犬塚洋子は満身創痍
「あいたたたたた!? ちょー、ボクが何したっていうのさ!」
意識が覚醒すると同時に体中に激痛が走る。
地面を引き摺られたかのような擦り傷。強引に床に投げ出されたかのような打撲傷。いろいろ殴られたかのような痣。まるで八つ当たりされた人形のようなダメージだ。
「…………よっちー?」
不思議そうにのぞき込んでくる声。そちらに首を向ければ褐色肌の少女がいた。
AYAME。
よっちーと呼ばれた人物――犬塚洋子は今の状況を理解していないのか首をかしげる。
「あれ? AYAME? へ? どういうこt――」
「よっちーだうわあああああああああん!」
「痛い痛い痛い痛い痛い! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!」
いきなり抱き着いてくるAYAME。一応加減はしてくれているのだろう。彼女が本気で抱きしめられたら骨が折れるどころではすまない。それでも傷だらけの身体を刺激されて、悲鳴を上げる。
暫くそうしていた後に、AYAMEは首を傾げた。
「でもなんで?」
「ボクが聞きたいよ。えーと……確かハンター委員会会長を問い詰めようとして……」
犬塚は額に手を当てて記憶を掘り起こす。VR闘技場、自分のクローン、ハンター委員会会長、そして太極図。
額の眉が深くなる。小守福子とカミラ=オイレンシュピーゲルに惨敗し、太極図に取り込まれたのだ。
……そうだ、犬塚洋子は太極図に取り込まれた。世界そのものを俯瞰し、時間も空間も把握する存在の一部となったはずだ。
なのに何故ここにいる?
「大体この体は何なのさ。ボロボロじゃないか」
「あ。それ、あいつらが作ったクローンだよ。半年前にあやめちゃんが持って帰ったヤツ」
「あー、あの時か。確かボククローンが三人出てきた時に持って帰るとか言ってた。……どういう扱い方したのさ?」
「優しくあつかったよー。最初の一体はよっちーいなくなってストレス解消にボロボロにしたけど。二体目からは優しく抱き枕にしたりしてたし」
「……うん。まあ、五体満足なんだし優しく扱った方かな」
AYAMEの言葉を聞いて、犬塚はため息をついた。かんしゃくを起こしただけで家具が倒壊するほどのパワーの持ち主だ。クローンが無事なのは相応に優しくはしたのだろう。引き摺ったり、ポカポカ殴られたりはしたみたいだが。
「えーと、つまり……」
犬塚洋子は、半年前にAYAMEが持ち帰った犬塚洋子のクローンに転生したのである。肉体が存在し、それに宿る形を持った魂が存在すればそういう事もあるのだろう。
(うん。ボクの魂があって、ボクの身体がある。だからこうなった。それはいい。
だけど肉体と魂ごと太極図に捕らわれたのに、そこから魂だけ抜け出たって事? もしかして太極図に異常でも起きた……はないかな。
もしそうなら、あの小鳥遊がすぐに解決している……っていうか過去に戻って前もって原因を除去して異常事態をなかったことにしているはずだ。太極図で対処できない事態が起きてるわけでもなさそうだし)
時間を操作し介入できる太極図である。『現在』にイレギュラーが起きたとしても、そのイレギュラーの原因が起きないように過去を操作できる。
太極図をどうにかしようとするなら、太極図の効果範囲外から効果範囲より大きな存在でぶっ叩くぐらいだ。太陽系全てを飲み込むほどのエネルギーを一瞬で生み出すとかそんなレベルである。
「流石にそんな事態にはなってないし。となると太極図自体は無事なのか。
じゃあ、太極図にボクがいる状態で、ボクの魂が突然生えたって事?」
なんだそれ、と思考して一つの結論にたどり着く。
『僕』の存在だ。犬塚洋子に転生した存在。転生して犬塚洋子の魂と融合した『僕』の魂。
太極図に取り込まれる前は『僕』と犬塚洋子の二人の魂が混じり合った状態だった。いわば、二人分の魂だ。
対して小鳥遊京谷の魂は、一人分。
太極図が陰陽を平等に司るなら、その魂も同数でなければならない。二人分の魂と一人分の魂ではバランスが悪く、帳尻を合わせる為に『一人分』を排出したのではないだろうか?
