反撃するはボクにあり

ボクはリハリビする

「リハリビしないといけない、っていったけどさー」


 洋子ボクは知らない天井を見ながら言う。不満な感情が隠せないのは許してほしい。


「なんでこんな所なのさ!」


 ここは『朝霞病院跡』……その名の通り、病院跡地だ。四階建ての病院と地下一階の構造だ。二階から四階までが病棟で洋子ボクが寝かされているのは四階の404号室。

 なんでそこまで知っているかというと、ここも普通にゾンビが出る狩場なのだ。夜になると地下にある死体安置所からゾンビが沸き、二階の手術室には医者ゾンビがいる。推奨ハンターランク40と、サービス終了間際時点ではそこそこ高レベルの狩場だった。


「綾女殿は形から入るクチだからな。リハリビと言えば病院、という考えなのだろう」


 ベッドの横でリンゴを向いている八千代さん。慣れた手つきで刃物を扱い、薄く剥いた皮をゴミ箱に捨てる。


「自分としても彷徨える死体ワンダリングの取材が出来て万々歳っす」


 そして彷徨える死体ワンダリングの取材とばかりに一緒にいるファンたん。相変わらず洋子ボクのことは認識できないようだ。


「いや、彷徨える死体ワンダリングの取材って……動画公開とかできるの?」

「アップしても消されるかもっすけど、残しておくことは大事っす。それが無かったら、今自分はここにいないんすから」


 洋子ボクとファンたんは会話はできるけど、別れた瞬間にこの会話を忘れる。会話の内容自体は覚えているみたいだけど『誰と会話したか』は抜けてしまうようだ。


「刀に依らぬ戦いだな。その道を歩むつもりはないが、その精神性は尊重しよう」

「そんなこと言ってると、ファンたんに恥ずかしい事すっぱ抜かるからね」


 誰憚ることなく突き進むファンたん。その在り方を認めているのか八千代さんは彼女に対して空気が柔らかい。


「己の道に殉じる覚悟あらば、如何なることも恥ではないさ」

「このサムライガールは……ファンたんも八千代さんの3サイズとか公開しないの?」

「隙ないんすよね、この人」


 肩をすくめるファンたん。そーか、そういうことをしようとはしたのか。

 ……逆に言えば、洋子ボクは隙だらけだったという事である。いや、その、今後は注意しよう。


「よっちー。お昼ごはんの時間でーす」


 元気よく入ってきたのは、ナースコスプレのAYAMEだ。ナースキャップに胸元見えそうなナース服。ミニスカに白いソックス。絶対領域に垣間見える黒い太もも。それだけなら、まあかわいいの領域だ。


「うわ」


 そのコスプレは血まみれ肉まみれだった。この病室に来るまでに出会ったゾンビを拳でなぎ倒し、その返り血や肉片が体についているのである。白い服なだけに、余計にその異様さが際立ってる。


「今日のご飯はコンビニ工場で出来立てほやほやのお弁当だよ。さー、食べよ」


 ゾンビだけではなく、学園の領域に侵入して工場を襲ってきたのである。


「よっちーが心配しそうだから、あまり人は殴ってないよ」

「あ、うん。いつもありがとう」


 言いながら渡してくるコンビニ弁当。それを受け取り、口にする洋子ボク


「あの、AYAME。なんていうかわざわざゾンビがいる場所で療養しなくてもいいと思うんだけど……」

「なに言ってるのよよっちー。リハリビするんでしょ。だったら移動の手間は省いた方がいいじゃない。

 この辺のゾンビ程度狩れるようにならないと、復活したとか言えないよ」


 ――そう。AYAMEがこの病院を推すのはそれが最大の理由なのだ。


「リハリビ運動と同時にゾンビハントの感も取り戻す。その為には狩場までの移動なしでくるのが合理的。となれば確かにここで寝泊まりするのがいいという事か」

「まー、最初に聞いた時にはなにその理論、って思ったんすけど……」


 八千代さんとファンたんがコンビニ弁当を食べながら言う。


 ゾンビが出る狩場で療養。

 常識的に考えれば、ありえない発想である。物理的に狩りに行く移動距離がゼロというメリットを踏まえたうえで、デメリットの数が多すぎるのだ。

 先ずはゾンビがいて危険であること。空気中のゾンビウィルスが濃く、吸い込めばいつかゾンビ化すること。食事の確保。ゾンビハントに来るハンターとの遭遇。その他、洗濯などの家事関係。

