンツァーゴーストの頂上に――


「あわわわわわ!? とーどーけー!」


 ――頂上には、届きそうもなかった。飛距離足りず、そのまま自然落下していく洋子ボク。慌てて手を伸ばして、近くの副砲に捕まった。そのまま突起に足をかけて何とか昇っていく。


「やっばー。つかみ損ねたら落ちてたじゃん。……ノリとテンションでジャンプするのはやめよう」


 一息ついた後でハッチらしい入り口を見つけ、そこを開いて中に入る。梯子を下り、少し狭い道を突き進んでいく。そして――


「あっ! けっ! ろーーーー!」


 鉄製の扉をバス停で叩いて壊す。最初はちゃんとノックしたんだよ? だけどパンツァーゴーストが『ひぃぃぃぃぃいぃ! クルナクルナクルナァ!』ってしか言わないわないから仕方なく。


「さあ、約束通り正々堂々と戦ってやろうじゃないか! この僕のバス停さばきを…………おや?」


 中には誰もいなかった。

 各ドローンが撮影している者を映すモニターや、様々な機械関係を統括しているPCはある。だけどそれを操作している人はいない。


「もしかして、逃げられた?」

『そ、そうだ! 俺はもうここにはいない! フハハハハハ! 残念だったな人間。今日の所は引き分けにしてやろう!』


 PCから聞こえる音声。まるでリアルタイムで喋っているかのような、そんな声。

 前情報が無かったら、本当に逃げられたのだと思っただろう。っていうか今でも半信半疑なんだけど……。


「ねえ、八千代さん」


 洋子ボクはスマホを手にして、八千代さんと通話を開始する。


「仲間を売りたくないとかそういうのだったら答えなくていいけどさ。

 パンツァーゴーストの不老不死って……電子化とか機械化とかそう言う類? 肉体を機械に移して、永遠に生きていけるとかそんなの?」


 彷徨える死体ワンダリングの不死は、各人様々のようだ。AYAMEのようなウィルスによる超肉体、八千代さんのような『伝承される技術』という概念的な不死。カオススライムのような無限再生能力。ナナホシのような子供に自分を転生させる継承的な不死。

 ならパンツァーゴーストの不死は何なのだろうか? そう言えばそれを知らなかったのだ。

 そしてその……あんだけ三下ざーこざこな慌てっぷりをして外に出たくないアピールをしていたヤツが、あっさり逃げ出すとかさすがにない。しかも扉を開ける前までは本気で悲鳴上げてたし。

 となると、結論は一つだ。

 パンツァーゴーストはまだ逃げておらず、この部屋にいる。だけどこの部屋にあるのはモニター類と稼働しているPCぐらい。そしてそのPCからパンツァーゴーストの声がする。

 つまり、このPCこそがパンツァーゴースト……かな?


(ここまで露骨だと、逆に罠を疑うよなぁ……)


 その疑念を捨てきれず、確認の為に八千代さんに質問してみたのである。


『拒否権を使わせてもらう』

「おけ、了解した」

『ツカハラてめええええええええええええ! くるなやめろゆるしてください。このPCから戦車切り離されたら攻撃手段とかなくなるんですいやまじで俺の身体同然なんだからやめt――』

「――よっと」


 なんか言ってるPCをガン無視して、洋子ボクはPCにバス停を叩き下ろす。ぐしゃり、と音を立ててパソコンは潰れ、そして連動するように戦車のモニターが落ちていく。


「あー、すっきりした!」


 ひしゃげたPCを見ながら、洋子ボクはうんうんと頷き、悦に浸るのであった。

 彷徨える死体ワンダリングの一角、『亡霊戦車』パンツァーゴースト、討ち取ったりってね!


『ちくしょう、何でおれがこんな目に……!』


 お、まだ喋れるんだ。PCに繋がっているスピーカー越しに声が響く。ってことは本体はPC内のプログラムとかかな?


「えーと、ノリ? まあなんか叩けそうなんでなんとなく?」

『なんとなくで叩きに来るな! 本当に野蛮人か貴様は!』

「いやー。ごめんねー。でも本当に用事はあるんだ。

 キミ、の情報知ってるんだろ? あと魂の扱いとか得意だよね?」


 一泊おいて、本当に聞きたいことをストレートに尋ねた。


「『命令』の解除方法とか、もしかして知らないかな?」

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