太極図を脳内で意識してみる。高い次元に存在し、世界そのものと化したの存在。かつては強く感じれたその感覚に、接することはできない。どうやら完全に切り離されたようだ。
「……って所かなぁ?」
「ふーん、あやめちゃんよくわかんないけど。要するにグループから弾かれたのね。よっちーかわいそう」
「かわいそう……うーん、まあそういう事かな。所で……服ほしいんだけど」
一糸まとわぬ自分自身を見ながら犬塚はAYAMEに言う。そのまま恥ずかしい所を隠そうとするが、AYAMEが腕を掴んでそれを止める。
「あの、AYAME?」
「よっちーってばさー。あやめちゃんを置いてどっか行っちゃんたんだよね。しかも半年間。黙ってどっか行かれて、すっごく寂しかったんだよ」
「あ、その節はいろいろとご迷惑をおかけしました。その、ボクも今目覚めたばかりでいろいろと連絡できなかったのは許してほしいというか」
「謝りが足りないかなー。もっと顔を涙でぐちゃぐちゃにして泣き叫びながら謝ってほしい。ううん、泣き叫ぶぐらいにイジメてあげる」
あ、これヤバい。そういえばこの子こんな性格だった。顔を青ざめる犬塚だが、手足を動かそうにもがっちり押さえられている。力の差は歴然だ。逃れる術は何一つない。
「よっちーのクローン持ち帰っても、泣いたり叫んだりしないから面白くなかったんだよね。だから抱き枕にしてたんだけど……でも今ならよっちーのマジ泣き見れるかも」
「いいいいいいいいいやいやいや! この状況だけでマジ泣きしそうなんですけど! ボク超ピンチ!? 目覚め早々デッドエンド!」
「あはぁ、よっちーの反応だ。大丈夫、殺さないから。死なないように、痛めつけてあげる」
言って鉄製の洗濯ばさみのような器具を持ってくるAYAME。先端が鳥の爪のようになっていて、人の手のひらほどの大きさだ。
『スペインの蜘蛛』と呼ばれる拷問器具である。それを見た瞬間に、犬塚は本気で首を振って拒絶の意を示した。
「知ってる!? それ乳房はさんで吊りあげるやつだ!」
「よっちーのおっぱい大きいもんねー。きっとすごいことになるよ」
「やーだー! ボクのきゃわわな身体が酷いことになるのやーだー!」
「よっちー大好き。ボロボロになっても愛してあげる」
AMAMEが器具を操作して、爪の部分を開く。そのまま犬塚の乳房を挟みこもうと近づけていき――
「騒がしいな。また気に食わない事でもあったか? はいるぞ」
「AYAMEさんが機嫌悪い時は近寄りたくないんすけどねぇ」
ノックの後に、二人の人間が入ってくる。
一人は和風の鎧を着たサムライ風の女性だ。今しがた戦いが終わって帰還したのか、鎧の所々に血しぶきが付いている。
もう一人は、ベレー帽をかぶった女性だ。軽くて頑丈そうなブーツをはき、手にはスマホを持っている。
犬塚はその人物に見覚えがあった。
「八千代さんに、ファンたん!? なんで二人が?
いや、そんな事よりも助けてー! このままだとリョナ展開まっしぐら!」
円城寺八千代とファンタン伊藤であった。八千代は何なこの状況はという呆れ顔であり、伊藤は目の前にいる犬塚を理解していない顔だ。
「む、犬塚殿……か? お楽しみの最中失礼であった。出直してこよう」
「誰かいるのわかるんすけど、誰っス?」
「いやマジでピンチだから! この愛情値フルマックスなヤンデレ拷問っ娘をどうにかしてー!」
「えへー。よっちーに褒められたー」
「褒めてなーい!」
「綾女殿の相手も色々面倒でな。憂さ晴らしの相手が出来たのは僥倖だ」
「それが本音かこのクビキリガール!?」
――その後、何かと理由を付けて逃げようとする二人をどうにか説得し、興奮するAYAMEをどうにか諦めさせるのに一時間ほど時間を要したという。
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