そして、ボクは復活した

「…………ヤバかった」


 洋子ボクは心の底から安堵する。隣ではまだAYAMEが不服そうに『スペインの蜘蛛』をカチャカチャと弄っているのが気になるけど、とりあえずの危機は脱したと言えよう。

 AYAMEの持っていた服を着て、大きくため息をつく。半年間ほどAMAYEの抱き枕にされたクローンボディ。運動も碌にしていない頃もあり、立って動くだけでもかなり痛い。暫くはリハビリかも。

 正直、のんびりとはしてられない。


「あやめちゃんがよっちーの介護してあげるねー。車いすに縛ってー、四六時中遊んであげる」

「介護って言ったのに遊び道具にするとかいってるよこの子!」

「ぶーぶー。久しぶりによっちーに会えたんだから、少しぐらい遊んでくれてもいーじゃない。……骨盤砕いたらもう立てないよね」」

「言葉通りの腰砕けになるからやめて」


 のんびりしてるとAYAMEにイロイロされて骨抜きにされかねないのだ。

 物理的に! 言葉通りに!


「とりあえず経緯は理解した。……まあ、突拍子もないのは犬塚殿の事だからと受け入れるとして」


 普段着に着替えた八千代さんは、鎧と刀の整備をしながら失礼な事を言う。

 ……まあ、半年前に無理して捕まり、いきなりここで目覚めたという自分でももっと説明が欲しい状況。突拍子もない扱いは致し方ないのかもしれない。


「うーん……。駄目っすね。何しても覚えられないっす。誰かがいるっていうのは間違いないんすけど」


 ファンたんは洋子ボクの方を見ながら、眉をひそめていた。ここに洋子ボクがいるという事実は認識できるけど、洋子ボクのことを覚えられないらしい。

 どうやら洋子ボクのことを『通りすがったモブ』程度にしか認識できないようだ。話しかけられたり襲い掛かったりすれば対応するけど、それが『誰』というまでは覚えられない。視線を外せば二秒で記憶から消えるらしい。


「ファンたんはボクの映像とかとってたんじゃないの? それ見てもだめ?」

「駄目っすね。自分で撮ったのに見ても『誰これ?』ってカンジっス。間違いなく気合入れて取材したらしいんすけど……」


 あれだけ熱烈だったファンたんですらこうなのだ。『命令』による記憶操作は強烈と言えよう。今学園に戻ったとしても、村八分どころか空気としてしか認識されない。


「そう! ファンたんはかなり熱を入れて取材したのに! ファイルにかなり情報あるのに! それが誰かのかが分からないなんて……!」


 スマホを手に、悔しそうに叫ぶファンたん。これまで培ってきた苦労が自分とは全然関係ない理由で自分でも理解できなくなったのだ。

 それはかなりの恐怖だろう。いきなり日本語が理解できなくなった、というぐらいに。あのウザったいぐらいに密着してきたファンたんの情熱は、ここにはもうない――


「身長164センチ! 3サイズはB86・H55・B85のCカップ! 好きな飲み物は『圧縮200%イチゴミルク』! 音楽の趣味はアニソン系!

 性癖的には間違いなくM側! 夜中一人になると手首を自分で縛って興奮す、もがもがもふが!」

「うにゅあああああああああ! 何処で調べたこのパパラッチ!」


 スマホを見ながらしゃべるファンたんの口を防ぐ洋子ボク。スマホを見ると、その後の行動が詳細に書かれている。まるで見ていたかのように正しいのが、その、うぎゃああああああああ!


