ボクはAYAMEと抱き合いながら

「……小守んは、よっちーの事忘れてるんでしょ? だったら――」


 ベッドの中、裸に近い状態で抱き合いながらAYAMEは言う。

 私と一緒にいよう、と。

 その意味、その意図、その想いに気付かないはずがない。


『ありがとうございます。信じてましたわ、カミラお姉様シュヴェスター

『消えなさい、下郎。私の福子に触れないで』


 脳裏に蘇る、あの時の光景。

『命令』されているとはいえ、福子ちゃんの隣に立つカミラさん。互いに信頼し合い、互いに思い合っているコウモリ姉妹。

 あのカミラがクローンで、『小鳥遊』に操られている個体であることなんかわかっている。洋子ボクを思い出させないように福子ちゃんにつけられた監視であることも、知っている。

 それでも、あの光景は心乱される。大事なヒトを奪われて、しかも――


「小守ん、幸せそーだったよ。……うん、魂弄られてよっちーの事忘れてるのわかってるけど、それでも幸せそうだったよ」


 しかも、幸せそうにしている。

 カミラ=オイレンシュピーゲルが生きていれば、小守福子はそうなっていただろう未来。このゾンビアポカリプスのゲーム世界の中で、確かにありえた幸せの形。

 僕は、この世界からすれば異物だ。ゲーム転生したというチートずるだ。本来ありえない存在で、犬塚洋子自身ももしかしたら――僕が転生しなければ死んでいただろう存在だ。


(今の二人の形が正しくて、それをやっかんでるのは、ボクで……)


 このまま、カミラさんと福子ちゃんは幸せに過ごす方がいいのかもしれない。

 洋子ボクは何も言わずにフェードアウトするのもいいかもしれない。なにせ島の生徒全員に存在ごと忘れられているのだ。どこかに籠ってひっそり過ごすのには都合がいい。


「よっちー」


 幸いにして、寄る辺はある。

 ウィスルパワーで無尽蔵の肉体能力を持つ少女。どんな時でも元気で明るくて、自由奔放で何物にもとらわれず、それでいて優しい子。そんな子が慕ってくれている。


「AYAME……」


 相手の声に応じるように名前を呼ぶ。

 愛おしい、可愛い、好き。

 交戦して、共闘して、学園祭を楽しんで、そして崖っぷちの状況から助けてくれて、そして、寂しいから一緒にいてと請われて。男とか女とか関係ない。犬塚洋子は間違いなくAYAMEに好意を抱いている。

 この子の為なら、何だってしてあげたいと思っている。


「ボクは――」


 だから、応えないといけない。

 すがるように、互いの存在を確かめるようにAYAMEを抱きしめる。AYAMEの肌の柔らかさと温かさをしっかりと感じながら、


「そっちにはいけない。――福子ちゃんのことが、好きだから」


 はっきりと。

 洋子ボクの想いを告げた。


「そっかー。じゃあ、しょーがないよね」


 帰ってきた返事は、とても軽かった。

 ――その中に込められた想いを、洋子ボクは全部理解しているわけじゃない。言葉が軽いから気持ちも軽いだなんて思えない。なによりも他人のことが全部理解できるなんて、そんな傲慢な事は言えない。

 ただAYAMEは、洋子ボクを優しく抱きしめたまま言葉を続けた。


「でもさー。よっちー、あやめちゃんのこと好きだよね? 少なくともベッドで裸で寝たくなるぐらいには」

「うん」

「こんな所小守んに見られたら、修羅場よー。小守んもよっちーが浮気できないってわかってると思うけど、それでも感情ドッカンドッカンしちゃうよー。メンドクサククナイ?」

