ボクは亡霊戦車に近づいていく

『てめええええええええええ! なんでまだ生きてるんだよ!』


 ドローンのスピーカーから声が聞こえる。パンツァーゴーストの声だ。


「あれ? もうスマホ乗っ取ったりしないの?」

『ハックする余裕ねえ……じゃない! あれだよ、その、様式美とかそういうのだ!

 とにかくなんであの砲撃で生きてるんだ!? 人間じゃないだろうテメェ!』

「失礼だな、キミは。こんなかわいいボクを指して人間じゃないなんてさ」

『見た目はAYAMEと同じだろうが! そうか、テメェもあのゴリラと同種の『不死』だって事か! 太極図から何か仙術を持ってきやがったな!』

「うっわー。酷いことを言う。あとでAYAMEにチクってやろう」

『すみませんごめんなさいちょうしにのりましたいわないでください』


 チクリ発言は結構小声で呟いたつもりなんだけど、しっかり拾われてた。そして土下座でもしてるんじゃないか、ってぐらいの謝りっぷりにかわいそうになった。


『いや、テメェをここで潰せばそれで終わりだ! 256の副砲と5の主砲、加えて広範囲を燃やし尽くすミサイル砲撃から逃れられると思うなよ!』

「あとは無限軌道による轢殺と、近づく者に振るわれる火炎放射かな。そうそう、ドローンが手榴弾落とすとかもあったね」

『――っ!? なんで俺の手の内を知ってるんだ、テメェは!』


 あらま、本当にゲームと同じ装備なんだ。

AoDゲーム』のイベントでパンツァーゴーストと相対した時の相手の武装だ。これに加えて死亡した生徒ゾンビがいたため、攻略は断念せざるを得なかったのだ。

 その後、有志が亡霊戦車の装備をまとめ上げて考察までしたページが作られた。次にパンツァーゴーストが現れた時に、リベンジするために。


(まあ、その機会は来なかったわけなんだけど)


 その前にサービス終了となり、攻略サイトも放置状態となった。サーバーが消えれば消える運命だ。


「可愛い乙女の秘密さ。には」

『うっせ! 乙女とか自分でいう奴は大抵BBAなんだよ、カス!

 テメェもそうやってイイコぶって男を騙して心の底で笑っているクズのくせに! 自分は清純派ですーって顔しながら何人も●●●加えてるんだろうがこのビッチ! クソビッチ!』

「お、おう……」


 えーと、何だこいつ。

 元男としていろいろ同情したくなってきた。


「もしかして、君いろいろ拗らしてるの? モテなかったり、異性と付き合った事なかったりとか」

『そそそそそそんなことねぇ! 俺は別に女に興味がないだけだ! モテるとか付き合うとかそういうのに興味を持てないだけなんだよ! 俺は天才死霊術師にして比類なきプログラマー! ちょっと仕事に精を出し過ぎて、女と縁がなかっただけだ! 本気を出せば女の一人や二人ぐらい余裕なんよ!』


 思いっきり挙動不審になった後に、モテない男の言い訳オンパレードである。色々拗らせ過ぎだなぁ……。


「うんうん。そーだね。きみはすごいよね」

『ちくしょう、何でそんな上から目線なんだよテメェ! ちくしょう女なんか嫌いだ。お前らがいるから俺はこんな惨めな思いをする羽目になるんだぞ。女は大人しく俺を称えて、ラノベっぽイベントを起こしてくれればそれでいいんだ!

 くそ、殺すぞ、死ね、死ね、潰れろ!』


 怒っているという事もあるけど、パンツァーゴーストの攻撃の隙を述べるなら『雑』だ。

 ドローン情報を元とした、広範囲における集中攻撃。それ自体はかなり効果的だが、肝心の攻撃のタイミングに隙がある。


(ドローンに建物に張ったと認識させて――隙をついて建物から離脱)

(ドローンを倒して情報を制限して、その間に態勢を整える)

(敢えてドローンに姿を見せて攻撃を誘発させ、建物に逃げ込んで砲撃を避ける)


 ドローンの認識から砲撃までに、タイムラグが存在する。時間にすれば十秒にも満たないが、リアルタイムの十秒はそれなりに大きい。その間に移動するなり、ドローンを倒すなりやれることはいくらでもある。