「やだなぁ、蛇の道は蛇っすよ」

「蛇怖い! キミ、ボクの部屋に入れた事なかったはずなのに!?」

「技術とお金があれば、あらかたの情報は手に入るんす」


 ……もしかしたら、ファンたんはここで処分した方がいいのかもしれない。


「ここまで入れ込んでたのに、忘れるとか……。ホント、不覚っす」

「儘ならぬこともある。話を総合するに犬塚殿を認識できないのは、ハンター委員会会長と太極図がらみだろう。過去に遡って、学園生徒全てに『命令』したと言った所か」


 クールに告げる八千代さん。こちらの騒ぎなど聞く耳もたないと言ったマイペースぶりである。


「しかし太極図か。世界そのものともいえる存在だ。犬塚殿の言を信じるなら、太陽系は既に支配圏内。人類の歴史さえも範疇内。それでもなお未完成ときた」

「小鳥遊の目的は太極図の完成じゃなく、全人類を仙人にする事だからね。太極図自体はそのための手段ぽい」

「ねーねー、その仙人ってどういうこと?」


 小首をかしげるAYAME。いきなり仙人とか言われても、わけわかんなくなるのが普通だろう。

 八千代さんはどう説明したらいいかを悩むように眉を寄せ、そして説明を続ける。


「道教において、ヒトが修行の末に至る存在とされている。ざっくり言えば、世界を管理する神みたいな存在だな。

 尸解仙しかいせん――死後、魂が肉体が抜けて後日肉体に宿る存在だ。その際に貴重な武具を残すと言われている。

 地仙ちせん――世界を管理する力を持つが、まだ修行を続ける存在だ。修行は呼吸法や五穀を断つ食事法。そして善行を積むなどだ。

 天仙てんせん――修行を終え、天に昇った存在だ。遥か高い所から世界を管理し、ときおり地上に降りて人に導くと言われている。

 仙人の地位自体には意味はなかろう。要は全人類を進化させたいというのが目的のようだな」


 へー。そんな感じなんだ。実はよく知らなかった。

 そして思う事がある。


「ふーん。わけわかんない。それって何が楽しいの?」


 AYAMEの言うように、そこにまるで魅力を感じない。世界を管理とか、めんどくさいことしかないじゃん。


「道を究めるというのはそういう事だ。他人には理解されず、ただ一人で突き進む。享楽や悦楽などを捨て、ただ己の道を邁進する。そんな人生だ」


 ストイックな八千代さんは、小鳥遊の言う事に理解を示している感じだった。

 とはいえ八千代さんと小鳥遊は相容れないだろう。


「道教は第一義に人を殺すな、とあるからな。人を斬れぬなど剣術の否定だ」


 との事である。


「全人類を仙人にするっていうのは、まあ大それた目的だよね。正直、止める理由はぜんぜんない」


 指を開いたり閉じたりしながら、洋子ボクは言う。強く握っても握力は大したことはなさそうだ。

 ――バス停を振るうには、力不足。それを認識した。


「でもボクのクラン生活を奪ったのは許せない! 最強無敵で可憐で綺麗でプリティキュートなボクの活躍を奪ったにっくきあんにゃろうにバス停を叩き込んでやる!」


 拳を握って決意を口にした。どうあれ、小鳥遊は一回殴る。太極図とか仙人とかはどーでもいい。とにかく殴らないと気が済まない!


「……とはいえ、しばらくはリハリビだよね。走るのも難しいし」


 はぁ、とため息をつく。正直、元の体調を取り戻さないとどうしようもない。傷を癒して筋肉を動かせるようにトレーニングしないと。


「そーよねー。今のよっちー襲っても面白くないし。あ、でも必死になって抵抗するよっちーはウケた。あやめちゃんの背筋がゾクゾク来た。もっと苛めたいなーって感じで」

「この人、ソフトな攻めなら受け入れそうっすよ。拘束系とか」

「そこー! 変な情報を与えるなー!」


 うんうん頷くAYAMEに知恵を吹き込むファンたん。いやマジやめろ。AYAMEに少し強引に迫られたら間違いなく全身が蕩けて受け入れそうに――妄想禁止!


「えー。そんなのあやめちゃんがつまんないしやだ」


 うん。いろんな意味でハードすぎるAMAYEに感謝。


「で、具体的にどーするのよっちー。リハリビするんならあやめちゃん看護婦コスとかした方がいい?」

「……へ? なんでAYAMEがそんなことするの?」


 奇妙な事を聞いてくるAYAME。思わず耳を疑った。いや、褐色ミニスカナースコスとかにときめいたわけじゃないからね!


「? リハリビしないといけないんでしょ? あやめちゃんが手伝ってあげるって事だけど」

「……マジで?」

「マジマジ。っていうかよっちー学校に戻れないんでしょ? どーするつもりだったの」


 ……そう言えば、そうだった。

 学校に戻っても誰も洋子ボクのことを認識できない。つまり、保健室とかの施設を利用することもできないのだ。

 つまりリハリビにせよ食事にせよ、独力でやらないといけないのだ。となれば誰かの補助があるに越したことはない。越したことはないんだけど……。


「あの、AYAME大丈夫? 誰かの世話とかしたことあるの?」

「ダイジョヴ! あやめちゃんに任せて!」


 心配そうに尋ねる洋子ボクに、自信満々で答えるAYAMEであった。洋子ボクのために頑張ろうとする笑顔。それに心ほだされる。


「先ずは食事! その辺のハンター襲ってお弁当貰ってくる!」


 ……まあその、善意なのは間違いないんだよね。うん。

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