「……まあ、それは」

「やっぱさー。あやめちゃん選んだ方がよくない? っていうか、ガチフラれて相手に恋人いるのにそれでもあきらめられないとか、よっちーストーカー? 粘着性高くない?」

「うううううう……」


 …………まったくもってその通りなので、返す言葉はなかった。

 いや、AYAMEも本気で諦めるように説得しているんじゃなく、洋子ボクをからかってるんだろうなぁ、という事は分かる。


「イチャイチャしてる恋人同士から略奪したいってよっちーサイテーだよね。人としてどうよ?」

「い、言わないでよぅ。その辺はボクも理解してるんだからさぁ!」

「あー、ごめんごめん。ちょっと言い過ぎた。好きなものはしょうがないよね。理性とか理論とか常識じゃなくて、どうしようもない問題だもんね。

 だから、あやめちゃんもどうしようもないということでヨロ!」


 いってぎゅー、っと洋子ボクを抱きしめるAYAME。そのまま顔を近づけ、頬に唇を押し付けてきた。柔らかくて暖かい感覚。


「小守んとよっちーに遠慮して、これで我慢してあげる。あやめちゃんの優しさに感謝してよね」

「……うん。その――」

「謝んのナシ! よっちーはそう言う所がデリカシーないんだからね!

 あ、一応言うとあやめちゃんはいつでもよっちーを受け入れる準備万端だから。よっちーが心折れるとか諦めるとかはないって思ってるけど、チャンスを前にヘタレて逃しちゃうとかは普通にありそうだし」

「ヘ、ヘタレるとか。ボクはそんなことは……」

「ヘタレの自覚あるくせに否定するんだ。あ、もしかしてあやめちゃんワンチャンありかも?」


 自覚も何もヘタレじゃない、よ。うん。

 …………なんか、どこか遠くから『ワタシがせっつかなかったら、コウモリの君への告白答えずにヘタてたクセに』とか聞こえてきた気がするけど、スルー! そんな幻聴は聞こえない!


「あー、その話は一旦終わり! とにかくウィルス治療? を終わらせよう。あとどれぐらいかかるの?」

「あ。……えへへー」


 話を切り替えようと強引に叫んだら、何かきまり悪そうに頬をかくAYAME。


「? どしたの? もしかして何か不具合でも起きた?」

「ううん。問題ナッシング。何の問題もなく終わったよ。……っていうか、よっちーがドキドキし始めた時点て終わってたんだよね」

「え?」

「ウィルス活性化して血流が上がったら、あとは流れに任せておけなの。熱とか出て体力使うから病人とかにはできないんだけど」


 心臓が激しくなったのは、AYAMEが抱きしめてすぐである。……まあその、AYAMEのえろさにドキドキしたのもあるけど。だってしょうがないじゃん!

 ともあれ、ここまで長く抱きしめ合う必要はなかったのである。


「じゃあなんで今もボクのこと抱きしめてるのさ?」

「よっちーの事が好きだから。こーしていたいなー、って思ったから」


 …………ひきょうだ、AYAME。

 そんなストレートに言われたら、責められない。


「これ以上は何もしないよ。だから今夜はこのまま寝させて。……あやめちゃんもずっと寂しかったんだから」

「まあ、その……うん」


 そしてそんなAYAMEが嫌じゃない自分がいる。

 好きとか嫌いとか、愛とか恋とか、倫理とか恋愛とか、そういう感情や思いを乗り越えて、この寂しがり屋を抱きしめてあげたい。


「えへー。やっぱよっちー優しい」

「さっき思いっきりAYAMEのことフッたけどね」

「あやめちゃんに真剣に向き合ってくれたんでしょ。だから優しいの。適当に答えられたら、首に手を回して骨折ってたから」


 あれ、もしかして死亡直結選択肢だったの? バッドエンドルート一歩手前?


(……まあ、そう言うのも含めたうえでAYAMEなんだよなぁ)


 それら全てを踏まえて、この子が好きだ。

 敵で、殺し合って、いつかどちらかがどちらかの命を奪ったとしても納得できる。ああ、この子になら負けて殺されてもいいやって思える。死んであげる気はないけど、この子になら全力で負けても『ま、いっか』と言える。


「おやすみ、AYAME」


 ウィルス治療の結果なのか、微睡んでくる。微熱と少し早い心臓。そして優しく抱きしめるAYAMEの感覚。それを感じながら意識が遠のいていく。


「おやすみ、よっちー」


 そんな言葉を聞きながら、洋子ボクの意識は睡魔に沈んていった。


 

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