『くそアマァ! これでどうだ!』

『なんで生きてやがるあのオンナ! これでどうだ!』

『くそくそくそ、来るな来るな来るな!』


 洋子ボクが近づくにつれて砲撃までのタイムラグは短くなるんだけど、それでもラグの存在はゼロにはできない。むしろ焦りが募っているのか、雑さが増していく。


(生前のイベントだと、この辺りから生徒ゾンビがうろついていてこれ以上近づくのは危険だったんだけど)


 唇を舌で湿らせながら、パンツァーゴーストまでの残り250mを見る。イベント時はこの辺りに撃たれて死んだ生徒ゾンビがたくさんいたのだが、今はそんなことはない。今亡霊戦車を攻めているのは洋子ボク一人だけだ。生徒ゾンビなんているはずがない――


『くそがァ! お前ら出てこいぃ!』

「なんとぉ!?」


 ドローンからパンツァーゴーストの声が響くと同時に、半透明な人型の何かが現れる。そして地面の土がそれに纏わりつくように盛り上がった。辛うじてヒト、と言える土人形だ。

 これは予想外。足止め用の生徒ゾンビ(偽)だ。土で銃っぽいモノも作られる。


『俺が殺したハンターの魂を即席のゴーレムに憑依させた! お前らハンターにはこれが効くみたいだからな!』

「そんなことできるんだ。魂と肉体の設定ガン無視かよ」


 肉体と魂はセットで、異なる肉体に魂は入らない。今のクローン技術は魂と肉体が異なれば行使できない。


『ハッ! 天才である俺の技術を舐めるな! そんな問題はとっくにクリアしてるんだよ!

 どうだ驚いたか! お前も殺した後はさんざん苦しめてやる! 魂を摩耗させて、俺に逆らったことを泣いて謝るまで後悔させて、その後に隙に弄って壊してやるからな!』

「うーん。同じ彷徨える死体ワンダリングなのに、AYAMEほど怖くない。やっぱり小者感が強いよなぁ」

『ここここここものぉ!? こ、この天才的技術を持つこの俺の何処が小者だ言ってみろ!』


 どうでもいい軽口に思いっきり反応するパンツァーゴースト。地雷だったかな?


「個性? あと語彙力?」

『テメェ、絶対ぶっ殺す!』


 そう言う所だぞ。もう少し台詞をひねろうよ。


『殺せ、土人形! いいや、お前が土人形に足止めされている間にその区域にミサイルを叩き込んでやる! 覚悟しr――』

「ほい、退治完了!」


 パンツァーゴーストが何かを言っている間に、生まれた土人形は全部バス停で叩いて潰していた。土で作られた銃とか持ってたけど、正直洋子ボクの敵じゃない。武器を持つ手を落して、返すバス停で土人形に書かれた文字を削ってお終いだ。


「お代わりある? ないならすぐそっち行くからね」

『なぁぁぁぁぁ!? あれだけの数の土人形をこの時間で倒しただと! どんだけ近接技術があるんだ……!

 いや、それよりも俺の土人形の弱点をどうして知っている!? 普通は頭か心臓狙うだろうが! 額の紋様を削るとか、何故気付いた!」


 うんまあ、他の狩場で似たようなゾンビがいたんで。身体の文字を狙って削れば崩れ落ちた人形系の敵。そうか、あれはパンツァーゴーストの作ったヤツだったのか。

 説明するのも面倒だし、適当に誤魔化すことにした。


「現役JKの秘密さ」

『ふざけんな! 自分で自分の事JKっていう女がまともなJKだったためしはないんだよ、クソメス!』

「酷っ。そもそもキミの言うまともなJKってどんなんだよ?」

『え…………? えーと、それは」


 何とはなしにツッコんだら、五秒ぐらい攻撃を止めて悩んだパンツァーゴースト。


「毎朝家に入って起こしてくれる幼馴染とか』

「それ、不法侵入だから」

『うっせぇ! 現実が甘くないことぐらい知ってるんだよちくしょう!』


 砲撃再開。

 あー、AYAMEがオモロ系っていうの、なんとなくわかってきた。

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