ボクと動画投稿者と人斬り侍、あと拷問好きっ娘(こ)

 回転するモップの柄と木刀が交差し、カーンと音が鳴る。

 軍手越しに伝わる衝撃を筋肉で受け止めながら、柄を回転させて相手の足を払った。軽く跳躍されて避けられたが、その分相手の所作を遅らせる。

 相手の着地と同時に木刀が構えられ、同時に振るわれる。右肩への突き。剣先、足運び、そして体の向き。それらから大まかに軌跡を予測し、体を沈めて突きに構える。コンマ2秒の間の予測と対応。予測と同時に動く。文字通り、瞬き一つの隙すら許されない近接距離。

 攻める、守る、攻める、守る。交互に繰り返されたかと思えば、時とい連続で攻めたり守ったりと変則的にもなる。

 そんな攻防を繰り返しているうちに、スマホのアラームが鳴った。


「うっし! 完・全・復・活!」


 アラームと同時に動きを止め、拳を握る洋子ボク。ウィルス治療が決め手となったのか、体の調子はばっちりだ。


「私としてはもう少し続けたいな、どうだ? 今度は真剣勝負と行こうではないか」

「それ本当に真剣使う勝負でしょ? ヤだよ」


 木刀を振るっていたのは八千代さんだ。

 体の調子が本当に戻ったのか試してみないか、と木刀を手に提案してきた。洋子ボクもそれは確認したかったので、その辺にあったモップを使って模擬戦する事にしたのだ。


「あの『ツカハラ』相手に近接距離でやりあえるとか、どんだけっすか」


 模擬戦を見ていたファンたんが呆れたように言ってくる。なんでもしばらく密着取材していたらしく、八千代さんの剣術のえげつなさはよく知っていたという。


「四谷殿も根を詰めればいい所まで行けるとは思うが」

「やーっす。<軍隊格闘あれ>はゾンビから逃げて生き延びるために学んだものなんすから。ガチ殴り合いとかファンたんのキャラじゃないっす」


 惜しいものだ、と肩をすくめる八千代さん。四谷殿――ファンたんは狩場の最前線で動画を撮るために格闘術を学んだという。戦うのではなく強者から生き延びるために。


「だがその考えは武術の原点でもあるな。武術は弱きものが強きものに対抗するために編み出した技術だ。やはり才はあると思うのだが」

「やーったらや。ファンたんはバトル漫画のバトルシーンよりも、主人公の奇行を面白おかしくまとめるのが大好きなんす」


 動画投稿ウーマンは首をぶんぶん振って、八千代さんの誘いを拒否していた。

 ここ――病室にいるのは洋子ボクよ八千代さんとファンたんの三名だ。AYAMEには用事を頼んでいて、今ここにはいない。


「ずっと疑問に思ってたんだけど、なんで二人が一緒にいるのさ?

 っていうか八千代さん、ハンターやめて人斬りにジョブチェンジしたって本当?」


 意識を取り戻してから疑問に思っていたことを口にする。

 経緯は聞いている。洋子ボクのことを忘れていたファンたんが『忘れていた』事を思い出そうと八千代さんについて回っているのだと。

 だが、その『忘れていた』事である洋子ボクは見つかった。そして見つけてもどうしようもないことは理解したはずだ。ファンたんが危険を冒してまで彷徨える死体ワンダリングの一人である人斬り侍八千代さんについていく理由はない。


(聞けば八千代さんも思いっきりハンターに反目してるらしいしなぁ)

 

 そして『ツカハラ』こと円城寺八千代も半年前から立場は変わっていた。

 半年前、洋子ボクが太極図に捕らわれて行方不明になった後に、学園生徒の立場を捨てて『ツカハラ』として活動するようになったという。

 確かに人を斬りたい的な渇望は根底にあったのだろうが、下地になっている性格は『円城寺八千代』であり人間としてのモラルは守るつもりだと言っていた。そんな彼女が、人の世界を断って彷徨える死体ワンダリング側に完全に移行した理由が分からない。


「? 言ったじゃないっすか。ファンたんはバトル漫画のバトルシーンよりも、主人公の奇行を面白おかしくまとめるのが大好きなんす。

 名前が覚えられないのはあれなんすけど、アナタすんごい面白いんすよ。強いし芯があるんすけど、どこか抜けてて見てて飽きないんす。女性っていうよりはヘタレた少年漫画の男性主人公みたいで」

「ヘタれじゃない……はず!」

「自覚あるくせに必死に否定しようとするところとか特にっすね。まあファンたんがここにいるのはそんな理由っす。その為ならなんでもするのが動画投稿者。日の中水の中戦場の中っす!」