 軽く数えただけでもこれだけあったのだが――


「ゾンビが危険? あやめちゃんとツカハラちんがいるのに危険なわけないじゃん! ゾンビ・即・斬! よ!」


「空気中のウィルス? オウカウィルスならあやめちゃんがコントロールできるよ。へへーん、パパに褒められたことあるんだ、この特技!」


「食事? 近く(病院から十数キロほど)に何個かコンビニ工場あるよね? あそこからパクればいいんじゃね?」


「ハンター? ゾンビより弱いのに? 襲ってくるならあやめちゃんが相手するけど?」


「家事は……よっちー、ヨロ!」


 とまあ、あれよあれよと問題は解決(?)され、それ以上の反論を無視するように病院に拉致られたのである。

 ご飯を食べた後は、筋肉を戻すための訓練。ゆっくり歩いて部屋を一周し、バス停をもって振るう動作を何度か繰り返す。

 最初は傷の痛みや筋肉疲労が酷くてすぐにバテてたけど、日を重ねるごとに効果は表れてくる。一週間もすれば、どうにかバス停を手にして行動できるまで回復できた。


「そんじゃひと狩り行こうぜ!」


 AYAMEのリハリビは結構スパルタで、落ちてたバス停を洋子ボクに渡してゾンビの群れに投げだした。ちょ、おまー!?


「よっちーならいけるいけるー! あ、やっばいかも?」

「流石に動作が緩慢だな。かつての犬塚殿の動きからすればまだまだだ」

「そうと分かってても助けないんすね、この人達……人じゃないっすね。納得したっす」

「ファンたんも言いながら助ける気ないのかよー!?」


 復活初戦はもうボロボロだった。初めて『AoDゲーム』をした時のように、右往左往して何とか生き延びた。やっぱり近接武器はキッツい。


「動き方は解るのに、体が付いてこない……!」


AoDゲーム』に例えるなら、通信ラグが発生して画面が止まってる状態だ。動かなくちゃいけないのに、キャラは動く気配がない。とかく今まで以上に先読みが必要になっていた。


「よっちーおつおつ! じゃあベッドにゴー!」


 疲労困憊。ゾンビ化寸前のところでAYAMEが割り込んだりすることもあった。っていうか二週間目からはそんな感じだ。ゾンビウィルスが抜けたかな、と思ったらまた病院地下の死体安置室に投げ込まれる毎日である。


「今日のリハリビしゅうりょー! 明日も頑張ろうね、よっちー!」

「リハリビとは一体!?」

「綾女殿の提案を受け入れたのは犬塚殿だ。諦めよ」

「むしろこれについていけるのがすごいんっすよねー」


 こんな毎日がさらに二週間ほど続き、


「どっせーい!」


 ゾンビ三匹。少し後ろに二匹。脳内で攻撃する順番をイメージし、同時に体は動いていた。ゾンビが腕を動かし、爪を振るう角度と速度。それを先読みして攻め、そして守る。コンマ三秒後に半歩右、そしてバス停を振るう。


「はー。何なんすか、この動きは。……いえ、動画で見て知ってるんすけど、目の前で見るとすごいっす」

「これが本来の犬塚殿だ。とはいえ、まだ持久力面では復帰していないがな」

「半年前の自分がほれ込んだのが理解できたっす。ええ、これを覚えてられないのが残念すけど。でもこの感動は忘れないッス!」


 おおよそ一か月ほどで、サポートなしでゾンビを狩ることができるぐらいには復活できた。

 とはいえ八千代さんの言う通り持久力にまだ難があるのか、一時間で息切れする。以前なら攻めと休みを繰り返し、三時間ぐらいは余裕で動けたのに。


「おっけー! ほぼほぼ復帰した感じ?

 そんじゃ、最後の治療行ってみよう! あやめちゃんナースが癒してア・ゲ・ル♡ おいで、よっちー」


 AYAMEが血まみれナースの姿のままで、唇に指を当てて言う。

 セクシーなんだけど、その、いろいろ痛かったり怖かったりなことされそうで、迂闊に洋子ボクは頷けないのであった。 

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