 あっけらかんに言うファンたん。

 彷徨える死体ワンダリングという学園の大敵と一緒にいる事に、嫌悪感や罪悪感は抱いていないようである。……実際のところ、八千代さんやAYAMEはハンターに攻撃しているが、人を恨んだりしているわけではない。

 まあ、恨みつらみ関係なく人を斬る方が物騒だ、と言われればそれまでだけど……。


「で、こんな通り魔についていっている、と」

「通り魔とはひどい蔑称だな。まあ学園……人間に見切りをつけたのは確かだ。

<特別補習>と称して人を隔離し、戦えぬものを戦場に追いやる。斯様な統治をされれば愛想も尽きるというものだ」


 少し怒ったように告げる八千代さん。通り魔も人斬りもやっていることは同じだが、その辺りは少しプライドがあるらしい。


「<特別補習>……ああ、テストの足切りとかどこかに連れていかれて、ハンターになったら免除されるとかだっけ?」


 ここ半年の話は八千代さんとファンたんから聞いている。洋子ボクがいなくなってから、色々様変わりしたようだ。

 事、ファンたんから聞いた【バス停・オブ・ザ・デッド】のメンバーの話はちょっと心に染みた。洋子ボクのことを覚えていないとはいえ、元気に生きていてくれたのはやっぱり嬉しい。

 ……まあその、福子ちゃんとカミラさんに関してはいろいろ思う所あるけど、それはそれで。


「統治する術に善悪の眼鏡を通すことが無意味な事は理解している。清濁併せ呑むことが政治なのだと知っているが、それを踏まえたうえであれは受け入れられぬ。

 あれは人を死地に駆り立てるやり方だ。力無きものを無理やり戦わせるやり方などついていけぬ」


 今のハンター委員会の――というか小鳥遊のやり方は学園生徒を死に追いやるやり方だ。

 表向きは活性化するゾンビに対する戦力増加だが、その裏には太極図を回すためにハンターの死亡率とクローン使用率をあげるという事がある。生と死。相反する陰陽を動かし、太極図を回してその範囲を広げるのが目的だ。

 ともあれ、八千代さんはそのやり方に耐えきれずに野に下ったという。幸いにして彼女には彷徨える死体ワンダリングという受け皿があった。だが逃げる先がない生徒は、戦うしかない。


「でも斬るくせに」

「戦場に立って武器を向けた相手に手加減はできぬ。同情はするが、信条までは曲げれぬよ」


 そして人から離反し、戦に生きる修羅となったのだ。学園生徒に同情こそするが、戦場で出会った以上は加減はできない。例外は――


「ほんと容赦ないっすからね、この人。ファンたんも武器持ってたらざっくりやられてたっす」


 武器ではなく、撮影機器を持っていたファンたんぐらいだ。学園生徒サイドではあるが、戦う人間ではない。流石の八千代さんも武器を持たない人間には斬りかからないようだ。


「犬塚殿を通して袖振り合った縁だ。それを蔑ろにするつもりはない」

「いや、そのボクに容赦なく斬りかかったじゃん」

「? 犬塚殿とは明確に殺し合いたいと言っていたはずだが?」

「差別だー!」


 確かに出合い頭にオマエを殺す発言食らったけどさー!


「ただいまー、ってなによー。あやめちゃんがいない間にみんな仲良くなってない? 嫉妬しちゃうなー」

「ちょっと模擬戦して歓談してただけだから! 嬉しそうに変な形のリング持つのやめようよ! それ何かの拷問具だよね!?」

「バトル漫画で殴り合った後に友愛が目覚めるのってよくある事っすよ」

「面白そうだからって油注ぐのやめてファンたん!」

「あー。そっかー。じゃあしょうがないよねー」


 ニッコニコしながらリングの金具を外していくAYAME。見たことないけど、体を拘束する系のリングなのは分かった。突起が内側を向いてるので、縛られた時にすごく痛そう。っていうか絶対に痛い奴だ。


「やーめーてー! 復活したのに拷問されるとかどんな地獄なのさ!」

「綾女殿は犬塚殿を拷問するために肉体を復活させたのだから、当然の流れと思うが」

「もー、ばらさないでよ」

「マジかー!?」


 唇を尖らせるAYAME。マジかー!? 昨晩のシリアスを返せー!

 その後で笑顔で近づいてくる。


「動けないぐらいに体痛めても、ベッドで癒してあげるね、よっちー。だからこれ、どう?」

「今の流れでそんなこと言われても流されないからね!」


 AYAMEの可愛い笑顔と昨日のドキドキを思い出しながら、いやいやだめだろうと首を振る洋子ボク。そんな揺れている天秤を意識しながら、洋子ボクははっきりとお断りするのであった。

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